足らない人材、その97~戦略家42~
「ご気分はいかがかしら、ファイファー将軍」
「・・・よくはないな」
部屋の中にいたファイファーが暗い声で答える。彼の目の周りにはどす黒いくまが出来ており、昨日ガルプス砦で会った時とは別人のように見えた。そのせいか、短期間で10歳も老けたように見えなくもない。
痛ましい姿をさらすファイファーだったが、アルフィリースは質問の手を緩めるつもりはなかった。
「お疲れの所悪いんだけど、ぜひ答えてもらいたいことがあるの」
「傭兵風情に話すことはない。それよりもいつになったらここから出してもらえるんだ? 今なら不問に処してやるが」
「この野郎、まだそんな口をきくかよ」
ロゼッタが凄んでみせるが、さすがに小突いたりはしなかった。ロゼッタもわきまえている。平民が貴族や王族に手を挙げた後にどのような仕打ちを受けるかと、よくわかっているのだ。
アルフィリースが目でロゼッタを制すと、彼女は冷静に話を続けた。
「別に話さなくても結構よ、そうなればラーナに頼んで記憶を読ませてもらうから。ただし、記憶を読む魔術は非常に難しいらしいから、その後廃人になる可能性が非常に高いわ」
「クライアの王族である私にそのような真似するのか? 国際的に懸賞金がかけられるぞ?」
「この混戦よ、どさくさに紛れて死んだことにすればいいわ」
「何も知らない私の従者たちも殺す気か? 先ほど私と一緒に立てこもっていた連中は、ほとんどが下働きの者だ。奴らに罪はなかろう」
「私の仲間にだって罪はなかったわ。でも死んだ、貴方のせいで」
アルフィリースはあえて静かな声でファイファーに応えた。その方が自分の怒りが伝わると思ったからだ。事実、アルフィリースは相当怒っていた。ファイファーが杜撰な指揮をし、揚句隠し事までしていたせいで死んだ者も大勢いる。アルフィリースは返答次第では、ファイファーを人間扱いする気はなかった。
「砦の者も大勢死んだ。もしあなたが協力を拒むなら、私達はギルドに申請して然るべき手段に出るわ。そうなった場合想定できるのは、あなたがクライアから罰せられるか、あるいはクライア全体が国際的に信用を失うか。ただでさえ最近クライアの外交政策は関税が高すぎて、評判が悪いはず。この状況で王族であるあなたがやらかした大失態が、たとえ噂でも出回るのは相当まずいはずよ」
「ふむ・・・女、女と侮っていたが、どうやらこの場でそう切り返せるだけの頭はついているようだ。多少評価を改めようか」
「別に改めてもらわなくても結構よ。私の質問に答えて頂戴」
「内容によるな」
ファイファーは囚われの身に近い状態でありながら、強気の姿勢を崩さなかった。ラインやルナティカがファイファーの立てこもっていた部屋を開け、彼らに危機が去ったことを告げても、ファイファーの表情場ほとんど変わらなかったのだ。
アルフィリースはファイファーが改めて只者でないと察した。ただの尊大な男なら扱いやすいが、彼は本当の意味で肝の据わった男のようだった。
「では質問するわ。あなたは隔離した場所で何をしていたの?」
「それは答えられんな」
「取引の相手は?」
「それも答えられんな」
「あの巨人の出現は、あなたのせいなの?」
「同じく答えられん。女、貴様の目の付けどころは中々だが、まるで証拠がない。それでは私から何も話すことはできないな。詰めが甘いのではないか?」
「っざっけんな!」
ロゼッタが椅子を蹴飛ばした。その行為を冷めた目で見るファイファー。ラインがロゼッタを窘め、アルフィリースは質問を続けた。
「では質問の方向を変えましょう。貴方はこの戦いに勝つ気があった?」
「もちろんだ」
「貴方はクライアの国を大切に思っている?」
「当然だ。痩せた土地に、資源の乏しい国。だが私が生まれ育った国だ。愛していないわけがない」
「ヴィーゼルの事はどう思っていたの?」
「正直、うらやましいな。あの国のせめて半分でも作物が取れればよいと思うよ。建国当初、国力はこちらの方が上だったはずなのに、追い越されてから年々その力の差は開くばかりだ。同じように内政に集中しても、一年で圧倒的な差がつく。このままでは遠からず、我々の国はヴィーゼルの外交によって、事実上潰されるだろう。
誰もそのことに気が付いていないがね。いや、気が付いていても、行動に移すだけの人物がいないか。王都の重臣たちは皆老い先短い老人ばかり。10年後、20年後の政策よりも、目先の利益を優先したいのさ」
「なるほど」
アルフィリースは頷いた。ファイファーは尊大な男だが、アルフィリースの直感ではさして狂っているとも思えない。むしろ、尊大で独善的な事を除けばかなり優秀な政治家なのではないかとアルフィリースは見ていた。
なぜなら、ガルプス砦の兵士達は実に見事に統率されていたからだ。あれは指揮官が優秀でなければ成り立たない。軍の質は、そのままファイファーの指揮官としての有能さを示していた。
だがらこそ、アルフィリースは不思議なのだ。ファイファーがなぜ自国の兵士に損害の出るような作戦を取ったのか。だが想像以上にファイファーは頑なで、アルフィリースは質問する内容を慎重に選ばねばならなかった。
そんな折に、丁度部屋の外で聞こえた声は、コーウェンのものだった。
続く
次回投稿は、7/17(水)20:00です。