足らない人材、その102~戦略家47~
「こりゃあ・・・カザスの推薦状じゃねぇか! なぜ今まで隠していた?」
「これを見せればすぐに雇ってもらえたかもしれませんが~、それじゃ面白くないんですよ~。私の能力はそれなりの立場に立って初めて役に立ちます~。アルフィリース団長にそのことを知ってもらうには、正面から訪れ順序良く出世したのでは面倒でしょう~。それに私自身も面白くないですし~。
ですけど効果はありました~。団長には私という人物を知ってもらえたようですから~、貴方にもね~」
「確かにな。だがどうしてブラックホークの二番隊が来ることを知った? 外に見張りでもいたのか?」
「ええ、それはもう~。砦をぐるっと囲むくらいにはいましたよ~?」
コーウェンの目が怪しく光り、その顔が歪んだのを見てラインはぞっとした。ラインにはこのコーウェンの本質が一瞬垣間見えたような気がしたからだ。
目の前の小さな女は、おそらく正義感や倫理というものを持ち合わせていない。自分が興味あるか否か。ただそれだけで動く女だと、ラインは感じ取ったのだ。必要とあれば、どれほど下劣な手段でもとってみせるだろう。
「その仲間は・・・」
「ギルドで雇った傭兵ですがね~、もしブラックホークや巨人達の一件がなかったら~、この砦を彼らに襲撃してもらう手筈でした~。傷ついた砦の兵士を率いて彼らを撃退して~、私の有能さを示すために~。結果としてその必要はありませんでしたが~、無駄な命を散らせずに済みました~」
「お前・・・」
ラインは再度ぞっとした。自分達の価値観とは一線を画す女。だがその先見の明は恐ろしい。この女がもし敵だったらどうなるのか。
だがそのようなラインの思惑をコーウェンは察したのか、ラインの顔を覗き込むように笑顔を見せた。
「ご心配なく~? 今の私はアルフィリース団長に興味があります~。しばらくはこの団のために尽くしてみようと思います~」
「・・・本当だろうな?」
「あは~、そこは信じてもらうしか~。ですが、私がそもそもこの団を潰すつもりだったら、あそこで何もしないかブラックホークをけしかけています~。それができる女だと言う事を~、お忘れなきよう~」
コーウェンはぺこりとお辞儀をすると、その場を去った。ラインは最後にコーウェンが渡した手紙を受け取ると、その内容を見た。そこには一見カザスが書いた通常の推薦状があった。
『親愛なるアルフィリースへ
私の友人を一人、ここに推薦します。少々癖のある性格ですが、学問の都市メイヤーにおいて、歴代最高の戦略家だと自称する彼女。彼女が発行した兵法書を含め、いまだ世の評価は追いつきませんが、私はその理由を、今現在の判断基準が彼女を評価することが不可能であるからと考えています。
まず何より、彼女に道徳は通用しない。あらゆる常識と良識を飛び越えて勝利をもたらす彼女の発想は、戦いに倫理観を求めないのであれば必ず勝利をもたらすでしょう。騎士道なる誠実かつ不実なその道徳観など、彼女には一切通用しません。
それにもう一つは、彼女にしかない特殊な趣味。その真価は、アルネリアのように資金が潤沢な場所で初めて発揮されます。東側では疎まれた彼女の才能ですが、きっとアルフィリースの元でなら発揮されると信じてやみません。
ああ、私が提供した地図は役立っていますでしょうか。複製は私の頭の中にしかありませんので、破いたり濡らしたりしないようにしてください。私はおそらくこれからグルーザルドに向かいますが、そのうちそちらに向かおうと思っています。
それではいずれ。
カザス=ロウ=トーレンティスク 』
ラインはその手紙を見終わると、違和感を覚えた。内容におかしなところはない。カザスが推薦するくらいだから、優秀な人材には間違いない事はラインも認めていたし、それにカザスがこちらに人材を寄越すというのは以前に話していたことだ。
それにカザスが湿っぽく近況を語らないのも彼らしいと言えばそうであった。だが無駄のないカザスだからこそ、ラインはおかしいと思ったのだ。
「・・・破いたり、濡らしたり・・・ねぇ」
言葉に感じる妙な違和感。普通は逆の順序で述べるし、「破いたり、捨てたり」が普通じゃないのかと思う。それに以前カザスが文章を書いているのを見て、妙に間隔が一定であったのも覚えていた。
几帳面な奴だとラインが皮肉交じりに言うと、最初から書きたいことは全部頭の中に一つの絵として完成されているから、このように紙が使えるのだと真面目に返された。なんて事のない会話だとラインは思っていたが、ふっと思いついて手紙の下にある空白に水をかけてみた。
「・・・・・・隠し文字か。気づかなかったらどうすんだ」
ラインがそう呟く事すらカザスは見越していたのか、内容はこうであった。
「追伸 意外に鋭いラインなら見つけてくれると思っていました。コーウェンを仲間にしないのなら首を刎ねなさい。あれが敵になるなら、ある意味黒の魔術士よりも恐ろしい。真摯な忠告です」
ラインはその言葉を見て、複雑な気分になった。カザスはコーウェンを恐れているのだ。おそらく彼女がその気になれば、誰も抑えがきかないほどに暴走する人物なのだと。それだけの人物が世の中に出ようとしている。そのコーウェンは今でこそ味方になったのだろうが、これから先どうなることかはわからない。
カザスの手紙はつまりこう述べているのだ。コーウェンが裏切るようなら、ラインの手で殺せと。それが冷徹に判断できるのはラインしかいないと、カザスは睨んだのだ。ラインはその意を汲んで、気が重くなっていたのである。
「ナイツ・オブ・ナイツの接触があったってだけでも気が重いのによう、全く。俺にばっかり重荷を背負わせてくれるなよ、どいつもこいつも」
ラインは一人、この数日の疲労をどっと感じる思いであった。
続く
次回投稿は、7/24(水)19:00です。