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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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足らない人材、その74~戦略家⑲~

「改めて聞くわ、ルイ。この砦に来た目的は?」

「・・・この戦には不審な点がいくつもある。特にこの砦には怪しげな物質がいくつも運び込まれていた。ワタシはその流れを追ってきただけだ」

「じゃあなんでこの砦を、そこのレクサスはわざわざ襲ったの? 潜入するだけでもよかったはずよ?」

「潜入のついでに、ただの小遣い稼ぎっすよ。敵の大将格の首を揃えていけば、相当な礼金がヴィーゼルから出ますからね。それにこの砦の守備をぼろぼろにできるし。いくら俺達が強いっていってもね、もし何かしら魔王が関わっているとして、それを俺達だけでどうにかしようなんて考えるほど、だいそれちゃいませんから。

 もっとも、クライアの大将さんはこの砦なんてどうでもいいと考えているとしか思えませんが」


 レクサスの言葉に顔をしかめた者も多かったが、ラインとアルフィリースは納得していた。もし個人の戦闘能力で戦を終わらせることができるとしたら、レクサスの方法は最善である。戦争を行う指揮官が誰もいなくなれば、戦争は止まる。それに負けた方の指揮官はどのみち首を落とされることも多い。レクサスはその事実をよく知っている。それは彼の逸話が物語るからだ。

 だがそんなことはさておき、足音が多数響いていた。それに砦の向こうから悲鳴も。アルフィリース達が剣を改めて構え直した時、彼らの前に現れたのは巨大な人型の物体だった。形はそうでも色は白すぎるほどに白く、顔も人とはかけ離れていた。鼻と口と目はあるが、どれも数といい形といい、人のそれとは全く違っていた。三階建の建物の一番上に手をかけ、のそりと顔をのぞかせたその茶色い目が人間とあまりに同じであったが、それがゆえに余計に気味が悪かったのだ。


「デカい」

「確かに、こんな大きなお友達はいらないわ」

「アタイの剣でも狙いどころを考えないとだめだな・・・」


 ロゼッタの剣は人なら一刀両断にするのも簡単な大きさだが、これほど巨大な化け物となるとそうもいかない。フェンナの魔術で欠けた部分を補ってもらっているものの、これほど巨大な対象の肉と骨を断つとなるとできるのか。それにあの大きさの魔物に攻撃でも喰らったら、いかにロゼッタが頑丈といえど一撃で致命傷だろう。

 全員がどうするべきかと躊躇っていると、その化け物が何かに突き飛ばされるように前につんのめった。そして今度は明らかに突き飛ばされるように地面に突っ伏す化け物。その背後から、さらに2体、3体と同じような大きさの化け物が現れ始める。輪郭だけは同じだが、色も顔もどれも違っていた。


「うわ、うわぁ・・・」

「なんだこりゃ。どこにこんな奴らが隠れていたっていうんだよ?」

「あの建物でしょうね。ですが明らかに建物と体積が合わない気もしますが・・・」

「馬鹿な、こんな連中はどこにもいなかった! あの建物も封鎖されたのはつい最近だ。まだ一月にもなっていない!」


 かけつけてきたエブデンが金切声をあげた。冷静な男だとアルフィリース達は思っていたが、さすがに事態が彼の許容を超えたか。エブデンは取り乱していた。

 冷静に問いかけたのはアルフィリース。


「あそこを占拠したのは、結局誰なの?」

「・・・グランツ様だ」

「ファイファーもあそこにいるの?」

「知らぬ!」

「いや、いるだろう」


 エブデンの代わりに応えたのはオズドバだった。彼もまたただならぬ事態にかけつけていたのだ。だが彼は年の功か、エブデンほど焦ってはいなかった。あるいは展開のすさまじさに、頭がついていっていないのか。どちらにしろ、オズドバはいつもと変わらぬ風に装っていた。


「あの区画に立ち入らぬように予め命じたのはファイファー様だ。それに昨晩の夜襲の折、あの方はお忍びでこの砦に赴いていた。今もあそこにいらっしゃるだろう」

「貴方達は何を隠しているの?」

「それは本当に私も知らないのだ。所詮田舎育ちの成り上がり指揮官というわけさ、私には何も肝心なことは知らされていないのだ」


 オズドバは悲しいでもなく、さりとて怒るでもなく答えた。アルフィリースは直感した。このオズドバも、本当に何も知らされてはいないのだと。握りしめた右拳が彼の悔しさを物語る。その悔しさは何に向けられたものなのか。


「・・・信じるわ。この砦から、生き残れそうな人達を撤退させて」

「そなたはどうする?」

「やるしかないわ。私達は、ああいうのとも戦ったことがあるし」

「とはいえ――」


 ラーナが冷静に相手を見る。確かに魔王の相手はしたことがあるが、このような形の者は見たことがない。おそらくは黒の魔術士達が作り出したと考えられるが、そうなるとどれも一筋縄ではいかないのだろう。こちらは既に疲弊した状況で、未知の敵が多数。正直、かなり苦しいどころか今すぐにでも撤退したい場面である。

 アルフィリースも同じ気持ちなのだろう。表面上強がってはいるが、昨日の戦いだけでかなり限界を迎えていた。表情がいまだに冴えないどころか、青くさえ見えた。


「(戦うのは正直自殺行為に等しい。アルフィ、本当にやるのですか?)」


 ラーナが内心で思っていたが、アルフィリースは矢継ぎ早に指示を飛ばしていた。


「ターシャを空に飛ばして、退路を探して。退けそうな場所に、兵士達を誘導してもらうわ。ルナティカはファイファーの身柄を確保。雇い主に死なれては困るからね。フェンナ、ヴェンは戦えない者達を逃がして、オーリは半数を率いてこちらを援護。ロゼッタ、ライン、ラーナはこちらに続け」

「この状況で得体のしれない奴らとやり合おうというのか、健気だな」


 ルイがふっとアルフィリースの方を見て笑った。その笑みは決して小馬鹿にしたものではなかったが、呆れてはいるようだった。


「そこまでこの依頼にこだわる理由も、クライアに対する縁故や恩義があるわけではなかろうに。なぜそうまでする?」

「こだわる理由はあるわ。昨晩戦ってみてわかったの、敵は着々と準備を終えつつある。もはや私達には、負けている暇なんてない。たとえそこが死地だろうと、私達には選ぶだけの猶予がないのよ。私はどんな不利な状況でも勝ち続けるしかないわ。それはルイ、きっとあなたも、いいえ、全員が同じことなのよ。ただ誰もわかっていないし、わかる時間もないだけ」

「ふむ、面白いことを言う――」


 ルイはふっとヴァルサスを思い出した。アルフィリースよりももっと直感的な男だが、ヴァルサスも同じようなことをふっと漏らす時がある。自分が認めた者達が同じようなことを言うからには、本当に何かがあるのだろうとルイは感じた。



続く

次回投稿は、6/4(火)10:00~です。

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