足らない人材、その101~戦略家46~
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「アルフィリース様~」
「・・・何かしら」
大股で歩くアルフィリースの後を一番に追いかけてきたのは、意外な事にコーウェンであった。小さな彼女はアルフィリースに追いつくためには、小走りでなければならない。
そのコーウェンがとたとたと廊下を走ってくる。
「待ってくださいよう~」
「急いでいるのよ、用件が何かあるなら手短にね」
「では率直に~。私を雇うか否か~、最終的な返答はいかに~?」
アルフィリースは歩みを止めた。そしてその目は油断なくコーウェンを見つめ、コーウェンはいつものニコニコした表情で返している。
そしてアルフィリースは一言だけ伝えた。
「雇うわ。でも仲間になるかどうかの判断はまだ後よ」
「ええ~? 雇ったら仲間じゃないんですかぁ~?」
「正直に言うわ。貴女は私にとって貴重な存在になるでしょう。おそらく、これからあらゆる作戦を練るうえで貴女の戦略眼は欠かせなくなるはず。でもね、今回は見逃すけど私の意に反するような戦術を実行した際は、容赦なく貴女を罰するわ。覚えておきなさい」
「・・・いいでしょう~、しかと承りました~」
「それならいいわ。作戦を練るうえで必要な、我々の細かな戦力や装備などに関してはラインから説明を受けて。一刻後に会議室で会いましょう」
「了解です~」
コーウェンはぴっと敬礼をするような仕草でアルフィリースを見送った。そしてその後でラインが駆けてくる。
「おい眼鏡女、アルフィリースはどこだ?」
「もう行っちゃいましたよ~、それよりこれから忙しいですよ~? また戦いになります~」
「なんだと? 目的地はどこだ?」
「もちろん、ヴィーゼルの領地に向けて仕掛けます~」
コーウェンの言葉にラインはごくりと唾を飲んだ。
「馬鹿な!? まだこの上戦争をやろうっていうのか?」
「馬鹿じゃありません~、むしろ絶好の好機ですよお~? 最初からここまで見越していたなら、あの団長さんは傑物ですよ~。
叩くなら今です~、相手も仕掛けてくるとは思っていないでしょうし~、先日の夜襲ではライフレスやドラグレオの攻撃でヴィーゼルにも多くの死傷者が出ています~。カラツェル騎兵隊は戦線を離脱~、敵陣の本丸まで今なら素通りできるでしょう~」
「待て、お前なぜそのことを知っている?」
「私が何の策もなく~、ここに赴いているとでも~? 情報とは何よりも優先すべき重要事項~。戦いにおいて早くて正確な情報伝達は命綱ですよ~、当然敵に内通者を仕掛けてからこちらについたに決まっているじゃないですか~」
ラインはコーウェンの事を見ながら、しばし考えた。ラインの目がコーウェンの目を鋭く射抜く。
「・・・で、もしこちらが不利なら向こうに寝返るつもりだったのか」
「・・・ばれちゃいました~?」
コーウェンが眼鏡を取り、拭きながら答えた。その瞳は左右で色が違っており、ラインはぎょっとしたのだ。
コーウェンの目は右眼は普通の茶色だが、左眼は灰色であったのだ。
「お前、目の色が」
「まあ学者の言葉で述べるなら遺伝子異常、って奴ですよ~。この目のせいで随分と幼い頃は損をしましたが~、結果としては今の私があるのはこの目のおかげですね~。この目の色で馬鹿にされないようにと努力しましたから~。もっとも、どうせ普通と色が違うなら魔眼でも宿っていてくれればと思いましたが~。
それはさておき~、一つ訂正しておくなら今回の戦いで私がヴィーゼルにつくことはありえません~。今回のワタシの最大の目的は、アルフィリースの傭兵団に入る事~。そのために様々な策を練り~ここまで来ました~。
たとえば~、ギルドに細工をしてブラックホークの一部をこちらにつけたり~、カラツェル騎兵隊の一部の到着を遅らせるように工作したり~」
「お前がやったのか?」
「そうですよ~? そのために随分と散財しました~、ほとんど今までの貯蓄を使い果たすくらいには~」
「そこまでしてどうして?」
「私の友人の頼みがきっかけでしたが~、今は自分の興味ですね~。ああそうだ~、これを渡しておきましょう~」
コーウェンは懐から一通の書簡を取り出した。その差出人を見てラインはまたしても驚いた。そこにはラインもよく知る、カザスの名前が書いてあったからだ。
続く
次回投稿も連日です。7/22(月)19:00です。