足らない人材、その68~戦略家⑬~
「(やる!)」
「(強いっすね)」
ラインとレクサスは感じ取った。自分と同程度の使い手と今まさに対峙したのだと。二人はどちらとなく距離を取ろうと考えたが、それもまた同時だった。
「ふー、冷や汗かくのも久しぶりっすね」
「その剣、我流か」
ラインが冷静に問い詰める。レクサスはひゅん、と剣を回した。剣を肩の上にとん、と置くとそのまま答えた。
「まあそうっすね。強いて言えば戦ってきた相手が師匠ですかね」
「格好いいこというじゃねぇの。義理堅いタチか」
「いやいや、全員殺しちゃったのに義理堅いとか、あるわけないでしょうよ」
「危険だな、お前は。今斬っておいた方がよさそうだ」
「それはこっちも同じ。姐さん、すみません。ちょっとこっちに集中しますよ?」
「そうか」
ルイは平然と返しながら、内心で驚いていた。いつもふざけたように敵を殺すレクサスが、「集中する」と言ったのだ。ヴァルサスとやった時ですらそのような事を言ったことはない。いや、ひょっとするとヴァルサスとは単にじゃれ合っていただけなのかもしれないが、それにしてもレクサスが宣言して本気を出すのは、ルイでさえ初めて聞いた。それほどの敵なのか、あの男はとルイが興味をひかれてちらりと見た瞬間である。
「どこ見てんだよ、テメェ」
ルイの足元の倒れていたはずのロゼッタが、ルイの鳩尾に一撃、拳をめり込ませた。さしものルイも突然の攻撃に面食らい、咄嗟に後ろに後退した。
その様子を見てロゼッタがゆっくりと体を起こした。ぺっと血が混じった唾液を吐いた時に、一つ歯が欠けたことにロゼッタが気が付いた。
「ちっ、歯が欠けちまった。しこたま顔面ばかり殴りやがってよ、同じ女だとは思えねぇ」
「心を折るには顔を殴るのが効果的なだけだ。それにしても気絶したと思っていたが」
「気絶してたよ、一瞬な。でもアタイの回復力は並じゃねぇ。色んな種族の血が混じってっから、多少の毒を盛られようが、一刻もぐっすり眠りゃあ元通りだ」
「便利な体だな」
「ああ、むかつくほどに頑丈な体だよ」
ロゼッタが折れた自分の大剣を担ぎ直す。剣は中ほどからルイに折られたが、まだ得物としては並みの剣くらいはある。
だがロゼッタは悩んだ。ルイの樹氷剣の前では、並みの剣は無意味。一合打ち合うだけでも剣が使い物にならなくなる。だがルイほどの使い手を前に、刃を交わさないことなど不可能だった。ロゼッタは周りで呆然と見守るだけの兵士達に要求する。
「おい、誰かもう一本剣を寄越しな。あの氷の剣の前じゃ、得物の質より数で勝負だ」
「やめなさい、ロゼッタ。あなた、体がぼろぼろじゃない!」
アルフィリースがロゼッタを止めようとするが、ロゼッタはアルフィリースを小ばかにしたような顔で笑った。
「はんっ、本気で言ってんのかアルフィ。ぼろぼろなのはテメーも同じだ。それによ、アタイら傭兵なんてのは無駄な自信を持つ必要はねぇが、コケにされちゃおしまいなんだ。それに雑魚相手に意地になる必要なんざねぇが、こいつになら命を懸けて意地を張る価値はあるぜ?」
「ルイに? どうして」
「知らねぇのか? こいつはローマンズランドの元師団長だ。『氷刃のルイ』っていやあ名門軍人の出自で、自身も無敗の常勝将軍ってので有名だぜ? 親父は確か将軍の一人だったな、なんでこんなとこにそんな有名な軍人様がいるのかは知らねぇけど、こんな大物、滅多にお目にかかるもんじゃねぇ。一回やってみたいじゃねぇの、全力でさ?」
「本当なの、ルイ?」
「――昔の話だ」
ルイはほんの一瞬、昔を思い出した。ただひたすら強くなることを目指し、そのためだけに鍛えられた己の全て。それらがただ女であるというだけで、正当に評価されないという現実。そして現実は自分一人の力ではどうにもならない事を知り、それでも剣を捨てられずにルイはローマンズランドから去った。自分の人生において、初めての敗北だったかもしれない。目指すべき剣の道は途絶えたのかと、ルイはそのことばかりを一時期は悩んでいた。
その後ヴァルサスという目標を見つけ、まだ剣の道は先が長いと思っている。だがルイはふと思うのだ。いつかローマンズランドで、全ての決着をつけるべきなのではないかと。そうせずにはいられないのではないかと。己の道は、このままではいけないのではないかと。
だが剣を振り下ろすべき、その対象がなにかはルイにはまだわからない。ルイがそう悩む間にも、状況は次々と動いていた。ロゼッタの目には、爛々とした光が戻っているのだった。
「ともかくだ。この女はアタイらにとって最大級の褒賞首だ。生かして捕えりゃ、確かローマンズランドからも大量の報酬が出るはずだぜ? 名誉も金もイタダキさ」
「そんなことができると思っているのか?」
「アタイ一人じゃ無理だな。だがこっちに何人いると思ってるんだ?」
ロゼッタの後ろにすっとルナティカが立つ。それだけではない。ロゼッタが元々連れていた傭兵達が、熊手や捕獲用の武器を携え、ぞろぞろと出てきたのだ。さらにロゼッタの武器や、そのほかの武器にはフェンナが錬成魔術で補強をかけていく。
ロゼッタが口の端を歪めて笑った。
「こっちの本拠地にたった二人で乗り込んできたのはお前らだ。まさか卑怯とは言わねぇよな?」
「もちろんだ。何人でも同時にかかってくるがいい。全て凍らせ、砕いてみせよう」
「気に入ったぜ、このクソ女! アルフィ、援護しな!」
「くっ、結局こうなるのね」
ロゼッタが歓喜の雄叫びと共に突撃するのを、ルイは変わらず冷静に受け止めていた。だが、ルイの内心はそれほど穏やかではなかった。目の前のロゼッタはいい。それにルナティカとかいうのもなんとかなるし、周囲の兵士達も蹴散らせるだろう。だがアルフィリースはどうか。アルフィリースがルイを脅威だと思ったのと同様に、ルイもまたアルフィリースを脅威だと思っていた。底の見えない得体のしれない相手。ルイはアルフィリースの事をそう思っていた。
続く
次回投稿は、5/24(金)12:00です。