足らない人材、その80~戦略家25~
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「ぎゃあああ!」
「なんだこいつら。殺しても殺しても――」
「再生するわ!」
アルフィリース達は苦戦していた。いや、一方的に追い詰められていると言った方がぴたりとくる状況であった。突如として復活した巨人達の、ど真ん中に放り込まれたのである。驚いて建物の中に隠れても、彼らが相手ではいかなる防御行動が無意味であった。
それでもアルフィリースが鍛えた傭兵達はそう簡単にやられはしない。被害はサラモ砦の守備兵達が中心であり、傭兵達はうまく躱しながら身を守ることに集中していた。だが多少の犠牲が出ていることは隠し様のない事実であった。
「アルフィリース、まずいぞ!」
「言われなくてもわかってる、喰らえ!」
ラインに珍しく危機感の高い言葉に応えるようにアルフィリースが≪雷塊砲≫を唱え、巨大な雷を巨人に向けて放つ。雷の塊は正面の巨人の腹を粉砕し、後ろにいた巨人の頭を吹き飛ばしたが、巨人は瞬く間に再生を始めていた。腹は裂けて口となり、頭は人のような姿から、完全に人でないものへ。巨大な口が開いたような頭は、長い舌を出して潰した兵士の捕食を始めていた。
その姿を見て城兵達は四散を始めた。そしてアルフィリースの傭兵達も、まだなんとか現場に踏みとどまってはいるものの、全員が助けをアルフィリースに求める表情をしていた。アルフィリース自身とて、本当はこの場所から逃げ出したい。そのくらい疲労と、そして巨人という強敵の出現に戸惑っていた。巨人はアルフィリースの一撃にひるまないのだ。
「効いてないの?」
「いえ、効いていますが一度殺すたびに別の生き物にすげ変わっているようです。あの大きなでくの坊たちは、あらかじめいくつもの生命体と融合しているのですよ。だから一体一体の耐久力はそれほどでなくとも、倒しても倒しても復活するのです」
「なんて厄介な」
リサの説明を聞いて、ラーナが唸った。ラーナが放つ魔術にも、そのいくつかには確かに手ごたえはある。だが倒しても倒しても生き返るのでは、どうしてよいのかわからない。殺しつくしてしまえばいいこともわかるが、あと何度殺せば死んでくれるのかわからないのでは、戦意が挫けそうだった。
そうこうするうちに、最も大きな巨人ドルンから数体の魔物が放たれた。四足歩行する魚の出来そこないのような魔物はドルンの肩に開いた穴から放たれており、地上に降り立つと明らかに人間に敵意を持って襲い始めた。
一つ一つは大きくないが、針のような口が鎧の隙間から差し込まれると、指された部分が急速に赤く腫れ上がっていく。
「毒持ちだぞ!」
「うわぁ!」
対して強くはない魔物であったが、逃げ惑う兵士達に追い打ちをかけるには十分な特性を備えていた。案の定、兵士達は魚のような魔物達に追い回されて混乱に陥っていく。
そしてアルフィリース達の被害も、見る間に増え始めている。アルフィリースは決断を迫られていた。
「アルフィ、敵はまだまだ増え続けています。ここは――」
「・・・でも」
「こいつらは相打ちになるような価値のある敵ですか? 違うでしょう?」
リサの言葉は尤もであった。だがアルフィリースもそう簡単に納得できはしない。そうこうする間に、また近くで一つ命が失われていく。
「・・・やむをえないのね?」
「その通りです。生きていれば、再起もできるでしょう。呪印をさらに解放することは、アルフィリースにとっても相当の負担を強いるはずです。だからやらないのでは?」
「・・・そうね」
リサの想像は当たっていた。アルフィリースはかなり呪印を制御できるようになったとはいえ、二つ目の呪印を使うことはためらいがあった。まさにこれは博打に等しい行為。それをいちかばちか、しかも仲間のいるところで使う訳にはいかなかった。前回のような暴走がまた起これば、団の再起どころではない。アルフィリースは人間の世界では日の目を見なくなるだろう。
またそれ以上に、呪印がアルフィリースに負担をかけないわけではないのだ。ラーナが日々調整をしてくれるとはいえ、呪印を既に一度解放している。以前ほどではないとはいえ、その反動は確実にアルフィリースを蝕んでいた。
アルフィリースが歯ぎしりしながら撤退の命令を下そうとした、まさにその時である。
「案ずるには及びません~」
「誰?」
場にそぐわぬ間の抜けた声がアルフィリースの背後から突如聞こえたかと思うと、アルフィリースの頭に突如として魔女の帽子がかぶせられる。アルフィリースはサイズの大きなその帽子に、視界を一瞬遮られた。
帽子を慌てて取ったアルフィリースが見たのは、目の前で紅蓮に変化する、燃えるような髪の女性。手には既に燃え盛る火炎が渦巻いていた。女性は楽しそうに笑いながら、力強い声でアルフィリースに語りかけた。
「まあ見てな」
≪炎竜演舞≫
一帯を強く照らす光が突如アルフィリースの背後から出現したかと思うと、巨大ないくつもの炎の竜が巨人達に襲い掛かっていた。アルフィリースが使う≪炎獣の狂想曲≫よりも上位であろうその魔術は、巨人達を食料のごとく炎の竜が食い漁るという恐ろしい光景をアルフィリース達に見せた。
炎の竜は巨人達を押し倒し、あるいは首に噛みつき引きずり倒し、その皮膚を、臓器を焼き尽くしても止まるところを知らなかった。巨人達はその中に内包された命を消費して何度でも立ち上がろうとしたが、そのたびにしつこく炎の竜に引きずり倒された。そしてついに巨人の一体が再生を止めると、炎の竜は一体、また一体とその姿を消していった。その頃、既に巨人達は立ち上がることを止めていた。
炎と暴風が収まると、紅蓮の髪をした女性は長い髪を押さえて、地べたに伏した巨人達を見下しながらつぶやいた。
「ざっとこんなもんか。この炎は特別性だ、耐性を作る暇もないだろうよ」
「誰、あなたたち」
アルフィリース問いかけに、小さな少女に見える女性がずりおちかけた眼鏡を直しながら答える。
続く
次回更新は、6/16(日)9:00です。