最高教主の依頼、その1~ミーシアの町にて~
ちなみに、1刻=2時間で考えています。
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「ハァ…ハァ…ハァ…」
「とりあえず、この街の教会に顔出してくる! アルフィは荷物を持って、例の宿屋に行っておいて!」
と、言うが早いか駆けだしていくシスター・アノルン。山三つ程度駆けまわっても平気な体力のアルフィリースでも相当に疲弊しているのだが、いったい彼女はどういう体力をしているのかと疑問に思わざるをえない。
ちなみに、ここはミーシアの町の西門である。もう3刻ほども前のことだろうが、アルフィリースが自分の呪印について語ったのち、用を足して帰ってくると、何かを叫びながら真っ青になっているアノルンが立っていた。声をかけると血走った眼をしたシスターに引きずられるように馬に乗せられ、無茶苦茶なペースでここまで街道を馬を駆けてきて今に至る。途中で誰も轢き殺さなかったのが奇跡かもしれない。
途中、何よりかわいそうなのは、あまりの飛ばしっぷりに馬が助けを求めるような目線を2人に送っていたのだが、アノルンの鬼の様な形相を前に休憩などと言い出せるような雰囲気ではなかったので、
「(ごめんね、お馬さん…あとでおいしい飼い葉いっぱいあげるから…)」
と、心の中でアルフィリースは言い訳しながらここまで来てしまった。馬も止まればシスターに殺されかねないと思ったのか、無茶苦茶なペースにも必死で走り続けてくれた。
そのせいで馬もついに限界を超えたらしく、天下の往来にもかかわらず寝そべって動こうとしない。なぜこんな天下の往来で、通りがかる全員に注目されなければいけないのか。恥ずかしくて死にそうなアルフィリースだったが、とりあえずなんとか馬を起こし、水を飲ませてから門衛のビスに紹介してもらった宿屋を探す。
「広いわね、この街・・・」
アルフィリースはようやく落ち着いて周囲を見渡したが、街に入るための城壁も高く、街が雇う警備兵の数も、ちょっとした軍隊並だ。話にこそ聞くものの、ここミーシアの街は現在アルフィリースがいる大陸の中でも10指に入る大都市である。北の主街道こそ合流しないが、東・南の主街道はこの街につながっており、人通りがとにかく多い。人口は確か80万を超えるとアルフィリースは聞いている。東の国家群からつながる3街道の中でも一番大きく、かつ最も安全な街道といわれるのだから無理もない。
ミーシアが属している国家、フルグンド王国がもっと交易に精を出す国であれば、さらに栄えていてもおかしくない。残念ながらフルグンドは商業に力を入れていないため、ミーシアの発展もイマイチである。それでも、ミーシアはアルフィリースが見た中では最大の都市である。その都市の街路に並ぶ露店の品々に、思わず年相応な歓声を上げるアルフィリース。
「わぁ、きれい」
南の国家群から運ばれてくる宝石、食物、繊維製品。色とりどりの物品がアルフィリースの心を奪ってゆく。この通りの店を見て回るだけで3日はかかるだろう。こんな通りがあと4本はあり、まさにミーシアは大都市といえる。
「ああ、だめね。とりあえず馬をゆっくりさせてあげないと」
アルフィリースは後ろ髪を引かれつつも、露店は後回しにしようと思い直し、宿を探してきょろきょろしながら歩いていると、突然背後から声をかけられた。
「お嬢さん、宿をお探しかい? ウチなら安くしておくよ。一晩馬屋付きで50ペントだ! どうだい?」
声をかけてきたのは陽気な獣人の青年だった。獣人とは、人と獣の中間の様な生き物と考えられていたが、現在では完全に独立した種族だと考えられている。容姿は人間に近しいが、毛並みは深いものが多く、種族によっては尻尾を持っていたり、翼を持っている者も多いそうだ。彼らは主に南方に国家を形成しているのだが、南からの街道が合流するこのミーシアでは、獣人もそう珍しくないのだろう。
アルフィリースも旅の中でほとんど獣人を見たことはない。土地によっては差別が根深い場所もあるのだった。アルフィリースは特に差別意識は持っていなかったが、信頼できるかと言われれば難しい。わざわざ獣人についていく必要がないとも考えられる。
「あいにくだけどもう当てがあるの。それよりあなた、獣人族?」
「お? お嬢さんは獣人が珍しいかい? ちなみに俺っちはハーフだがね」
なるほど。確かに見た目が獣人よりもさらに人間に近いなと思う、アルフィリースの印象は間違っていないようだ。耳や尻尾がなければ、ちょっと毛深い人間くらいのものだ。
「あんまり獣人っぽくないものね。旅の中で多少見ることはあったけど、堂々と街中にいる人は初めて見るわ。私は田舎の出身だから」
「そうかい。こういった大都市はいいが、商業が発展してない地域は偏見が強くて俺たちには危険だからな。俺っちも、ここと南のビーティムくらいしか行ったことがないよ」
「気分を悪くしたのならごめんなさい、深い意味があって言ったのではないの。この都市に来て初めて話した人が獣人だったから、少し驚いたのよ」
「そうか、そんだけきょろきょろしてれば、確かに到着したばっかりっぽいもんな。でも、獣人である俺っちに素直に謝れるあんたはイイ人だよ。それじゃこれも何かの縁だ、お探しの宿の場所を教えてあげよう」
獣人の青年は、親切にも宿の場所を教えてくれるらしい。普通ならそんな申し出は受けないアルフィリースだが、この獣人の青年は信じても大丈夫そうな気がしたので、相談してみることにした。方向感覚に自信のないアルフィリースが、自力で宿を探そうと思ったらそれこそ日が暮れても無理かも知れなかったからだ。アルフィリースは門衛のビスから預かった地図を見せる。
「ここなんだけど、わかるかしら?」
「この街のことなら俺っちにおまかせだ。どれどれ・・・ああ、ここなら2本先の通りを右に行って3本目の通りを左だ。静かな通りだけど、宿屋が多くてね。確か紅い看板に、スコップのマークが目印のはずだ」
「わかったわ。どうもありがとう」
「ちなみに俺っちの店は、晩御飯だけでも大歓迎だ! 南部の食べ物をいっぱいそろえてるから、その気があったら寄ってくれよな! 緑に泡酒の看板が目印だぜ!?」
「うん、連れと相談してみるわ」
アルフィリースは笑顔を返してその場を後にする。獣人の青年は、まだ笑顔でアルフィリースに手を振ってくれている。非常に人懐っこい獣人だ。だが、この街で最初に出会った人物があのようであるのは幸先が良いと、アルフィリースは上機嫌になる。
この時代、獣人は差別の対象である。それは長らく獣人の間に統一国家がなく、また力で上下関係を決める種族が多いため、人間よりも魔王側の味方をする獣人が非常に多かった。さらに獣人の戦闘力の高さから人間側は戦場において度々煮え湯を飲まされており、親交を深めるというよりは敵対対象でしかなかった。そのためオークやゴブリンといった純然たる交渉不可能の魔物と同一視され、亜人種として迫害対象となっていった。
ところが約100年前に獣人側に統一国家が現れた。厳密には複数現れたのだが、そのうちの最大勢力であるグルーザルドが突如人間に対して敵対しないことを宣言。これに呼応するように人間側にもグルーザルドと交流を深めたいとする者が現れ、現在のような交流がなされるようになった。だが大都市群ではともかく、地方ではいまだ獣人に対する古い偏見が残っているのが現状である。まぁ、純粋な魔物とも交流できるアルフィリースに、そのような偏見は関係ないだろうが。
***
そうして目的地に無事着いたアルフィリース。ビスの息子は事情を話すと彼は厚くアルフィリースにお礼を言い、確かに無料で止めるように手配してくれた。食事も昼以外は配膳してくれるらしい。いたれりつくせりだ。
シスター・アノルンには宿屋で待っているように言われたアルフィリースだが、このような大都市の繁栄ぶりを初めて目の前にした彼女に待っていろというのは酷なものであり、宿屋の受け付けにアノルンが万一入れ違いになった時のため、言付けを残してアルフィリースは出かけることにした。そして・・・
「うわー、すごい、この剣!」
「お。お嬢さん目が高いね!」
そこでアルフィリースが真っ先に武器屋に行くのが、なんとも色気のない話である。
***
だがさすがに剣だけを見ているのもつまらないので、先ほどのきれいな宝石店でも見に行ってみようと外に出るアルフィリース。
「(あら…?)」
その瞬間、通りを歩く2人組に彼女は目がとまった。小さなシスターと騎士の組み合わせである。通りには大勢の人通りがあるのに、不思議なことだ。
小さなシスターは服装がシスター・アノルンと同じであり、おそらく同じ教会の所属であろう。アノルンと同じく肩くらいまでの金色の髪に、くりっとして大きい瞳の色は緑だ。年は10歳ぐらいかだろうか。だが何というか、アルフィリースには上手く表現できなかったが、まとうオーラが常人と違うとでも言えばいいのか。見た目に何かしら、違和感を残す子だと彼女は思った。
一方騎士の方も同じく、金色の髪に緑の瞳をしている。けっして大柄ではないが、背は男子としても高いほうになるだろう。鎧はつけておらず旅の衣装をしているが、背中にはシスターの背丈ほどもある大刀を背負い、明らかに並々ならぬ雰囲気を醸している。
「(すごい使い手ね・・・私よりもだいぶ強いかしら?)」
端正で気品があり、優男にも見える顔と、戦士として纏う鋭い雰囲気に大きな差がある。そこまで大男というわけではないが、体もさぞかし鍛え抜かれた筋肉に覆われていることだろう。こちらも第一印象から違和感がある人物だ。
「(まっすぐこっちに来る?)」
その奇妙でありながらも雰囲気のある二人組は、まるで人混みがないかのようにまっすぐアルフィリースに向かって歩いてくる。人垣を縫うというよりは、まるで人が彼らに対して道を譲るようであった。そしてアルフィリースの目の前に来ると、小さなシスターはとても愛くるしい笑顔を彼女に向けたのである。
続く