足らない人材、その82~戦略家27~
「せえええぇええぃあああ!」
彼女はただ、気合一閃ドルンの右足を斬り倒した。そして振りぬくと体をくるりと回転させ、遠心力をつけてもう一方の足の腱を切りつけた。噴き出す酸が剣を腐食する暇もないほど、鮮やかで卂い一撃。たまらずドルンが巨大な叫び声と共に、建物にもたれかかるように倒れ込んだ。
「こ、小娘・・・よく、も?」
ドルンが悪態をつくよりも、フォスティナの動きは早かった。ドルンは目の前に突き出された剣がある事に初めて気が付くと、その剣が大きくなると左目の奥に突如として熱い痛みが発生したことを知る。
「ぐわあああ?」
「聞きたいことがある」
ドルンが残った右目で前を見ると、自分の眼前に剣を突き付けるフォスティナが立っていた。フォスティナは決して大きな体ではないが、その威圧感は巨人と化したドルンを持ってさえも、自分よりも大きいと錯覚するほどの殺気であった。
「貴様をこの姿にしたのは誰だ?」
「な、何を言う。私は――」
「くだらん言い訳を聞くつもりはない、三秒で答えろ。貴様をこの姿にした物体は、一体どこで手に入る?」
フォスティナの問いかけにドルンはぎょっとした。フォスティナは自分達が何をしているかに気が付いている。大陸最強の勇者の一人がこの事実に気が付いている。自分か、あるいは他の誰かがヘマをしたのか。どちらにせよ猶予無き展開であることはわかっていた。
だがドルンは考えた。不要だと言われ、この姿にされた自分。力を得たが、どうやらこの女勇者相手には通用しないらしい。元々商人である自分は戦い方など心得ていないのだから当然かと考え、もはや組織に対する義理もないのではと考えた。
そうだ、今さら義理立てする必要がどこにある。せめてこの女が組織を壊滅させるなら、それも楽しみではないか――とドルンは考えた。
「わ、わかった。話す」
「そうするといい。せめて情けある介錯にしてやるから」
フォスティナの言葉に嘘はないと、ドルンでさえ信じることができた。全傭兵の中で、最も誠実かつ清廉な戦い方をするとして知られた女傭兵。評判に嘘偽りはないと、ドルンは理解した。
「私も誰が薬を作ったかは知らん。だが、使う者は知っている」
「それでいい、話せ」
「それは――」
ドルンはそこから先を放そうとして、突如声の出なくなった自分に気が付いた。舌は痺れ顎に力が入らず、音を発することが出来ない。あうあうと白痴をきたした老人のように、ドルンは口動かした。フォスティナが首をかしげてドルンを見る。
「? どうした」
「お・・・あ・・・(口が、動かない!?)」
ドルンはその時、頭の中で鳴り響く声を聞いた。遠くで鳴る鐘のようにかすかに、だが確かに聞こえるその声はやがて明確に音を成した。
「(・・・ですよ)」
「(何? なんだと?)」
「(駄目ですよ、余計な事を話しては)」
ドルンの目の前には、邪霊を模した仮面をつけた男が立っていた。先ほどまでの光景は既にない。ドルンはわけがわからず狼狽したが、男はそんなドルンをあやすように続けた。
「(我々の事、特に私の事は誰にも話してはいけません。影は影。深まれば深まるほど、世の中の光は強く輝く。私はそれが見たい、もっと強い光が見たい、もっと濃い影が見たい。
だから私達は戦争を起こす。この流れは止められない、止まらない。黒の魔術士にも、アルネリアにも、魔術教会にも討魔協会にも止められない)」
「(何を言って――)」
「(だからドルン、あなたは何もしゃべれない。いえ、我々は何も話すことが出来ない。そういう風にしていますから。私は貴方達の忠誠を信じていますよ? でもね、こうして私が出てきたということは、悲しいかな。我々を裏切ろうとしているという証にほかならないのです。
ですから今から貴方は完全に自我を失います、そして戦う人形となるのです。その代わり、貴方には最後に私の顔を見せて差し上げましょう)」
そういって男――ウィスパーと思われる声の主が邪霊の仮面を外すと、そこには――
「ひぎゃああああ!」
「なんだ?」
フォスティナは目の前のドルンが一瞬静止したかと思うと、凄まじく無様で、恐ろしいものを見たかのような声を上げたので驚いて一歩後ずさった。するとドルンの拳が自分の方にめがけて飛んできたのに気が付き、フォスティナはくるりと体を後方に一回転させてその場を降りたのだ。
地に降りたフォスティナが見たのは、自ら頭を叩きつぶしたドルンの姿であった。
「・・・またか、いつもこうだ! いつもいつもこいつらは自分で死んでしまう。どうなっている!?」
フォスティナが激昂する中、頭を潰されたドルンがむくりと起き上る。そして肩口に目が、腹に口が、それぞれ新たに出現した。
「切り替わった?」
「厄介ですよ、これは。同時に心臓の位置も増えました。もはやそう簡単には死んでくれないでしょう」
リサがぽつりと漏らし、ドルンは酸の体液をまきちらしながらゆっくりと起き上ってきた。そして四つん這いの姿勢になると、背中がめきめきと隆起し、背中に虫のような羽をはやしたのである。ぬらりと光る新たな羽に反射して、アルフィリースの目に太陽の光が入る。
「まさか、あの巨体で飛ぶの?」
「いかんな、そうなればワタシの剣もフォスティナの剣も届かなくなる。その前に決着をつけねばならんか・・・いや、援軍が来た」
「誰?」
ルイが指さしアルフィリースが見たのは砦の上空。一騎の飛竜だった。
続く
次回投稿は、6/19(水)9:00です。