足らない人材、その90~戦略家35~
「おい!」
ラインが思わず手をレイヤーに差し伸べたが、レイヤーはそれをぷいと無視し、逆に地面を蹴って勢いをつけ、6番の体に乗るようにして落下した。
「逃げてみろ、折れた両手でできるなら」
レイヤーは6番の頭を押さえつけながらその言葉を吐いた。そして6番は本当に自分が動けない事を知ると、目を見開いたが、その直後穏やかな表情になった。その表情におかしなものを感じたレイヤーは口を押えていた手を思わず放した。そして確かに聞いたのだ。地面に落下し、6番の頭が砕けて死ぬまでに数秒もなかったであろうわずかな時に、確かに6番はこう言った。
「覚えましたよ、あなたの顔。またどこかで会いましょう」
と。
***
そのレイヤーが外に飛び出した建物の屋上で、激闘が繰り広げられていた。ルナティカ、レクサスと4番の戦いである。
4番はルナティカとレクサスを相手にしても一歩もひかず、それどころか逆に二人を追い立てるような戦いぶりを見せていた。ルナティカやレクサスは尖塔をうまく使いながら4番の猛攻をしのいではいるが、それにも限界があった。行き着く暇もない攻防が一段落し、互いが距離を取る。
「ふい~、こりゃあしんどいっすわ。銀色のお姉さん、あの人何者です? こんなのが戦場にいるなんて、聞いたことねぇんすけど」
「余計なおしゃべりはしない。死ぬ」
「いいじゃないっすか~これから殺す相手の事はちょっとでも知っておきたいですし」
レクサスの不遜な物言いに、ルナティカも4番もレクサスの方を見た。押しているのは4番だと、誰もが思っている。にもかかわらず、レクサスは自信満々だった。そのレクサスはへらへらしながら、剣をくるくると手の中で遊ばせていた。
「で、何者なんです?」
「・・・ある暗殺組織の教育係。私はあの男に殺しの手管を教わった」
「なるほど、戦い方が似てるっすね。でも本当にその仮面男は性格が悪い。戦い方を教えながら、敢えてお姉さんの戦い方に癖を作り、自分が仕留めやすいようにした。裏切られた時の事を想定してね。
それでもここまで持ったのは、単純にお姉さんが素質でその男を上回るから。仮面男はお姉さんを恐れていたんすよ」
「馬鹿な、そんなことが」
「あるんでしょうねぇ。でもそれもここまでっす。残念だけど、やっぱりその仮面男は芯から暗殺者なんっすよ、お姉さんと同じで。暗殺には慣れていても、正面切っての戦いには慣れていない。圧迫感がないんすよね~、戦い方に。そろそろやり方も把握したんで、ちゃっちゃと死んでもらいましょう。
ああ、ちょっと邪魔しないでくださいね。これから本気でやるんで、間違えると巻き込みかねないっすから」
レクサスがゆらゆらと揺れながら4番に近づいていく。その動きは不自然で読みがたく、まるで酔っぱらいが歩いているようだが、動き自体の速度はとても常人では真似できない揺れ方だった。4番は小剣を構えながらレクサスに対峙したが、明らかにレクサスの動きに幻惑されているようだった。
レクサスはいつものへらへらしている様子で、無造作ともいえる動きで4番に近づいた。
「ほんじゃま、行くっすよ?」
レクサスの掛け声とともに、ぬるりとした動きでレクサスが一気に距離を潰した。剣は振らず、肩を入れたり足を踏み込む動作だけで4番を後退させていた。そして近づくたび、レクサスの動きが速くなった。その動きに思わず4番は守勢に回ってしまう。この戦いの中、初めて4番が守りの動きを取らされた。
ルナティカはレクサスの動きに目を見張った。レクサスの動きは非効率的だった。狙いは大雑把だし、当たっても4番を死に至らしめる事はない攻撃が多い。だが一見出鱈目に見える攻撃は速く鋭く、なによりレクサスに馴染んでいた。これが本来の戦い方であることは明白であったが、ルナティカには考え付かない戦い方だった。
暗殺は一撃必殺。殺し損ねることは正体の露見にもつながるし、そのまま暗殺者としての終わりを意味した。だからルナティカは人を殺すということは、急所をいかに素早く確実に貫くかという事だと思っていたのだが。
「(なるほど、これは暗殺ではなく戦い。戦い方は多種多様ということか。それなら)」
ルナティカがふと思いついたことを試そうとした瞬間、レクサスの攻撃がついに4番に何撃か命中した。一度相手に攻撃が当たると、獣の群れが群がるがごとくレクサスの攻撃は繰り出される。そのうちの一つが4番の仮面を斜めに斬り割いたのだが――
続く
次回投稿は、7/4(木)21:00です。