足らない人材、その88~戦略家33~
「(くそっ、なんて正確な攻撃だ。それにきっちりと型が存在している。決して出鱈目な戦い方じゃあない、こいつの戦い方は色んな流派を取り入れて、その上で訓練している。下地のある戦い方だ。そう、まるで騎士のようだ)」
そう、レイヤーが攻めきれない理由は、6番の図体に見合わぬ正確で基本通りの攻撃。ただの基本通りの攻撃ならばしのげるし、レイヤーにとってそもそも障害にならない。6番の攻撃は武器の特性も相まって変わっていたが、同時に基本にのっとりつつもその攻撃が非常に高い次元で完成されていた。レイヤーが感じた通り、熟練の騎士のような戦い方だったのである。
だがレイヤーも只者ではない。6番の攻撃を紙一重でかいくぐり、鉄球が頬をかすめながらも、その分厚い胴体に一撃を喰らわせた。だがレイヤーの手ごたえは肉を裂く柔らかな感触ではなく、明らかに金属にぶつかった、ガキンという硬い手ごたえが彼の手に伝わってきたのだ。
レイヤーの剣が敵の衣服を斬り割くと、その下からは濁った水のような色の鎧が出てきた。その鎧は6番の体をすっぽりと覆うわけではないが、急所は的確に隠していた。レイヤーが嫌な予感がして手元を見ると、剣は刃こぼれしている。レイヤーは剣の手入れや確認をぬかったことはない。先ほどまでは人を切ろうとも刃こぼれはしていなかったはずだった。それが、6番相手にたった一度の攻撃で刃こぼれしてしまったのだ。
「(あれは普通の鎧じゃない。なんて硬い)」
レイヤーは知らないが、6番が纏う鎧は大陸のはるか西方で取れる特殊な金属を加工して作られた鎧であった。鎧は頑丈だが、一般には出回ることはなく、当然軍に採用されることもなかった。ヘカトンケイル達が使う鎧とはまた違い、魔術にもある程度体勢を備えている金属である。
それほど優秀な鎧が世に出回らなかった理由は、金属の密度が高すぎて非常に重かったこと。鎧の重量は、成人男性一般の5倍にも及ぶと言われている。こんな鎧を着けたまま戦おうという発想が普通の人間にはなかった。6番の怪力あってこその戦い方である。
レイヤーは鎧の事を知らずとも、この敵の脅威を悟った。技量は互角、もしくは向こうが上。その中で敵の攻撃をかいくぐりながら、的確に戦うのは不可能に近いと。まして欠けた剣が武器では、勝つことはかなり厳しいと判断したのだ。さしものレイヤーも悩んだが、ルナティカがこちらの援軍に来るとは限らない。ここは一人でなんとかするしかないのだ。
「さて、どうしたものかな。勝つ方法を考えないといけないけど」
「一人じゃなくて、二人ならどうだ?」
レイヤーがはっとして階段を振り返ると、そこにはラインが立っていた。戦いに集中するあまり気がつかなかったが、確かにラインがそこには立っていたのだ。ラインは考えることがありここに赴いたのだが、レイヤーにとっては予想外の出来事であると同時に、非常にまずいと思った。まだ誰にもこの力を知られるわけにはいかないと思っていたのだが、その時6番がレイヤーの隙をついて猛然と仕掛けてきた。鉄球を投げ捨て、両手に仕込まれた鋏のような刃物で攻撃を仕掛けてきたのだ。
レイヤーが咄嗟に防いだが、至近距離での武器の押し合いのような格好になる。そのまま互角の押し合いになった時、レイヤーは自分の剣にひびが入るのを見た。
「(まずい! 限界だ)」
剣が負荷に耐え兼ね折れようとしたその時、ラインが6番を蹴り飛ばした。6番はその攻撃を利用して吹き飛びながらも一旦距離を取り、新しい敵であるラインにじっと注目する。
ラインは剣を腰の剣を抜いてレイヤーに渡し、自分は背中のダンススレイブを抜き放つ。
「よう、無事か?」
「まあね。それより――」
「わかってる、余計な事は言わねえよ。こう見えて口は堅い方だ」
「口先だけで信用するほどお人好しじゃない。誓約のようなものが欲しいね」
「厳しい奴だな。じゃあ俺の秘密も見せてやるよ。まだアルフィリース達の前では見せたことがないはずだから、これであいこってことにしな。見てろ?」
ラインがダンススレイブを構えると、ラインから急に大量の血の匂いが発せられたようだとレイヤーは感じた。レイヤーは今までラインのことをあまりよく知らなかったのだが、普段のお調子者の雰囲気はどこにもなかった。レイヤーにとってラインは所属する傭兵団の副団長だが、直接の接点はなく、よく笑うお調子者で、だが実務能力も高く剣の腕もそこそこ以上の、皆に慕われる人物という以上の印象はなかった。だが今のラインは、誰よりも戦士臭く、そして自分とは比べ物にならないくらい修羅場をくぐった、肝の据わった男だとレイヤーは理解した。
「その剣、何?」
「ちょいとした逸品さ。見れるのなら、俺の戦い方を見ておけ」
ラインがそう言った瞬間、ラインが6番の胴体に剣を喰らわせた形になった。あまりに速い攻撃に、6番だけでなくレイヤーまでもが目を見張った。そして非常に強い衝撃に、6番の体がくの形に折れながら後ろに吹き飛んだ。
だが6番も転がりながらもすぐに立ち上がり、途中で鉄球を拾って構えて見せた。ラインはその様子を見て、頭をばりばりとかきむしる。
「硬ぇな・・・この剣でも一撃じゃ無理か。おいダンサー、気合入れてんのか?」
「気合の問題ではないさ。振るう者の技量の問題だ」
「剣が喋った? いや、ダンサーなのか」
ダンサーが話したことにレイヤーが反応した。ダンススレイブを魔剣と知らぬレイヤーの驚きもひとしおだったが、それ以上に内心で驚いたのはダンススレイブだった。
「(あの子、私の声が聞こえるのか。剣の時はほとんど主としか話さないし、今もラインにしか聞こえないように話したつもりだが・・・あの少年、私を振るう資格があるのかもな)」
そんなダンサーの考えも知らず、ラインは再び剣を構える。
「ダンサー、お前の剣の硬度ってのはどのくらいなんだ?」
「だから言ったろう、私の剣としての硬度は振るう者次第さ。お前がその気なら、私は金剛石すら斬って見せる」
「なるほどな、それだけわかりゃ十分だ」
ラインが引き締まった表情で構えた。レイヤーはラインがどうするつもりなのか全く想像がつかなかったが、ラインの答えは至って単純だった。
続く
次回投稿は、6/30(日)22:00です。