足らない人材、その109~縁⑥~
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「さて、ここまでは目論見通りですね」
「そうね、確かにライフレスのおかげで、ここまで警戒用の結界が吹きとんでいるわ。張り直すだけの余裕もないようね。それにミュスカデの参入も大きいわ。敵の結界を気づかれることなく潰していける」
「私が魔女としての修業が未熟なばかりに・・・すみません」
ラーナがアルフィリースの傍でしょんぼりとしていた。その頭をミュスカデが撫でる。
「気にしなくていいわ、魔女の修業は何十年もかけて行うのが普通ですから。なのにその年齢でここまで魔術を扱えるのは才能と相性でしょう。確か白の魔女の弟子でしょう? 正式に自分の属性の魔女に師事したわけじゃないのにそれだけ魔術を扱えるのは、相当すごいことだわ。もっと自信を持ちなさいな」
ミュスカデが背中をばんと一つ叩くと、ラーナは前によろめきながら軽く笑顔で返した。どうやらミュスカデは見た目通り、魔女にあるまじき派手さと豪胆さを持ち合わせているらしい。
そして彼女のおかげで、アルフィリースたちは少し高いところにある森から、ヴィーゼル前線の主要な城であるカンダートを見つめていた。
「ここまで何もなかったわ。不気味なくらい順調ね」
「だから言った通りでしょう~? そもそも互いにこの戦の落としどころを探っていたのです~。クライアにあんな隠し玉が準備されているとは思っていませんでしたが~、そもそもヴィーゼルはあまり戦いを好まない国~。彼らにしてみればもうこれ以上戦うのは嫌なんでしょう~」
「それにしても完全に気が抜けているな。クライアを舐めているのか?」
「いえいえ、私の仕掛けが効いているのですよ~。ヴィーゼルにはクライアの戦力が全く整っていないと、予め噂を流してあります~。どうやら信じているようですね~」
「(こいつ・・・)」
ラインはあえて口にしなかったが、戦争は実際に戦うまでにどのくらいの準備をしているかで結果が決まる。だからこそ情報戦は重要だし、リサがいることはアルフィリースの強みになっている。
だがコーウェンがやっているのは、リサとは次元の違う話。戦う前に、既に決着をつけようとしているようにさえ思えた。
「(どこまで先を読んでやがる、この女。こいつが世の中に出たら時代が変わるんじゃねぇのか。少なくとも戦争のやり方は変わってくるだろうな)」
「しかし、最後までアルネリア教は動きませんでしたね」
リサがぽつりとつぶやいた一言に、聞こえた人間は何の反応もしなかった。アルフィリースも気になるところではあったのだ。少なくとも、ライフレスの魔法で大爆発が起きた後には何らかの行動があってもよかったはずだった。それにサラモの砦が巨人に襲撃された時も。
だがアルネリアからは何の連絡もなく、結局クライアは自力で修繕と治療を行っていた。アルネリアの治療があれば、救えそうな兵士も何人かいたのにだ。
その中でリサの疑問には、コーウェンがさらに答えた。
「う~ん、これは未確認情報なので何とも言えませんが~。アルネリアはおそらく別の場所で大部隊を展開中です~。この前は秘密裏に大草原に遠征をしていたようですし~、何やら活発な動きがあるようですね~。
それで人手が割けないか、あるいは他に何らかの理由があってわざと介入してこないか~」
「馬鹿な、前者に決まっているわ」
「ならいいんですけど~」
コーウェンはアルフィリースの言葉をやんわりと受け止めながら、心の内ではそんなわけはないと思っていた。アルネリアは大陸最大の巨大組織である。その組織が、今ここで起きている一大戦争に介入しないわけがない。ここまで出てこないとなれば、それはもう相当上層部から介入をしないように命令されていることに他ならない。
コーウェンもその理由まではさすがに知らないが、仮説のいくつかは考えていた。そもそもアルネリアという組織自体、コーウェンの興味を引く対象ではある。
「(まあ、今後近くに暮らす中で探らせていただきましょう~)」
「で、先陣は誰が斬るんだ?」
剣を肩に乗せて息巻くのはロゼッタ。その傍にはエアリアルもいる。さらにはダロンも。これは誰が予期したわけでもなく、純粋にエアリアルが依頼を大急ぎで片付けてこちらに向かった結果であった。
だがエアリアルの言葉はアルフィリース、果てはコーウェンにとっても意外であった。
「確かにアルフィと合流しようとはした。こちらに向かっていると、ミランダから伝令があったからな。だが目指していたのはガルプス砦の方だ。それをサラモに寄る気になったのは、ふっと惹かれるものがあったからだな。だが上空から飛竜で追いかけてきていたダロンと合流したのは、まさに偶然だ」
「惹かれる?」
「風に導かれた、とでも言えばいいのかな。不思議な事に、懐かしい気がした」
「懐かしい?」
エアリアルの言葉はアルフィリースにとって皆目見当もつかない物だったが、頼もしい事だけは確かだった。アルフィリースはここにきてダロンとエアリアルという貴重な前線要因を得たのでる。
これを見て、コーウェンはやはりこの女性は持つべきものを持っていると感じた。地の利はカザスがもたらし、天の運はこの戦争が起こった時に、動かせる傭兵団を持っていた事。そして人の運は並々ならぬ。いかほど才能を持つ人物でも、運がなければ世の中に埋もれていってしまう。
だが同時に、これだけの運を何かの対価だと考えるのならば。アルフィリースが今まで、そしてこれからどれほどの対価を支払うのかとコーウェンですら不安になるのだった。
だが今は目の前の状況である。前線の指揮官たちはこぞって敵の城を観察していた。
「城壁が高い。それに堀も深いし、加えて跳ね橋か。普通に攻めりゃ10日はかかる城だ。堀を土嚢で埋めるだけでも数日かかるだろうよ」
「跳ね橋を上げられると、一気に攻めにくくなるわ。今は城門が開いているけど、気づかれてからあの跳ね橋が上がるまでに接近できるかしら?」
「普通なら無理でしょう~。私の方でも仕掛けは致しておりますが~、完全というものは存在しません~。なので、ここでエアリアルさんが来てくれたのは天の助けとしか言えませんね~」
「ふむ、つまり我は跳ね橋が下りる前にあそこに突入し、跳ね橋を下ろさぬように単騎で暴れ続けろと。そう言いたいのだな?」
エアリアルが言った言葉に、全員がぎょっとしたが、コーウェンだけは冷静に頷いていた。
「話が早くて助かります~」
「よかろう、承った」
「ちょっと待った、それはいくらなんでも危険です!」
リサが待ったをかけるが、アルフィリースがそれを遮った。
「いえ、その作戦で行きましょう。ただし大草原から連れてきた馬が他にもあるから、その馬で突撃する人間を他にも選ぶこと。精鋭10人を連れて行きなさい、人選は任せるわ」
「心得た。さすがに我もあの規模の砦に単騎で突っ込むほど愚かではないよ」
「エアリアルさん、砦の見取り図をお渡ししましょう~。砦に突っ込んだあと、馬で立ち回れそうな場所を教えておきます~」
「うむ、忝い」
エアリアルはそのままコーウェンに伴われてその場を去ったが、去り際にコーウェンとアルフィリースは互いに視線で確認し合った。
彼女たちにはそれぞれ奥の手がある。それが全て発動すれば、三重の攻め手となる。余程の出来事がない限り、この砦は今日中にでも落ちる算段だ。
そのアルフィリースにそっとリサが近寄って耳打ちする。
「デカ女。風向きは私たちにまるであの砦を攻め落とせと告げているようですが、こういう時こそ落とし穴があります」
「わかっているわ、最後まで気は抜かない」
「ならいいのです。それに変に気負う必要はありません。仮にこの作戦に失敗したとして、私やミランダがあなたを見捨てるわけはないのです。その事もお忘れないよう」
「ええ、ありがとう」
アルフィリースはあえて素っ気なく返したが、心の中は感謝でいっぱいだった。肝心の戦いを前にして緊張している自分を、リサはいつも上手く制御してくれる。アルフィリースは視野が少し広がったような気分になる。
アルフィリースは改めて勝負の時に備え、集中力を高めていった。
続く
次回投稿は、8/6(火)18:00です。