足らない人材、その81~戦略家26~
「申し遅れました~、私はコーウェン。こっちの派手な女性は魔女のミュスカデ。今は通りがかりの傭兵のようなものをしております~」
「通りすがり? よくもまぁぬけぬけと嘘を言えたものです。この砦に貴方のような強力な魔術士がいたら、とっくにこちらの有利に戦況は進んでいたでしょう。それともなんですか、貴方達は私達が昨日戦いに行った後にこの砦に来て、その場で雇われたとでも言うつもりですか?」
「そのとおりですけど、何か~?」
コーウェンと名乗る女性の間の抜けた口調と、図々しいまでの態度にリサでさえ口ごもった。アルフィリースは仲間の様子をちらりと見ると、ラインだけが気まずそうにしているのを見て取る。
そしてアルフィリースはためらいなく問いかけた。
「それで、貴女を雇えばいいのかしら? これ見よがしに大将を残してあるようだけど」
「話が早くて助かります~。私達が有能であると思いましたら、私達を雇ってくださいませ~。もし私達が邪魔だとお思いになったら、この場で私達は失礼します~」
「そうね・・・いいわ、雇いましょう」
「おい、アルフィリー・・・」
ラインが口を出そうとするのを、アルフィリースは手で制した。
「雇うからにはそちらの条件を聞きましょう」
「そうですねぇ~、まずは幹部と同じ待遇で雇ってほしいです~。報酬は通常の幹部に対し、1.5倍ほど色をつけていただければ」
「そう。他には?」
「宿舎は私専用のものが欲しいです~。何かと私は物入りなので、通常の部屋だと皆さんが迷惑でしょうから~。それにこのミュスカデも魔女である以上、工房も必要でしょうね~」
「なるほど、いいでしょう。他には?」
「じゃあ~」
「おい、調子に乗るなよ?」
ラインが珍しく剣をコーウェンに向かって突きつけた。とたん、ミュスカデがラインに向けて炎を構える。一瞬緊張している状況だが、アルフィリースとコーウェンは冷静だった。
「やめなさい、ライン」
「そうですよ~。それに私が役に立つことを、副長さんが一番知っているのでは?」
「ちっ」
「どういうこと?」
「後で話す。それより、あのデカ物がお待ちかねだぜ?」
見ると、ドルンは待ちかねたように建物の一部を持ち上げて構えていた。慌てふためく傭兵や兵士達をよそに、コーウェンは冷静であった。
「ご心配なく~。こんなこともあろうかと、もう一人心強い仲間を連れてきています~。出番ですよぉ、フォスティナさぁん~」
「間の抜けた声で私を呼ぶなぁー!」
コーウェンの声に反応するように現れたのは、まさに風をまといし女だった。アルフィリースが声のした方に振り返るとほぼ同時に横を駆け抜けた一陣の風。その正体はアルフィリースと同じ黒髪で短髪の女性だったと、アルフィリースはかろうじて見ることができた。
そしてアルフィリースが再び振り返ると、彼女達に襲い掛かろうとしていた歩く魚のような魔物達が一斉に切り刻まれて倒れるところだった。倒れた魔物達の数は30は下るまい。まさに疾風迅雷といった言葉が似合う早業である。
女は急停止すると、くるりとコーウェンの方を振り返って告げた。
「コーウェン、私はあの一際大きいのを倒せばいいのか?」
「はい~、思い切り派手にお願いします~」
「これで貸しは一つ返したからな! 忘れるなよ!?」
「はい~、もちろんです~。これで貸しは残り4つですね~? 忘れてませんとも~!」
「く、くうっ!」
フォスティナと呼ばれた女は悲しさと悔しさがない混ぜになった顔のまま、ドルンに向けて突撃した。戦いの時に叫んだ咆哮は、気合と言うよりは悔しいからではないだろうかと、リサは感じ取ってしまった。
同時に、リサはフォスティナという名前に思い当たる節がある。
「ん?・・・フォスティナとはどこかで聞いたような」
「現在ギルドで認定されている4人の勇者の一人だ。ギルドが抱える最高戦力と言ってもいい。ちなみにヴァルサスも勇者認定されてはいるが、本人が頑なに辞退しているため称号はない」
「強いってことよね?」
「あの女の実力は、およそヴァルサスと五分だろう」
「あの化け物と!?」
ルイの言葉に誰もが驚きを隠せなかった。
「以前ヴァルサスがひょんなことからやりあったが、一刻ほど戦って決着がつかなかったと言っていた。ちなみに私やレクサスはヴァルサス相手に四分の一刻ももったことはない。あの女も正真正銘の化け物だ」
ルイの言葉に改めてフォスティナを見ると、彼女は自分に群がる化け物相手を当たるを幸いとばかりに切り殺していた。化け物達は一撃で絶命させられるように、ほとんどが真っ二つにされていた。その戦いざまを見てドルンもフォスティナを脅威だと思ったのか、手に持っていた建物の一部をフォスティナ目がけて投げつける。
だが迫る巨壁がごとき岩の塊を、フォスティナは気合と共に叩き割ったのであった。さすがにこの行為にはアルフィリース達もあんぐりと開いた口がふさがらなかった。
「え、えええ?」
「そんなんアリかよ、なんだあの力」
「大有りだ。そして一言でいえばあの力は『気合』だ」
ルイに似つかわしくない言葉に、ロゼッタがうろんげな目をする。
「気合だ~? そんなんで強くなれたら苦労しねえぞ?」
「だがそうとしか説明がつかん。魔術の要素は見当たらんし、強いて言えば獣人が使う闘気とかいうのもに似ているな。人間でも多少なりとも使える者がいるとは言いたことがあるが、あんなに強力なのは見たことがない。獣人の戦士、いや獣将なみの闘気だ」
「あんな人間がいるなんてね・・・」
アルフィリースは改めて世界は広いと思うのであった。自分はまだギルドに申請していないが、大草原を抜けた自分ならランクBどころかAでもいいのでないかという自負をこっそりと持っていた。だがあのフォスティナを見ると、自分の功績は霞む気がするのだ。
「(まだまだ頂点って遠いのね。私には無理かな)」
「アルフィリース、ここはあの女戦士に任せる。俺は探りたいことがあるから、10人ほど借りて少しこの場を離れるぞ」
ラインが言うが早いか、その場を離れて行った。その後ろ姿をコーウェンはじっと見送り、アルフィリースは呆気にとられて見送った。
「ちょっと! どこに行くの?」
「放っておきましょう、あの男は単独行動でもしっかり成果を残す男です。それよりも目の前に集中ですよ、アルフィ。まだ巨人は健在です」
リサの言葉に改めてアルフィリースは敵を見た。三階建ての建物よりもはるかに大きな敵相手に、普通の体格の女戦士フォスティナがどう戦うのか見当もつかなかった。なにせ、ドルンの足は大人が10人がかりでも周りを囲めなさそうなくらい太い足をしているのだ。
全員が固唾を飲んで見守る中、フォスティナの行動は実に単純だった。
続く
次回投稿は、6/17(月)9:00です。連日投稿になります。