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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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足らない人材、その83~戦略家28~

***


 レイヤーが立てこもっていた部屋の周囲では、奇妙な緊張感が漂っていた。人の姿はない。だが周囲には同時に虫一匹すら見当たらない。生き物の気配のない異様な空間がそこには展開されていた。充満する殺気がそうさせるのか。

 ふと、その場所でレイヤーのたてこもっていた部屋の扉が開く。そこからはただのテーブルがごろごろと転がり出てきた。大きさは、丁度少年一人が隠れて余りある大きさ。ゆっくりと進む丸テーブルに殺気が集まるのがわかった。

 と、突然そこかしこから飛んできた刃物が丸テーブルを串刺しにした。刃物のいくつかはテーブルに遮られたが、槍のような突起物は簡単にテーブルを貫き、その背後まで深々と刺さっていた。4本目の槍が突き刺さると、ただのテーブルはたまらず割れた。そしてその背後が明らかになるが、そこには誰もいなかったのである。

 誰かの息を飲む音が聞こえた気がした。その場にいた誰もが、テーブルの後ろに人が隠れているだろうと思っていたのだ。自分達はこのバルコニーの一画を完全に包囲している。先ほど手も足も出なかったことを考えても、テーブルの後ろに隠れながら撤退するだろうと、勝手に思い込んでいた。この場を包囲していた者達は気が付いていなかった。自分達が獲物を包囲したつもりで、とんだ猛獣と共に同じ檻に入ってしまったのだということに。

 男達の気が一瞬逸れるだけで十分だった。その隙は毛の先ほどであったのかもしれない。だがレイヤーにはその一瞬で全てが足りた。レイヤーは音もなく部屋を飛び出て、柱の陰に隠れている敵達に肉薄した。男達が武器を抜く暇もなく3人を斬り伏せ、武器を抜いた2人の首を一瞬で刎ねた。だがそれでも、次から次へと敵が湧いて出てくる。どの敵も気配はしないから、そこまで多数の敵が隠れているとは思わなかった。レイヤーにとってこれは誤算である。


「(正面からやりあうのはさすがにまずいか・・・さて)」


 レイヤーが一瞬判断に迷った時、二階であるはずの建物の壁を突き破って、何者かが突如として侵入してきた。同時に、数人の首に突き立てられるダガー。侵入者は背中から組みついた敵の肩関節を一瞬で外し、レイヤーに突き飛ばす。レイヤーは冷静にその敵の頭を剣で突き刺し、敵が死後のけいれんをするのを見ると、なんの感慨もなくその敵を放り捨てた。


「いいところに来てくれたね、ルナティカ」

「そうか。残りも片付ける」


 ルナティカは敵の位置を見て取ると、向かって右側の敵に向けて駆けだした。完全に左側の敵には背中を晒すこととなったが、そこはレイヤーが後ろを守った。レイヤーがそう判断すると、ルナティカは信じて行動に出たのだ。

 レイヤーもまた躊躇わず戦いに参加する。敵は相当の手練れ。レイヤーとて、一人で全員片付けろと言われればどうなるかわからない。ルナティカが侵入したこの隙に、一息に片付けるのが最も簡単そうであった。

 そしてレイヤーがさらに7人を倒した時、敵の襲撃はやんだ。さらに数がいてもおかしくはなかったが、一度敵の攻勢は完全に止まったのだ。レイヤーが背後を振り返ると、ルナティカが葬った敵の数は10人を超えていた。


「やっぱりルナティカには適わないね」

「そうでもない。私はこいつらのやり方を知ってる」

「知り合い?」

「同じような立場のやつら。私はこいつらの組織で働いていた」


 ルナティカの言葉でレイヤーが少し納得した。ルナティカの同僚なら、なるほど手練れなのも頷けた。全員敵は暗殺者なのだ。気配がなくて手当たり前である。


「なんでこんなところに?」

「おそらく、雇われたとは考えにくい。組織の上位からの直接命令。そうでなければこれほどの人数が動かない」

「組織? 何の組織だい?」

「それ以上知らない方がいい。知ったら戻れなくなる。こいつらの標的にされる」


 ルナティカの忠告に、レイヤーは首を振った。


「もう標的にされたさ。こうなったらやるかやられるか、そうだろ?」

「・・・私も詳しくは知らない。だが、暗殺者には常にふさわしい場が必要。今から思えば、我々は世の中を混沌とさせるように動いていた。自分で自分達が働く戦場を作るために」

「戦争を引き起こす暗殺集団か、厄介だね。そんな連中はギルドが――」


 レイヤーの言葉は突如レイヤーとルナティカの間に走った暴風によって遮られた。暴風の正体は、巨大な鉄球。レイヤーの頭の倍はあろうかという鉄球を軽々しく扱うのは、妙に筋肉質な、切り株のようにずんぐりとした男だった。


「強そうには見えないけど」

「強い、おそらくは組織の上位。6番と呼ばれていた」

「ルナティカは何番なの?」

「私に番号はなかった。だが離反した7番を始末したことはある。相当てこずったけど」

「ふうん、じゃあ油断しないようにしないとね」


 そういってレイヤーが剣を構えた時、とことなく高揚しているのではないかとルナティカは感じた。一歩前に出たレイヤーを見て、ルナティカは意外な行動に出る。


「ここは任せる。私は上に行く」

「え?」

「仕事。ここの指揮官とやらを捕まえないと。戻ってくるまで生きていろ」


 そう言ってルナティカは先ほど飛び込んできた穴から外に出て行った。レイヤーは一瞬あっけにとられ、その隙をついて飛んできた鉄球を、なんと素手で受け止めていた。


「まあ待ちなよ、ちゃんと相手はするからさ。僕も一人の方が都合がいいんだけどね」


 レイヤーは今度こそ、6番の方を見てニヤリとしたのである。



続く

次回投稿は、6/21(金)9:00です。

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