足らない人材、その95~戦略家40~
「(アルフィリース・・・じゃ、ないな。誰だ、お前は)」
「(その言葉、そっくり返しましょう。ですがあの存在を見逃すのは非常にまずい。あの存在はしばらく止まらないでしょうから、止まるまでにまき散らす害が大きすぎます。遅かれ早かれあいいうものは出てくるのでしょうが、まだ早すぎる。ここで止めないと)」
「(なんでそんなことを私がやらないといけないのだ。だいたい手段がない。あのデカブツを自力で仕留められるとしたらフォスティナくらいのものだろうが、もはやそれも可能かどうか怪しいものだ。見ろ)」
フォスティナは一も二もなく巨人にとびかかっていたが、先ほどまでとは打って変わり、彼女の剣は巨人の大木のような足によっていとも簡単に止められていた。フォスティナ自身がその事実に驚き数度剣を打ち込んだが、結果は変わらなかった。
「(魔術だけじゃない、気も無効化するらしい。これでは獣人の一撃もあまり効果がないだろうな。可能だとしたら、圧倒的物量による制圧か、あるいは同等の巨大生物による駆逐が有効だが・・・)」
「(他にも方法はあります。魔術でなければよいのです)」
「(魔術でなければ? そんな方法が・・・)」
「(来なさい、レメゲート)」
何者かが念じると、影は自分目がけて何かが彼方から引き寄せられるような感覚を覚えた。その感覚は覚えがあるようで、決して影が知らない感覚だった。
「(なんだこれは。『私』は、一体何を知っているんだ?)」
「(『貴女』は、決して知らなくてよいことです。今は眠りなさい)」
「(何を言って・・・うあぁあああああ!?)」
アルフィリースの目の前に、突如として黒い剣が現れた。空間から染み出るように現れたその剣は、いかにも召喚に応じて現れたように、気が付く者がいればそう見えたであろう。だが、不思議な事に誰一人としてその剣の出現に気が付かなかったのだ。そして誰もが気が付かないアルフィリースの内部で、レメゲートの出現と共にアルフィリースの影の気配は霧散するように完全に消えてしまった。
レメゲートの存在に一番早く気が付いたのはリサ。だがそこに確かにありながら、気配というか質量の感じられない剣に、リサはそこに何があるのか一瞬わからなかった。
「あれは、確かアルフィリースの部屋に安置してあった剣ではないですか? 何をどうやっても鞘から抜けないから使いものにならないと、飾っておいたはずですが・・・」
リサはエメラルドがアルフィリースに預けた剣を思い出した。くすんだ黒のダンススレイブとは対照的に、光沢に恵まれた、烏の羽を濡らしたような黒の剣は確かにそこに存在したのだ。
アルフィリースはしばし呆然とそこに佇んでいるようであったが、ゆっくりと目を見開くとラーナとリサを見据えて優しく言い放った。
「母たる乙女よ、ここは私に任せて闇の魔女と共に下がりなさい。あの巨人は私が仕留めましょう」
「アルフィリース・・・?」
リサはその口調がアルフィリースのものではないと感じたが、口調には不思議な説得力があった。リサは気が付けばアルフィリースが横を通り過ぎるのを見逃しており、ラーナはアルフィリースの言葉に操られるようにリサの手を引いて安全な場所に避難を始めた。振り返ると、アルフィリースの黒い髪がより黒く、まるで宵闇のようでいて今まで見たどんな黒よりも優しい黒だとラーナは思ったのだ。
そしてアルフィリースはレメゲートを構えると、巨人に向けて突き付けた。
「レメゲートよ、真の姿に戻りなさい」
その言葉と共に、今まで鞘だと思われていたレメゲートの外殻が変化した。まるで液体のように突如として薄く広く伸びると、ショートソードくらいの長さであったレメゲートは一転、大ぶりな剣へと変化する。
そしてその刀身が輝くように光ると、漆黒の刃から光の螺旋が幾重にも描かれた。
「虚ろなる存在よ、去れ」
螺旋は弾けて何本もの光の剣となり、巨人の体を貫いた。だが巨人はそのことを意に介さず前進し続け、アルフィリースは再び、三度とレメゲートを振った。そして四度目の剣を振った時、巨人はついに膝を折り、その場に倒れたのだった。
巨人の左手は何かを掴むように伸ばされ、その腕が城壁の一部を崩した。そして巨人は再生することなく、その場で塵へと還って行く。最後の結末に誰もがあっけにとられる中、誰となくあげた歓声に引きずられるように勝利の雄叫びが上がっていた。兵士、傭兵となく抱き合い、サラモの砦は生存の喜びに包まれていた。
しかしアルフィリースはその歓喜の渦に巻き込まれぬようにするりと逃れ、建物の陰に身を隠していた。隠れる前に目配せで呼び寄せたラーナとリサを傍に置いている。
「お二人に頼みたいことが」
「なんなりと」
「この体は少しの休息で目覚めるでしょう。この体に関して心配することはありません。ですが、レメゲートはしっかりと守ってください。本来は私が守るべき剣なのですが・・・」
「この剣は一体?」
リサは思わず問いかけていた。アルフィリースの声を借りる者が誰なのかという事より、今はそちらの方が重要な気がしていた。勇者も、魔女もどうしようもない事態といとも簡単に打開した剣。もしこの剣が自由自在に運用できるとしたら、戦の在り方は変わってしまう。それにレメゲートの変形の仕方を見ても、明らかに遺物の類に違いはなかった。
アルフィリースは消えそうな声で答えた。
続く
次回投稿は、7/13(土)20:00です。