足らない人材、その108~縁⑤~
「まさか俺達を雇おうなんて、アルフィリースもとんだこと思いつきますよね~。まあ俺らなら確かに一部隊以上の働きをするっすけど、相当高額になるのにどこからその資金が出るのやら」
「ああ、そうだな。だがいくら金を積まれようと、ワタシは参加しないぞ」
「ええ? ここまで残っているのに?」
レクサスはわざとらしく、ずざざ、と後ろに下がって見せた。
「それは天邪鬼ですよ、姐さん~」
「ワタシは誰かに使われるのは好かん。それがヴァルサスでも、アルフィリースでもだ」
「なんと傭兵っぽくないお言葉。まあ姐さんがそういうのなら俺もそうしますけどね。それならどうします、俺も離れますか?」
「いや、手伝ってやれ。どうもまだ嫌な予感がする、私は渦中にいるより外にいて全体の流れを見たい。アルフィリース達の事は頼んだぞ」
「あいあい、了解ですよ~。お、なんか始まるみたいっすねぇ」
レクサスが見たのは群衆の中を歩いてくるアルフィリースとリサ、そしてコーウェン。彼女達は仲間をその場に座らせると、中央に空間を設け、円陣のようにして話を始めた。
「これから私たちはヴィーゼルの前線、カンダートを攻め落とすわ。小さな出城には目もくれるな、本城のみを落としなさい。敵の戦力は少ない、私達なら必ず落とせる!」
アルフィリースの声は力強く、全員が食い入るように聞いていた。アルフィリースの演説を聞くのはリサもこれで何度目かになるが、アルフィリースの言葉には不思議と聞き入ってしまう。これはアルフィリースが生まれつき持つ才能なのだろうと、リサは考えていた。
また同じことをコーウェンも思っていた。アルフィリースの演説は技術でいえば稚拙だが、不思議と説得力があった。これは努力の類で得られるものではなく、才能の一つだとコーウェンも納得していた。確かにアルフィリースは人集めが上手いことは否めないが、それでも集まった人がそのまま彼女の所にとどまるのは、彼女自身の魅力だと思われる。
「(なるほど~、どんな人物かと思って経歴まで調べましたが~。いくらあのアルドリュースに師事したとはいえ~、これはもう人を惹きつける才能としか言えませんね~。だって~、正直この戦いには無理があるにも関わらず~、大きな反対もなければ脱落者もほとんどいない~。奇跡のような状態です~。
たまに高貴な出自の人間は人を魅了する術を先天的に知っていたりしますが~、どうもそれとは違うようです~。だいたい彼女は貧しい農家の出自のようですし~。
さて不思議なのは~、その人惹きつける原因がどこにあるかということですよね~。技術でもなし~、容姿でもなし~、実績でも待遇でもなし~。でもカザスという私と同格の堅物を仲間にしたところをみると~、彼女の持つ魅力は『毒』と表現してもいいかもしれませんね~。一つ間違えれば~、仲間全員を死地に引き入れるでしょう~)」
コーウェンはにこにことしながらそんなことを考えていたが、アルフィリースはそんなこととは露知らず言葉を続けていた。
「今から戦うのは、我々傭兵団の今後のためであると同時に、これほどまでにやられたクライアの意趣返しも込めている。残り一戦、どうか私に力を貸してほしい。
その代わりと言ってはなんだけど、戦う前に必勝を期して少し願をかけてみようと思う。皆、注目して」
アルフィリースがそういうと、周囲の明かりがふっと落ち、そして円陣の外に明かりが改めて出現した。そこに立っていたのはエメラルドと、そして踊り子のように装った誰かだった。
踊り子の衣装は南部の砂漠の民のものであり、東の地域では少々珍しいものであった。頭にヴェールをかぶせ、誰が扮しているのかわからない。薄布に身を包み、長いズボンと胸に布を巻いている以外の服装はない簡易なものだが、長い布の先は手首にひらひらと踊るように風に流れていた。
全員が誰かと思う前に、エメラルドが美しくもよく通る声で歌い始めた。気分次第で披露される彼女の美声は傭兵団の者ならば皆知っているが、今日の彼女の声は特別だった。聞いてると、まるで胸奥が熱くなるような気分になってくる。そしてエメラルドが歩き始めると、自然と進行方向に道が開いた。いつのまにか、周囲からは音楽も聞こえてくる。
「(やはりハルピュイアの声には呪歌の要素が強いですね~。一定の志向性を持たせることで、彼らの声は魔術と同等の効果を持つと言います~。その昔には戦場で兵士を発狂させるような歌を歌う者もいたとか~。今回は戦勝祈願ということで勇壮の呪歌なんてものをお願いしてみましたが、いやはや想像以上です~。でもこの声は私でも聞き惚れますね~、今度戦場ではない所で聞いてみたいものです~。
あと軍隊がいたのも有利ですね~。楽隊なんてものは傭兵団ではさすがに用意できませんからね~)」
コーウェンがにこにこと作り笑顔を作っている最中にも、兵士達はさざ波のように次々とうっそりとし、聞き惚れて行った。そしてある程度道が開けてアルフィリースの元にエメラルドが到着すると、後ろをついてきていた踊り子が舞い始めた。その踊りは柔らかく、甘美で、まるで極上の酒に酔わせるように人を魅了した。誰もが声を失くして、その出し物に見入っていた。
そして曲が一段落すると、踊り子がヴェールを脱いだ。ヴェールの下の顔は、ルナティカであった。これにはアルフィリースだけでなく、誰もが驚いたのである。
「え? ダンサーじゃないの?」
「いえ、ダンサーにも頼みました~。が、ここは戦勝祈願ですから~、ルナティカの方が適していると思いました~。ダンサーにもできるでしょうが、人を楽しくさせる祝賀会での踊りの方が似合うでしょう~。戦いのための舞なら、ルナティカの方が適任です~」
コーウェンが答える間にも、ルナティカはエメラルドの腰の剣を抜くと、剣の舞を踊り始めた。通常剣の舞は二人一組で踊るが、ルナティカは多数の敵を想定して動いているようだった。あまりに見事な舞いに、周囲にいた兵士達にはルナティカが想定した空想の相手が次々と切り落とされるのがはっきりと感じ取れたほどである。
「こりゃあ意外な才能っすね」
「うむ、ここまで見事な戦勝祈願の舞はそうそうないだろうな。兵士達は勇気づけられ、本来以上の力を発揮するだろう」
ルイも惜しみなく賞賛を送った。そしてしばしの後、舞と歌が終わると周囲は自然と歓声に包まれた。
続く
次回投稿は、8/4(日)18:00です。