足らない人材、その69~戦略家⑭~
だが今回はもう一つ、ルイには別の目的がそもそもあったのだ。ルイは以前ローマンズランドに潜入してから、ある事が気にかかっていた。それは、物流の不自然さ。物事を大きく動かす時には、必ず大量の物資が動く。戦を起こす時には下準備が大変だし、大規模になればなるほど下準備には時間がかかるのが当然だ。それはかつて師団を率いた経験もあるルイだから実感できることである。100人の部下なら一刻もあれば準備ができるが、師団を動かす時には最低10日は準備が必要であった。
ローマンズランドはその点、いつも国境付近の砦では戦準備が行われている。国境付近に兵糧庫が設けられ、いつもそこには新しい兵糧が備蓄されている。それに鉄の精錬所や武器庫も備えられている。街道も戦用に整備されているし、いつでも戦に対応できるように国が備えているのだ。
だが今回の戦はどうか。そもそもクライアは野心多き国。いつでも戦争の準備をしていることは有名だったが、ヴィーゼルはそうではないはず。ならば戦争を仕掛けたクライアが圧倒的に優位になるはずなのに、ヴィーゼル優位に戦争は展開されていた。いかにヴィーゼルがカラツェル騎兵隊などの強い傭兵を多数雇ったとはいえ、動きが早すぎた。それこそ、まるで襲われることを知っていたかのように。
そのことを示すかのように、ルイはヴィーゼルに最近鉄や食料などの物資が流れ込んでいることを知っていた。だがそれは何もヴィーゼルに限ったことではなく、クライアの方にも流れ込んでいるのだ。ルイは物資の流れを追おうとしたが、どうしてもその動きをつかみきれなかった。なぜなら、誰がどんな目的で物資を流しているのか全く見当もつかなかったし、そもそも戦争を起こして得をする連中も思いつかなかったからだ。
今回の戦に関わったことは、ルイにとってはたまたまである。だがルイはそれらの流れを探るうち、妙な動きに気が付いた。物資の中身はおおよそ追える物だけだったが、その中に妙な物質がある事に気が付いたのだ。大量にクライアに運び込まれる、妙な飲み物。ルイはその中の一つを奪い中身を改めようとしたが、匂いがひどくて飲めたものではなかった。それでも無理矢理にその辺の家畜に与えてみたが、どうも強力な睡眠薬であるらしい。だが大量の睡眠薬をどのように使うのか、ルイには全く見当がつかなかった。
そしてレクサスが探ったのは、クライアでは前から一つの部隊が何らかの不審な動きをしているということだった。国境付近の一つの砦に中央から来た一部隊が駐屯し、そこに罪人やら奴隷やらを運び込んで何かをしているということであった。レクサスの潜入能力を持ってしても探りきれないほど警備は厳重だったが、明らかにおかしな動きがクライアにはあった。
ルイには確信があったわけではない。だが疑問は晴らさねば気が済まない性質だった。どうしても気になる事は元々とことんまで調べぬくし、そういう時の勘はおよそ大切な事につながっている。ルイはその疑問を信じて、この戦争の渦中にレクサスと二人で飛び込んだ。
だが今はそのことが吹き飛ぶほどに、アルフィリースとの戦いに没頭しようとしていた。目の前の二人も強いことは分かっている。だがルイにとって、アルフィリースはヴァルサス以上に、戦ってみたい相手の一人だった。自分の知りたい強さをこの少女は持っているかもしれないと、ルイは本能で感じ取っていた。
ルイは氷の剣を握りしめると、珍しく自分から地を蹴ってアルフィリースに突撃したのである。
***
「戦況はどうか」
「は。先の戦いではヴィーゼルの待ち伏せに遭い夜襲は失敗。我々は戦力の3割を失いました」
「随分死んだな」
「はい、ですが予想よりも死んでいません。敵が弱かったか、あるいはこちらに優れた者達がいたか」
「あの女傭兵か」
そういってやや陰鬱な眼差しを見せたのはファイファーであった。その彼の目線の先にはグランツがいる。彼らはサラモの砦の中に設けられた隔離区画で、密かにあることを行っていた。
ファイファーがふっと笑う。
「いかがされました?」
「いや、あの女傭兵がやるというのは分かっていた。余程お前以外のボンクラの部下達よりも使えそうだった。目を見ればわかる、あの女の目は油断なくこちらを値踏みしていた。肝の据わった女だ。俺達に明らかに邪険にされながらも、我を崩さず、なお俺達に必要以上の無礼を働かず。俺が話すに値しないと思われていたら、あの女は適当にこの戦場を流して離脱していたかもしれん。あるいは寝返っていたかもな」
「・・・そうでしょうか」
「そうだろうよ。それにあの女は何らかの目的をもってこちらについている。もしかすると、アルネリア教会に頼まれてこの戦場の調停をしに来たのかもしれん。剣という、強引な手段をもってな」
「まさか。昨日のような混迷の戦場でそのようなこと、一介の傭兵の分際で行えるはずがありません。そんなことができるとしたら、それは我々の王か、あるいは大魔王以上の恐ろしい何かでしょう」
「意外と恐ろしい何かなのかもな」
ファイファーの言葉にグランツが目を丸くする。そのグランツを見て、ファイファーはくっくっくと笑った。
「なんという顔をしている、グランツ。冗談だ」
「ファイファー様の言葉は冗談に聞こえません。昔から冗談のような絵空事を現実にしてしまうお方なのだから」
「買いかぶりだ」
「いえ、そうは思いません。そんな貴方でなければ、この私はついてきておりません。今回のような行為も、将来のクライアを真に憂えばこそ。私は誰に後ろ指を指されようと、貴方様についてゆきます」
グランツが恭しく頭を下げたのを見て、ファイファーは少し困ったような顔をした。この男は自分が幼い頃からの剣の師であり、また良き相談相手でもあった。だが少々柔軟さに欠ける。忠義深く決して自分を裏切らない点は信用できるが、自分の右腕として運用するには少々機転がきかない。
今回のことでもそうだ。アルネリアの対応として、彼らの援助、調停を受けることは別にやぶさかではなかったのだ。むしろどのくらいやれば、アルネリアがどのくらいの人物を出してくるのか知りたかった。アルネリアの暗部は深い。それはこの大陸の国家を運営する立場の者ならば全員が知っている、暗黙の了解である。
もしこの程度でアルネリアが何らかの脅しをかけてくるようなら、相当に自分の計画は慎重に動かさねばならない。必要があれば、アルネリアの暗部に杭を打ち込むことも厭わない。とにかく、得体のしれない相手では策も打ちようがない。ファイファーの目的の一つは、アルネリアの闇を動かす事であった。
だがグランツがかたくなにアルネリアの援助を断り続けるため、アルネリアから完全にファイファーは睨まれる格好になった。まだアルネリアに睨まれるのは時期が早い。せめてもうあと数年。今のアルネリア聖女が次の聖女に変わる、その機会を待ちたいとファイファーは考えていた。
続く
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