足らない人材、その78~戦略家23~
「お、おお?」
「なんだ、あいつは?」
兵士達は何が起こったのかと建物を見ると、そこから一際巨大な化け物が姿を現した。その大きさは尋常ではなく、城壁よりも完全に頭が飛び出ていた。今までの化け物と比べても、頭2つくらいは大きいのではないだろうか。
その化け物には耳まで裂けるような口と、その中に巨大な目を有していた。体躯も黒に近く、また血管が浮き出ているように赤い模様がついていた。そして驚くことに、その巨人は足元にいる兵士達を見て喋ったのだ。
「なんだ・・・こうしてみると人間とは随分と小さいな」
「こいつ、喋るぞ!」
言葉こそ多少濁っており発音ははっきりとしなかったが、確かに人語として聞き取れる程度の言葉を巨人は話したのだ。なおも巨人は続ける。
「これほどの力、もっと早くに知っておけばよかった。今なら何でも・・・もはや大老に従う必要もない。おの私が直接世界を支配してくれる」
「(大老・・・?」」
その言葉に冷静に反応したのは数名だけだったかもしれない。だが、確実にアルフィリース、リサ、ラインはその言葉を聞きとめていた。
だがそうこうするうちに、巨人は建物の一画を力ずくでもぎとり、それを頭上に振りかぶった。もぎ取った拍子に崩れた建物の一部で、近くにいた兵士達が右往左往する。
「まさか・・・」
「全員、建物の陰に隠れろ!」
ラインが叫び、同時に巨人が建物をアルフィリース達にめがけて投げつけてきた。ありえないほど巨大な投擲物に、逃げ遅れた兵士達が巻き込まれ、その残骸を空中に舞わせて無残にさらした。
惨事を巻き起こした巨人の咆哮が、まるで鬨の声のように響き渡る。
「オオオオォォォォオオオオ!」
「とんでもねぇのが出てきやがった!」
「やれるのかよ、あれ?」
「やるしかないだろう」
「全員、建物の陰に隠れながら近づくわよ。散開しながら突撃!」
アルフィリースの声の元、再び彼らは突撃を開始した。先ほどまでの興奮は既に冷めていたが、逆に知性をもった巨人が相手となると、倒さなくては逃げられないと誰もが悟っていたのだ。そして、アルフィリースという指揮官の元なら、なんとかなるのではないかという安心感も兵士達の間にはあった。
だが散開して自分に迫ってくる人間達を見て、巨人は突如として気分を悪くしたように吐いた。大量の赤い粘液が、辺りに飛び散る。先頭をかける、あるいは最初から近くにいた兵士達がその一部を浴びた。すると、彼らの鎧や皮膚があっという間にただれ始めたのだ。
「ぎゃああああ!」
「溶ける、溶ける!」
「助けてくれ!」
兵士達が悲鳴を上げる中、巨人は笑っていた。だが酸が飛び散っていない地面を蹴りながら、ルイとロゼッタが一番槍を務める。
「調子に乗んな、化け物がぁ!」
「ぬん!」
ロゼッタとルイの大剣が同時に巨人の足を斬り割いた。巨木のごとき足ゆえに彼女達の剣でも斬り割くことはできなかったが、それでもいくらかの衝撃は与えられたようだった。巨人の姿勢が崩れ、建物によりかかるように倒れる。
「ウオォオオン」
「どうだこのやろ!」
「いや、待て。お前の剣を見ろ」
ロゼッタは得意満面だったが、その手にある剣は一撃で腐食していた。どうやら巨人の体液は異液同様、酸か何かのようだった。そしてルイが斬った後も、凍りつくはずの傷が思うように凍り付いていなかった。
「酸、そして高温。加えて再生能力もあるか。なかなかに厄介だ」
ルイの言うとおり、傷は既に塞がりかけている。これでは弓矢程度では効果があるまい。ロゼッタも自分の剣が通じないとみてどうするべきかルイの方をちらりと見たが、ルイは構わず剣を構え直していた。
「おい、どうすんだよ? 何か策はあるのか?」
「そんなものはない。だがワタシの剣はまるで通らないわけでもなさそうだ。ならば話は単純だ。ワタシが根を上げるが先か、奴がくたばるのが先か」
「うげっ、消耗戦上等かよ。アタイは付き合わねぇぞ」
「期待していないさ。むしろ引っ込んでくれた方が助かる。余計な気を遣わないで済むからな」
「ちっ、勝手にしろい」
ロゼッタはそう言い残すと、すっとその身を引いた。そしてルイが構え直して再び斬りかかろうとしたその瞬間、巨人は――ドルンはぎろりと倒れている巨人達を睨んだのだった。
「いつまで寝ている、お前達。起きろ、貴様たちの王の命令だぞ」
その言葉と共に、倒れて死んでいたと思われていた巨人たちが再び起き上り始めた。切り取られた腕は新しい物が生え変わり、それは首もまた同様であった。そして生え変わった手はさらに鉤爪が長く、頭はより気味悪く変形を遂げていた。
アルフィリース達はドルンに向けて突撃したことで、起きてきた巨人達の中にうまうまと飛び込んでしまった形になったのである。
「まだ死んでいなかったの? リサ!」
「馬鹿な、確かに心臓は止まっていました。生命活動はなかったはずです!」
「って思うよね、普通」
遠くにいたアノーマリーがそんな会話を想像して答えた。だがアノーマリーにとって、それは想定の範囲内だったのである。
「いうなれば、元から命が複数あるんだよ、そいつら。正確に言うと、生命の危機を感じると仮死状態になって活動停止するんだけど。一回一回は大した生命力じゃないけど、一度死んでもある程度時間が経つと再び活動を始める。その方が相手の虚を突けるし、その巨体だと中々壊しつくそうとは思わないだろう。
そして復活した時には、さきほどやられた経験を踏まえて体が再構築される。中々秀逸な能力を持つ反面、育成にコストと手間がかかる。まあ注射一つで作れるようにしたんだけど、いかんせん薬の調合にこれも手間がかかるんだよなぁ~。大量に生産するのには向いてないかもしれないけど、こんなの大量に作ったらバランスが崩れちゃうからね、色々と。こんなところが妥当なのかも」
アノーマリーはぶつぶつと独り言で文句を言ったが、誰がその文句を聞いているわけでもなかった。だが、アルフィリース達は確実に窮地に追い詰められていたのである。
続く
次回投稿は、6/12(水)10:00です。