足らない人材、その91~戦略家36~
「うっ?」
レクサスが好機にもかかわらず思わず後退した。仮面が落ちてレクサスとルナティカの目に飛び込んできたのは、目も鼻も耳も焼けただれた異形の顔。明らかに拷問の末に作られたと思われるその顔は筋肉すら焼け落ち、動かぬ表情でじっと2人の前に立っていた。だがレクサスとルナティカが目を奪われる中、焼け爛れた顔にかろうじて残った口がゆっくりと動いた。
「見たな?」
その瞬間、今までとは段違いの速度で4番が突撃してきた。脱ぎ捨てた衣服が重さのあまり地面にめり込むと同時に、両腕には今までなかったトンファーが装備されていた。虚を突かれたレクサスは剣で鋼鉄製と思われるトンファーを受け止めたが、重い連続攻撃にレクサスの剣にひびが入る。
「重い衣服で鍛えるとか、どの時代の発想っすか。でもまずいっすね、これ」
レクサスは懐の小刀を抜いて思わず二刀に切り替え4番を押し返したが、長剣は限界なのは明らかだった。鋼鉄とはいえ打撃武器など戦闘では役に立たないとレクサスは思っていたが、武器を受けたり相手の武器を破壊するためならば、それはそれで効率的な武器だと考えを改めた。だが攻めと受けを同時に行えるのは、使う者の圧倒的な技量があってのことだが。
戦えない事はないとレクサスは思うが、それには丈夫な武器がいる。だがレクサスの視野の中には、そのような武器は見当たらなかった。そして4番が再び動かんとした時、ルナティカがすっとレクサスの前にたったのだ。
「その武器では無理。私がやる」
「いや、そうは言っても」
「私がやる。これは私の仕事、私がやらなければならない事!」
ルナティカはマチェットを構え直した。4番は自身の戦闘教官である。暗殺の指導を受けこそすれ、一本など取ったことはない。だがそれがもしレクサスの言うとおり、意図的に仕込まれたものだとしたら。そしてレクサスの戦い方を見て、ルナティカも気が付いたことがある。
「(必要な戦い方はわかった。要は勇気の問題。今まで私は安全な所から、一方的に攻撃することばかり考えていた。だが、もしこちらが攻撃を受けようとも、今までよりも一歩深く踏み込めるなら――勝機はある。
それに考え過ぎは良くない。時には何も考えず、殺し方すら考えず・・・そう、頭のから雑念を消して、ただ猛獣が獲物を狩るときのように、本能に身を任せる。
私は、獣。一匹の、血に飢えた獣。あれは私のかつての上官ではない、ただのワタシの、エモノ)」
ルナティカの表情が徐々に人間味を失っていく。息は最初は浅く、回数が多かったが、じきに呼吸をするのも忘れたかの如く深く、瞑想のような状態に入っていた。そしてだらんと両手が落ち、まるで獣用に四つん這いになったかと思うと、すぐ後ろにいたレクサスが見逃さんばかりの勢いで4番の横から飛び膝蹴りを食らわせたのだった。
4番は本能的な防御で直撃を防いだが、鋼鉄のトンファーがわずかに変形したのを手の中で感じた。もちろん鋼鉄のトンファーなどを蹴り飛ばせばいくらかなりともルナティカの体にも衝撃や痛みがあろうというものだが、ルナティカはまるでひるまず、狂ったように攻撃を続けた。
目も耳もない4番は、焼け爛れて微風すら灼熱の痛みを感じる皮膚で、敵の攻撃を察知していた。だが突如として竜巻が目の前に発生したがごときルナティカの攻撃の前では、その一つ一つを正確にさばくことは不可能だった。
また4番は敵の殺気を感じて攻撃を予測していた。それは顔が拷問で潰されるまでできないことだったが、五感のいくつかを失った今となっては尋常ではないくらい敵の殺気や気配に敏感になった。それは後天的にセンサーを作り出そうという組織の計画の一旦だったのだが、実に4番は成功例だったといえた。だがその彼の能力をもってしても、目の前で太陽の陽のごとく放射される殺気の前では意味がない。
確かにルナティカの体は攻撃の度に傷ついていったが、それ以上に4番の体はずたずたにされていった。そして4番の左のトンファーは腕ごと切断され、右のトンファーが腕をへし折られることで使い物にならなくなったと同時に、ルナティカのマチェットは一つは横蹴りで半ばから蹴り折られ、一つは4番の腹に差し込むも、筋肉で止められてしまっていた。
決め手に欠いたかと思われたその一瞬、4番のつま先に仕込んだ刃物がルナティカの腹にめり込んでいた。ルナティカは思わず苦痛に息が詰まったが、歯を食いしばり折れたマチェットをそのまま4番の焼け爛れた赤頭に差し込んだ。4番の表情はさすがに無表情だったが、ルナティカは躊躇なくそのマチェットをずぶずぶと捻じり込んでいった。4番の体が、ルナティカに蹴りを叩き込んだままの姿勢で嫌な痙攣を始める。
ルナティカは4番の顔を見据えたまま攻撃を続けたせいで、その唇が動いたのにも気がついた。その唇が告げたのも、はっきりと見て取った。
「さすが銀の――」
だがルナティカは4番が何も言い終わらぬうちにマチェットをさらに押し込んだ。油断しないとか、そういう感情からではない。本当にルナティカは、目の前の敵を倒すことしか体に命令していなかった。事実、4番が倒れてその首を刎ねてもルナティカの攻撃は止まらず、レクサスが見かねて止めに入るまでルナティカの攻撃は終わらなかった。
ルナティカが4番の言いかけた言葉を思い出すのは、限界以上の力を使い切って倒れた後、正気を取り戻してからの事である。
***
最も早く変化に気が付いたのはリサだった。その次にラーナ、そしてルイと続く。ロゼッタがアルフィリースの異変に気が付いたのは、彼女に肩を掴まれ押しのけられた後だった。
続く
次回投稿は、7/6(土)21:00です。