足らない人材、その86~戦略家31~
だがコーウェンの予感は当たっていた。アマリナの駆る飛竜の上空で、確かにマックスは異能を使用していたのだ。
「・・・ありゃあ駄目だな」
「お前でも打開策が見当たらないか」
「無理ってわけじゃねぇ。俺の取り巻きを何人か犠牲にすればどうにかなるさ。だが俺としてはそいつはごめんだ。そんなことをするくらいなら俺は手を引く」
「もっともだな。だがどうする? あれが空を本格的に飛び始めたらとんでもないことになる。空を飛びながら魔物をばらまき、酸を垂れ流す。今まで出現した魔王の中で、間違いなく最大規模の災害になるだろう」
「んなことはわかってる! 俺が誰よりも、わかってるさ・・・」
マックスの異能、それは『完全なる先読み』。マックスの眼帯をしている方の目は体の内部を見ることができる魔眼。その内訳は、たとえば体温、血流、筋肉の動き。そこから敵の動きを予測し、対峙する時に有利に運ぶ。ただの商人の息子であったマックスが、特別な才能もなくブックホークで一つの隊を任されるほどの力を手に入れた理由の一つ。同時に、彼が商人としても成功し、かつ経験からくる予測も合わせて先読みを可能とした理由。そしてマックスが自分の意のままに動く部下4人を伴うことで、ルイとレクサスすら上回る戦闘力を持つと言わしめた理由である。
だがそのマックスの能力も万能ではない。見たことのない生き物にも応用できるが、精度は下がる。そして『読み』はどこまでいっても所詮読みである。100%の確率で成功するわけではないし、何分先を先読みするわけでもない。時間が経つほど精度は下がるし、戦況に至ってはかなり優れた軍師程度の読みだろう。ただマックスの慎重な性格が相まって、限りなく『完全』と思われているだけだ。明らかに彼の手に余る重大な事態では彼の能力も役に立たない。そう、今のような事態では。
マックスは悩んでいた。ルイ、フォスティナを含めた自分達だけではなんともしがたい事態。敵が地上にいるならば追い込める。だがアマリナが落とした羽も直に再生するし、空に飛ばれれば圧倒的に戦力が足りない。そのほかの人間を見ても、当てになりそうな者は見当たりがたかった。
だがマックス自身も忘れていた。彼の属するブラックホークにはあまり魔術を得意とする者がいない。そのため、彼の能力は魔力を読むことには長けていない事に。
そして手詰まりなのを全員が徐々に感じ始めると、諦めのような空気が流れ始める。その空気にミュスカデはやる気をなくし、コーウェンは下を向いたまま何かを考えているのか待っているのかといった仕草だった。全員が攻め手にあぐむ中、リサとラーナが突如として身近に発生した殺気に気が付く。その出所は、経ったままなんの動きも見せていないアルフィリースだった。
リサはその殺気に覚えがある。ライフレスとの戦いの後、沼地でアルフィリースが見せた殺気そのものだった。あの時の恐怖を思い出し、リサの身が思わず固まる。だがラーナがおそるおそる見上げたアルフィリースの表情は、大切なものが何か抜けてしまったように虚ろであったのだ。
***
「あれ、ここは・・・?」
アルフィリースは突如として何もない空虚な空間にいた。辺りを見回せば、仲間も敵も存在しない。それどころか砦の建物も、崩れた瓦礫も、戦いの喧騒すら存在していなかった。ただ、灰色の地面が広がるだけ。その地面も土か砂なのかすらわからない踏みごたえだった。
一つ言えるのは、ここは非常に曖昧な世界。踏みしめるほどに揺らぎ、認識しようとするほどに蜃気楼のように霞む、幻のような世界だった。その中にアルフィリースはたった一人立っていた。いや、本当は立っているのかどうかも怪しいのかもしれない。
「皆は・・・? さっきの化け物は? いつの間にここに」
だが不思議とアルフィリースに不安はなかった。むしろここは安堵すらする。まるで生まれた時から知っているような、いわば故郷のような。もし故郷だとすれば、随分と寂しい故郷もあったものだとアルフィリースは思った。
「さて、誰が私をここに呼んだのかしら」
「半分は私。あとの半分は自分で来たのよ、ここにね」
アルフィリースは聞きなれた声に身構えた。この声の主をアルフィリースは知っている。いつか自分に話しかけてきた、暴走する一端となったその声の主。アルフィリースは声の主の正体について自分なりに考察してみたが、ついぞその結論はおぼろげな形すら取らなかった。アルフィリースには、本当に思い当たる節がなかったのだ。
だが不思議と前ほどの邪悪な印象はなかった。あるいはアルフィリースが声の主を恐れる気持ちが薄れたのかもしれない。なぜなら、アルフィリースはラーナに調節を受けながらも、時に夢で、時に疲れた時に彼女の声を聞くことがあったからだ。
呪印は正常に作動しているが、以前ほど封印の効力が強くないのをアルフィリースは知っていた。それは自分が使用する魔術の威力が上がったことでも感じ取ったし、声の主が頻繁にアルフィリースに話しかけるようになったからだった。だが呪印の効力がまだ強いのか、滅多な事ではこちらに顔を出さないが。たとえば、今のように極度に疲れている時を除いては。
それでも今回のように完全にどこかに引っ張り込まれたのはアルフィリースにとっても初めての事である。アルフィリースは意を決して声のした背後に振り返った。
続く
次回投稿は、6/26(水)22:00です。