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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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足らない人材、その71~戦略家⑯~

***


「(やれやれ、面倒なことになりましたね)」


 ドルンはファイファーの元を去ったあと、内心で毒づいていた。『大老』の命令の元、ファイファーという素材を見つけて取り入ったはいいものの、少々予算を使い過ぎていた。戦争の調節はもっと上手くできるはずだったのに、確かにファイファーの言う通り、カラツェル騎兵隊の投入はやりすぎだったのかもしれない。


「(傭兵ごときにいいようにかき回されるとは、どちらの国もたかが知れている。もちろんどちらも周辺軍ではあるが。それとも、カラツェル騎兵隊が想像以上の連中なのだろうか。どちらにしてもこの戦場はこれ以上収益が見込めぬし、早々に撤退するべきでしょう)」


 ドルンは腹を決めると、ファイファーが隠し続けた砦の一画に向かう。ドルンが見張りの兵士に手を上げると、兵士達は軽く会釈をしてドルンを通した。

 ドルンは足早に兵士の間を通り抜け、そして重苦しい扉を開くとそこはかなり広い空間であった。壁は石造りでかなり頑丈であり、音一つ漏れないだろう。それに、周辺にはセンサーを妨害する魔術が何層にも張ってあった。元はいくつかの部屋に分かれていたのだろうが、部屋同士の仕切りを打ち壊したのか、部屋の壁を崩した部分がそこかしこに見えていた。余程焦っていたのか、それとも一時的な処置なのか。

 その即席の部屋には、鎖につながれた何かが多数収容されていた。その者達は既に部屋の天井に頭がつくほどの巨体であり、人の三倍はあろうかという巨体がぐったりと部屋に何体も横たわり、あるいは壁にもたれかかっていた。顔は既に人間とはかけ離れており、巨大な牙や多数の鋸のような歯、あるいは目が一つであったり複数である異形の姿であった。ヘカトンケイルの巨大版と言ってもよいかもしれない。彼らの腕や鼻、口の中には何らかの管がつながれており、管には青い液体が流れていたのであった。その先には大きな樽がつながれており、その周囲には空瓶が多数転がっていた。


「変わりはありますかな?」


 ドルンはその周囲にいた兵士に話しかけた。兵士はドルンに対して、不快感を隠そうともせずに答えた。


「変わりはない、また大きくはなったがな。こいつらはどこまで大きくなる?」

「そうですね・・・おおよそ城壁を越すくらいには。少なくともこのままいけば、サイクロプスの集団をまとめてねじ伏せるくらいにはなるということです」

「まるで自分も知らないといった口ぶりだな」

「私も初めて見るのですよ、ここまで育てた個体はね。いつもは場所も人手も、資金も不足していましたから」


 ドルンは感慨深げに部屋に横たわる巨人たちを眺めた。だがその腹の奥ではドルンも兵士達と同じようにこの結末を恐れていることを、悟らせまいと必死だったのだ。

 ドルンは話を逸らすために、兵士達に命じる。


「青い液体の投与を中止してください。代わりに赤い液体の投与を始めてください」

「液体の種類を変えるとどうなるのだ?」

「こいつらが目を覚ますのですよ。青い液体は眠り薬。赤い液体は青い液体を中和し、この巨人達を興奮させます」

「こいつらを起こすのか。敵陣を襲わせるために? 俺達に襲い掛かったらどうする?」


 兵士が心配そうに質問する。その心配はもっともであるし、ドルンも同じ疑問を抱いていた。完成体まで育てればこちらの命令を聞くだけの知性は備えるそうだが、現在の状況ではどうなるかわからない。元人間とはいえ、薬の投与を始めてから会話をしたわけではない。薬を投与し始めた時には絶叫とも苦悶の悲鳴ともとれぬ声をあまりにあげるため、猿轡を噛ませたため会話どころではなかった。今更こちらの言うことなど聞きそうにはない。

 そうなると先ほど自分も知らない、と言ってしまったのは失策だったかとドルンは後悔した。だがドルンは敢えて自信に満ち溢れるように言った。


「そんな心配は無用ですよ。赤い薬の投与を始めたら、後はここを引き払います。こいつらには暗示で敵陣の位置を教えてますから、あとは放っておけばよいでしょう」

「この砦は捨てると?」

「敵の本陣が落ちれば守りも必要ないでしょう。こいつらなら、一日もかからずに敵陣を落としますよ。それよりも別の砦に待機させている予備の兵力に命令したらどうです? いくらこの異形共が敵の城の守備兵を蹴散らしても、占拠する人手がいなければ落としたことにはなりますまい」

「そんなことは貴様に言われなくてもわかっている! おい!」


 兵士は腹立たしそうに部下を呼びつけると、樽を別のものに変えさせた。ドルンは透明な管の中身が赤色に変わったのを見ると、すっとその姿を部屋から消したのだ。


「(これでいい、これで私のやることは終わった。後はどうなろうと知ったことではないのです。なに、本部には予想外の邪魔が入ったとでも言えばいいでしょう。今回のような混乱した戦、調節仕様がない――)」

「ドルン」


 砦の一画の裏口から密かに姿を消そうとしていたドルンを呼び止める声がある。暗がりかすうっと姿を現したのは、さきほどファイファーの部屋から出た時にすれ違った小姓だった。

 ドルンは予想外の人物から声を掛けられ、その足を止めてしまっていた。



続く

次回投稿は、5/29(水)11:00です。

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