アルネリア教会襲撃、その1~外周部~
「さすがに対応が早いね」
見張りの2人を殺し、アルネリア教の敷地内に踏み込んだドゥームたちを待ち受けていたのは、50人以上の装備を整えた騎士達だった。先ほどの警笛からまだ30秒と経っていないはずだが、対応が早い。これだけとっても、アルネリアが随分と訓練された組織であることがうかがえた。
「(装備を見るに、まだ神殿騎士とやらじゃないか。せいぜい一般騎士ってところかな?)」
「どうするの、どぅーむ?」
「んー? まあもうちょっと人数が集まった方がいいかなぁ」
「余裕ね」
「そりゃあ、花火は大きいほうがいいでしょ」
リビードゥの問いにヘラヘラしながら答えるドゥーム。そうするうちにもさらに次々と騎士達が集まり、隊列を組んで弓を構える。
「そろそろかな・・・」
「そこのガキ共止まれ!」
よく通る声で小隊長らしき中年の男が叫ぶ。言われなくても止まっているけどね、とドゥームは考えるが、それよりも彼の頭を巡っているのはここからミリアザールがいるとおぼしき深緑宮までの道のりだった。
アルネリアという都市は物理的防御・魔術的防御、共に大陸では最高の都市である。まず都市部の周囲にしっかりとした城門が築かれ、さらにドーム状の結界が空中に張り巡らせてある。空中からアルネリアの敷地内に侵入する外敵を防ぐためだ。ただ門には結界が無いため、旅人が堂々と正面から入る分には何も問題はない。なのでドゥームは知らないが、ライフレスとブラディマリアは結界に触れないように都市部の外から見物していることになる。
教会本部も同様だが、一番外の防御は参拝・来賓の人間のことも考え、領地を示すための簡単な柵と、通る人間を検閲するための検問だけである。そこからおよそ500m程奥に行くと、今度は騎士団の生活領域になる。そこから先はアルネリア教関連者しか入れないため検閲も厳しく、聖水で満たした外堀を含めた城壁で防御してある。結界も門まできっちり張ってあり、たとえ見た目の上で門が開いていても、魔物や悪霊など邪な属性を持つ者は遮断する。
騎士団の生活領域の中に入ると、騎士たちが生活する兵舎や、練兵場まであるためかなり広い敷地となる。さらにミリアザールの居城である深緑宮まではもう一つ門があり、そこまでは1km近くもあるのだ。深緑宮を守る門はそこまで大きくないが、堀はさらに深く、弓を射かけたりする穴や投石機を設置する台があるなど、戦闘が怒ることを想定して作られていた。
中に入れば優美な景観が待ち受ける半径500m程の深緑宮と言えども、決められた道順以外は主に対侵入者用の罠だらけであった。なお深緑宮の最奥には近衛でも一部の人間しか入ることが許されていない。神殿騎士団といえど勤務にすらいちいち身体の確認を受ける必要があり、自由に出入りが許可されているのは三大司教と、アルベルトに代表されるラザール家ぐらいであった。
「(都市内部が戦場になることを想定して作られているね、思った以上に頑強そうだ。それにこの兵の練度! 一番下っ端でこれだもんな。
下調べ段階では、アルネリアに在中している騎士だけでも1万を超えている。こんな中にこれだけの人数で突っ込めなんて、こりゃ相当骨が折れそうだ)」
「聞いているのか!? 手を上げて降伏の意志を示せ! なお5秒以内に警告に従えない場合は、子どもといえど容赦せずに撃つ!」
「(まともにやりあえば、下手したら1つ目の門を突破するだけで手一杯になるな・・・と、なれば一点突破で足止めを使いながら、僕だけ深緑宮まで行くか。まずはミリアザールとやり合うのが目標だし、全滅を狙うのは難しそうだ)」
「5、4、3・・・」
「(1つ目の門は僕が開けて・・・2つ目はインソムニアでいけるか? まあ結局出たとこ勝負なわけね)」
ドゥームの結論は、結局行きあったりばったりであった。実際見てみないとわからない部分も多かったし、今回ドゥームは知らずとも、彼の師匠と呼ばれる者の狙いにはアルネリア教の準備状態を調べ、戦力を確認することも入っていた。その意味でほぼ何の知識も与えられていないドゥームだが、彼が戦闘経験豊富であればもう少し研究と下準備をしてから殴りこんだであろう。そうこう考える間にも、小隊長の宣告は進んでいる。
「2、1・・・」
「つーかおっさんさあ、さっきからうるさくない?」
ヒュン、とドゥームが小隊長の正面に移動し、その首をいつものようにへし折った。隊員達が驚いてドゥームに向き直る間には、リビードゥの手が変形した刃物と、オシリアの念動力で全員が絶命していた。
「なんだ、さすがに一般兵は聖なる加護はないのね。僕の力も効き放題」
「つまらない・・・」
「弱いわねぇ」
一瞬で50人以上を血祭りに上げたドゥーム達。その様子を200mほど離れた門の衛兵が遠眼鏡で見ている。
「なんだあれは・・・」
「どうした? 外で何が起こっている?」
「いえ、襲撃者は子どものような容姿ですが・・・信じられないことに、最初に行く手を阻んだ小隊が一瞬で全滅しました」
「なんだと!? 貸せ!」
物見の兵士が見ていた遠眼鏡で確認する中隊長。たしかに最初に対応した兵士達はもはやピクリとも動かない。遠目に確認したところでは、全員があらぬ方向に曲げられている死体が見えた。
見られていることに気が付いたのか、ドゥームがこちらに笑顔で手を振っている。そのからかうような仕草に、遠眼鏡で見ていた兵士が歯ぎしりをする。
「ぐぬぬ・・・なんだあやつは!?」
「わかりません。ただ内部の神殿騎士団に連絡をした方がよくありませんか?」
「バカな、この門が突破されると言うのか? 中の連中なんぞの手を借りんでも、ここで食い止めねば恥だ!」
「ち、中隊長・・・」
「相手はたかが数人だぞ? しかも小僧が率いている。これを止められねば神殿騎士どもに無能呼ばわりされるのがわからんのか!?」
「中隊長!」
「なんだ!?」
「魔術が来ます!」
「何!?」
中隊長が見ると100m程先だろうか。ここからでもはっきり見えるほどの大きさの印を描く魔術が発動しようとしていた。
【闇を好み、死の谷に住まいし風の眷族よ。生ある者を妬みし死の眷族よ。来たりて集え負の連鎖。大地を犯し、風を汚し、肉を腐らせ、我が敵を粉砕せよ】
《死風暴発》
ドゥームの前方に大量に集まっていた黒い風が解き放たれる。そして前方に向かって黒い風が突き進み、第二陣としてドゥーム達の行く手を阻もうとしていた騎士たちを飲み込んだまま、第一の門に直撃した。
ドォォォォォン、と地の底から響くような衝撃音が聞こえた時には、門の兵士全員が悲鳴を上げていた。
「うわあぁぁぁぁ!」
中隊長が思わず悲鳴を上げたのも無理からぬ、それほどの衝撃だった。中には暴風のあおりを喰らって城壁から吹っ飛ばされた者もいる。
おそるおそる中隊長が目を開けると、門があった部分には、既に城壁すらなかった。門ごと城壁まで吹っ飛ばしたのである。巻き添えを食らった第二陣およそ70名も全滅状態であり、城門付近にいた兵士も含めれば、たった一撃でおよそ100人の命が失われてしまった。呆然とする中隊長をチラリと見て、ひらひらと手を振り、余裕さえ見せて第一の城門を通って行くドゥーム。
だが内心は、
「(あんまデカイ魔術、そう何発も使えねーっての。発動にも時間がかかるし)」
と、いうものだった。だが門を乗り越えた先でドゥームを待ち受けていたのは、
「ここから先は通さん!」
と意気込む、完全装備の神殿騎士200人と僧兵300人であった。
続く
次回投稿は、12/3(金)16:00です。