足らない人材、その89~戦略家34~
ラインの姿が再び消えると、ラインは正面から先ほどと全く同じように突撃した。さすがに今度は6番も反応したが、先ほどよりラインの上体が低く、6番が防ぐ前にラインの剣は6番の胴に届いていた。
またしても金属音が響き、先ほどと同じように6番が吹き飛ばされた。だが今度の6番は姿勢を崩さずそのまま吹き飛ばされる形で後退し、たたらを踏みながらも踏みとどまった。ラインはまたしても同じ構えを続ける。レイヤーはラインが何を狙っているのかまるでわからなかったが、6番の鎧を見てはっとした。
「まさか・・・」
三度ラインが放たれた矢のように突撃する。今度の突撃は先ほどまでよりもさらに速く、低い。レイヤーの目にすら、ラインが消えたようにしか映らぬほどの速度。6番も反応しようとしたが、突き出た腹と鎧が邪魔になった。ラインは6番に向けて剣を振るう。その目線は、先ほどまでの自分が傷つけた鎧の傷跡にあった。
「先ほどまでと、全く同じ場所を斬っている?」
レイヤーが驚いたのは、6番の鎧には傷跡が一つしかなかった。つまり、ラインは二度の攻撃で寸分たがわず同じ場所を狙ったという事。そして今も。その発想、技術にレイヤーは驚愕したのだ。そしてラインの剣が三度同じ場所を攻撃した時、6番の鎧はついに斬り割かれ血が噴き出した。
「ちっ、浅いか。腕が鈍ってるな」
ラインは膝を地に擦りながら振り返った。確かに6番の脇腹を剣は裂いたが、致命傷とはいかない程度の傷のつき方だった。そして6番は斬り割かれた脇腹を手で触り、血がべっとりと掌につくと、今まで無表情だった6番の表情が、鬼のように血管を浮き立たせた表情に切り替わった。
同時に鎧を一瞬で6番は外して脱ぎ捨てると、体が突如として空気の抜けた風船のように小さくなった。今度は子供のような小男になった6番を見て、レイヤーがわけもわからず剣を構えた。
「さっきと違う。こいつはなんだ?」
「こっちが本来なんだろうな。筋肉の操作で体格を変える部族ってのはいるらしいが、ここまで極端なのは初めて見たぜ」
ラインの言葉と同時に6番が地面を蹴った。身軽になった6番は先ほどのはさみのような武器の刃だけを握り、壁や天井を蹴りながら高速で移動してラインとレイヤーを攪乱した。
レイヤーはその速度についていけず辺りをくるくると見渡したが、ラインは冷静そのものであった。表情を変えず、視線を一定に定めたまま剣を正眼に構える。そして一言――
「おい」
「え?」
「ちっとどいてろ、邪魔になる」
ラインの後ろ蹴りでレイヤーが吹き飛んだ。壁に叩きつけられたレイヤーははっと気が付いた。壁を背にすれば、敵の来る方向を絞れると。だがラインはそのままじりじりと部屋の中央に移動し、むしろ6番を誘っているようにも見える。
「何やってんだ、そんなことしたら――」
レイヤーがラインに注意を呼びかけようとしたときに、6番の攻撃が始まった。壁を、天井を踏み台にしながら四方八方以上の角度から襲い掛かる6番を、ラインは見ることなく部屋の中央に居ながらその場で捌いていた。体の向きすら変えず、その場でただひたすら6番の猛攻をしのぎ続けるライン。レイヤーはラインの周囲に、円のような領域があるのを見た気がした。
「(一見敵の攻撃がラインを圧倒しているように見える。だけどあの円の中には刃先一つ入っていない。もしかして、ラインには余裕がまだあるっていうのか? なんだあの技術は)」
レイヤーが驚く中、ラインの動きが徐々に変わり始めた。今までは6番が動いてから剣を向けていたが、その内まるで剣に対して6番が吸い寄せられるように飛びついてくるように見えたのだ。そしてラインが後ろから来る6番の先手を取って剣を差し出した時、その剣の角度を少しだけずらしたのをレイヤーは見た。すると6番が着地に失敗してその速度が殺され、一瞬動きが止まったのだ。
6番が体勢を整え再び動き始めようとした時にはもう遅かった。その背後のラインが迫り、6番が振り向いた瞬間にその脇腹を、4度斬り割いていた。
6番は先ほどよりもはるかに多い血を噴き出しながらぐらりと後ろにのけぞった。だがその目が死んだかと思われた時、再びぎらりと光を取り戻す。ラインがそのことに気が付いた瞬間、6番が今度は巨大化し、ラインの頭をわしづかみにした。そのまま壁に叩きつけんと6番は血をまき散らせながら暴走する。
「はなし・・・やがれっ!」
だがラインが6番を斬りつけようとも、手先だけの剣ではいかにダンススレイブの力を借りようとも、大した効果はなかった。死を覚悟し敵を道連れにしようとしている者は、そう簡単には止まらない。
そうしてラインが壁に叩きつけられようとしたその直前、6番の手がぴたりととまった。レイヤーが飛び出し、6番の腕をつかんだのだった。
「放せ」
「・・・!」
「放せっ!」
レイヤーが自分でも記憶にないくらい思い切り力を込めると、6番の腕は肉が千切れる音と、骨が完全に砕ける嫌な音が聞こえた。6番はさすがに訓練されているため悲鳴一つ上げなかったが、苦悶の表情を浮かべて反対の手でレイヤーに殴りかかろうとしたのだ。
だがさしもの6番も焦っていたのか、その稚拙な攻撃はレイヤーにあっけなく掴まれ、勢い腕を反対に捻じられながら今度はレイヤーが6番を壁に叩きつけた。一度の攻撃で壁にひびが入り、二度目の腹への正拳で壁の一部が外に崩れ、最後のレイヤーの体当たりで二人は建物の外へと放り出された。
続く
次回投稿は、7/2(火)22:00です。