足らない人材、その96~戦略家41~
「その剣は、鍵。大いなる運命への・・・鍵」
「鍵? 何の?」
「心してください。その鍵は誰にでも扱える物ではない。間違えれば・・・災いどころでは・・・」
「ちょっと?」
アルフィリースの瞼が落ちそうになるのを見て、リサがアルフィリースを揺さぶった。だが効果はなく、声は途切れ途切れに、意識は今にもなくなりそうだった。
「あまり私は・・・出てこれな・・・彼女が目覚め・・・守・・・」
「くっ、起きろ、起きやがれです!」
リサがびしびしとアルフィリースの頬を叩いたが、反応はまるでなかった。やがて安らかな寝息が聞こえてきた。穏やかに眠るアルフィリースを見て、リサとラーナがため息をつく。
「さっきのは、なんだったのかしら」
「知りゃしませんよ。ですが、このデカ女が抱える事情は、この世の誰が想像するよりもさらに複雑なようです。この剣が鍵とかぬかしましたが、リサはこの難問を解くカギが欲しいですよ、こんちくしょう」
リサはやってられるかとばかりに地面に大の字に寝転がった。その時リサとラーナが考えていることは、全く別の事柄だった。
ラーナは純粋にアルフィリースの身を案じながら、先ほどの魔術が使えない現象、そしてアルフィリースが巨人を「虚ろなる者」と表現したことに関して思索を巡らせていた。同じような表現を、どこかで聞いたことがある気がしたからだ。
対してリサはやはりアルフィリースの身を案じながらも、この団の事と、そしてアルフィリースが自分の事を「母なる乙女」と呼んだことについて考えていた。リサにとっては聞いたこともない言葉だったが、なぜかその響きは心に沁み渡った。リサの空白が、少し埋まったような気がしたのだ。
そしてそのように安堵する彼女達の様子を見て、ルイは戦闘の終了を確認し剣を収めたのであった。
***
「コーウェン、どこに行っていたのさ」
「ええ、少し野暮用に~」
ミュスカデは戦闘が終結したのち、姿の見えなくなったコーウェンを探して慣れない砦の中をうろうろと彷徨っていた。ミュスカデは既にローブなどを身に纏っていないため非常に派手な格好を晒しているわけだが、誰も砦の人間はその事実を気に留めなかった。
なぜなら砦は死傷者、負傷者の収容でさらに忙しくなり、今やミュスカデに構う余裕のある人間など、誰一人いなかったからだ。ミュスカデはそのような対応に逆に戸惑い、あてどなくコーウェンを探して歩いていたのだ。コーウェンの言われるがままに戦ったはよいが、ミュスカデはこの後どうするべきかを何も教えられていなかった。
「なあ、これでよかったのか?」
「ええ、構いません~。もちろん予定とはだいぶ異なっていますが~、大筋に変更はありませんし~。私の目論見通りです~」
「私にゃ何がなんだかさっぱりだ」
ミュスカデにはコーウェンの考えていることがさっぱりとわからなかった。だがコーウェンは余程わくわくしているのか、いつもの間の抜けた口調も上り調子だった。
「さて、仕上げにかかりますよ~」
「どうするんだ?」
「団長さんに会いに行きますよ~。彼女を説得して正式に雇ってもらわないとですね~」
「そんなこと、できるのか?」
「だから機会を見計らってたんですよぅ。それに口先こそが論客たる私の本領発揮です~」
コーウェンの眼鏡が、きらりと光ったのであった。
***
アルフィリースは巨人となったドルンを撃退後、半刻と経たず目を覚ました。その時アルフィリースの頭は非常に冴えわたっており、また疲労感もどこへやら、まるで最高に良質な睡眠をとったがごとく、その思考は冴えわたっていた。
アルフィリースは目覚めると矢継ぎ早に指示をだし、仲間をまとめた。負傷者で戦闘を行えない者はすぐに後方のガルプス砦に送り、自分達で備蓄していた食料をありったけ出し、仲間に精力をつけさせた。そして仲間の状況を整えると、ある人物の元に赴いた。
アルフィリースは激戦が展開されたであろう建物の損傷など気に留めず、その建物を上って行った。そして建物の途中で壁が崩れ外の一部が見えるところでふと足を止めた。外は晴れやかに青空が広がり、その天空の眼下では先ほどまでの激戦で幾多の命が失われたことなど、空は気に留めてもいないようだった。
アルフィリースはしばしサラモの砦を見渡した。砦の中は崩れ、城壁の一部も失われた。フェンナが補強した城壁も、いつの間にかその効果を失ったようだった。次の戦にはもはや耐えることはないだろう。
アルフィリースは無言で目の前の光景から目を放すと、向かうべき部屋に一直線に向かった。部屋の外には隊長の一人であるグラフェスが、神妙な顔でそこに立っていた。そしてアルフィリースに一礼すると、無言で扉を開けて彼女を部屋の中に通したのだった。
続く
次回投稿は7/15(月)20:00です。