首脳会談、その1~情報交換~
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その頃、当のミリアザールはというと―――のんきにお茶をすすっていた。彼女がいるのは魔術教会の長であるテトラスティンの私室である。魔術書が山のように本棚に並び、また床に散乱してもいる。魔術教会の長らしく自身は豪奢な机に座っているが、ミリアザールにもなかなか質の良いソファーを当てがっていた。
「ふぅ~生き返るわい。さすがに魔術教会の長だけあっていいお茶を取り揃えておるの、テトラスティン」
「お褒めに与り光栄だよミリアザール。もっともこれを淹れてくれたのはそこにいるリシーだけどね」
「恐れ入ります」
ぺこりとお辞儀をするリシー。赤く長い髪を後ろで一つにくくっており、まだ可愛らしさを残している容貌だ。と、いっても年齢は17、18くらいだろうか? 目線は伏せがちで決して自己主張をしない。うちの失礼な女官どもに比べて、なんと女中の手本かと思うミリアザール。床に散乱する本を器用によけながら、なおかつ優雅な仕草をそこなわない。
だが・・・
「なぜにあんなピタピタの短いスカートで仕事をさせる? 確か最近流行っておる『スーツ』とか言うやつか? しかも教育母的銀縁鎖付き眼鏡を付加するとは」
「え、僕の趣味だけど?」
「お主・・・見事な変態になりよったな」
ミリアザールの物言いに、テトラスティンがくっくくと笑う。
「人の性癖について細かいことは言いっこなしだよ。今日はたまたまあの服装なだけで、日によってはちゃんと服を着せてる日もあるよ?」
「・・・ちょっと待て、『着せてる日もある』?」
「ああ、まあ日によって服装変えるから。メイドだったり、紐水着だったり、バニーだったり・・・」
「なんじゃそれは?」
「僕の趣味です!」
「なぜ自信満々で言いきりよるか!? なんでこんな変態が魔術教会の長かのぅ・・・」
目の前にいるのは魔術教会の長テトラスティンである。彼は既に40年以上もその地位に付いている。魔術教会は5年周期で会長選挙をやるため、既に8期連続ということになる。魔術教会の内部が多様な派閥で形成されている現在において、派閥を持たないテトラスティンがこれほど長期に会長でいるのは、その性質上非常に珍しいことだったが、そこには様々な思惑が絡んでいる。もちろん彼自身が相当に優秀なのは間違いないが、諸々の事情についてはまた語ることにしよう。
ただその長い任期に比べ、見た目はまるで少年のようなテトラスティン。背格好もミリアザール程度であるが、その年齢は不明である。一説には100歳をこえているといわれるが、彼が魔術教会に所属して少なくとも60年が経過していることしかわかっていない。ただ出自が不明であるのは魔術教会では珍しくも何ともないので、そんな彼でも長になることはできるのだが。むしろどこぞの貴族関係の出自だと教会の政治色が強くなり、逆に社会的に都合が悪い可能性が多々ある。
ともあれ誰もこの2人がそれぞれの教会の長などとは思うまい。端から見ればちょっといい育ちの子ども2人がお茶とお菓子を食べながら談笑している、くらいの光景である。その会話内容たるやとても子どもが話すものとはいえないが。
「で、そろそろ真面目な話をしようかミリアザール。僕の私室とはいえ、教会内では誰に見られるとも限らない。君も面が割れるとまずいだろう? 魔術教会でも君の正体を知っている者は片手に収まるくらいだからね」
「ならば外で会った方がよかったのではないか?」
「外だと義務上、必ずどこかの派閥の護衛をつけないといけなくてね。君と違ってラザールみたいな専属の護衛など私にはいないからさ。護衛なのに信頼できる者とは限らないんだよ。それにどこに使い魔や遠見の魔術があるともしれない。まだ僕の私室の方が結界も張れるし、安心できるってもんさ」
「お主も苦労するのう」
「それはお互い様さ。で、相談したいことって?」
優雅に紅茶をすすりながら悠然と構えるテトラスティン。少年のくせにその貫禄だけは十分だ。
ミリアザールもお茶をテーブルに置き、話を切り出す。
「まずは最近の魔王の異常な発生頻度について。何かつかんでおるかの?」
「そういうときにはまず自分の手札から披露したらどうかな?」
「ふん、まあよいわ。確かにいらぬ駆け引きをしとる場合でもないしの。先程うちのラザールに魔王を討伐させたところ、見たこともない種類の魔王じゃった。なんでも鉱石・悪霊・人間が混じったような生物じゃったと聞いておる。ワシも1000年生きておってそのような種類の魔物を見たことがない。となると考えられるのは・・・」
「南方の大陸出身とか」
「その可能性もある。ワシとて南方の大陸にはほとんど分け入ったことが無いし、未発見のあのような生物がいてもおかしくはない。だが疑問点が2つ。まずはなぜ中原に突然出現したのかということ。そして西側でその魔王に似て、完全に非なる生物が確認された」
「前者の疑問は酔狂な誰かさんが転送魔術で送り込んだとも考えられるね。だが後者はどういうことだい?」
「胴大部分は同様じゃったと聞いておる。だが足は馬やらなんやら多様じゃったそうじゃ。そう、まるで色々な生物をかけ合わせた様じゃった、と」
「合成生物ってやつか・・・」
「それについて何か知っていることはないか? これは魔術の分野じゃろう」
「ふむ」
テトラスティンもまたカチャリとティーカップをテーブルに置き、手を膝の上に組み直す。
「僕が直接知っているわけではなく記録上の話だが、確かに昔そういったキメラの研究をしていた魔術士はいたらしい。だがあまりにも生命を冒涜するような研究であったため、魔術士は魔術教会によって征伐されており、死亡も確認されている。
可能性としては、誰かがその研究を引きついで魔王を作っているとでも疑っているのかい?」
「ワシはそうにらんでおる」
ミリアザールが身を乗り出す。
「そうであれば魔王が様々な場所に、多種多様な形で出没するのも頷ける。だがもしそうだとするとこの出現頻度から考えて・・・」
「既に大きな生産場所が存在するだろうね」
やれやれと言った感じでテトラスティンが指をこめかみに当て答える。
「全く・・・ただでさえ最近教会内の勢力争いが激化してるっていうのに。うちと袂を分かった連中も何やら怪しい動きを見せてるし・・・平和になったらすぐこれだ。全く業突張りの暇人どもめ」
「なにやらおぬしも大変そうじゃのう」
「君の教会が全くもって羨ましい。もっと命令系統を一本化しておくべきだったよ。背後権力のない僕が長になるために色々譲歩した結果、こういった体制になってしまった。全くもって失策と言わざるをえないな。だがあれ以上の圧政を強いていれば、逆に魔術教会は人材を失う結果になったろうし・・・」
「それは結果論じゃろう? ワシはお主が教会の長でよかったと思うておる」
「じゃあ僕と結婚してくれる?」
テトラスティンが真剣な眼差しをミリアザールに向ける。だがミリアザールは一向に動じない。
「なぜにそういう話になる・・・」
「いや、僕はいまだに待ってるんだけどね」
「50年前にきっぱり断ったはずじゃが?」
「やっぱり君ほどのイイ女を諦めきれないからね」
「ワシの事情を知っておってそう言うのか?」
「年上で魔物でバツイチってこと? 関係ないね。だいたい年上女房は金の草鞋をはいてでも探せっていうし」
「ワシがバツイチということまで知っておってその言葉か。まあ女としては嬉しい申し出ではある。だが今はそんな気分にはなれんな」
「昔の旦那に操を立ててるのかい?」
「それもある。確かにあれほど他人を愛することはもうあるまい。じゃが・・・」
ふとミランダのことを考える。ミランダに先に進めと言っておきながら、自分はどうなのかと思いをはせる。自分の良人の顔を思い出すが、彼ならばどう言うか。自分の幸せを第一に考えろとか言うに違いないとミリアザールは想像するも、ちょっと彼に嫉妬して欲しくもある。
「(乙女心・・・というにはワシは歳をくっとると思うがな。まだそんな感情がワシにもあるようじゃぞ、ランディ・・・そなたに会いたい)」
少し昔を思いだそうとする。それはミリアザールにとって2回目の幸せな記憶。だが今のまま昔を思い出せば人前で泣いてしまいそうで、ぐっと堪えた。
「とりあえず返事は保留と言うことにさせてもらおう。申し出は嬉しいが今はそういう気分にならん」
「じゃあ魔王頻発の問題が片付いたら前向きに考えてくれる?」
「ふむ。もう1つ問題はあるが、それも同時期に片付くじゃろうしな・・・まあ考えるくらいならよかろう。
なんじゃ、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしよってからに」
「いや、ここまで色よい返事がもらえると思ってなかったから・・・」
「不服か?」
「いや、50年も待ったんだからその程度、何の問題もないね。で、相談事はそれだけ?」
「もう1つ」
ミリアザールの目線が一層鋭くなる。
「アルフィリースという娘を知っておるか?」
「ああ、アルドリュースが預かった子だよね。あの事件は衝撃的だったから覚えている。アルドリュースも僕が目をかけていた魔術士だったから。いずれは僕の右腕に、と思っていたんだけど」
「それ以前の話じゃ。なぜアルフィリースは教会で保護されていない? あれほどの力を持った者が教会が感知できぬはずはないじゃろう?」
「そのことだが・・・」
テトラスティンが厳しい表情になる。
続く
次回投稿は12/1(水)14:00時です。