表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
688/2685

足らない人材、その67~戦略家⑫~

 ラインは理解した。周囲の兵士達は自分達が来たせいで引くに引けなくなったのだ。彼らにも義務以上に、仲間の仇をどうにかしたいという気持ちがある。だがおそらくこの中で一番強かったであろうロゼッタが負けていれば、彼らは逃げ出すに十分な機会と理由を得ることができたのだ。だがアルフィリースが来てしまったせいで、それもできなくなった。

 おそらくはルイもそれは同じ。ロゼッタをこれ見よがしに痛めつけることで兵士達に恐怖を植え付けたのだろう。最初から殺すつもりなら、もっとロゼッタの腕を切り落とすなりなんなりできたはずである。ロゼッタをわざわざ素手で締め上げる必要もない。

 ラインは悔やんだ。この場で本当にまずったのは自分達だと。だが今さら背中を向けて逃げ出すわけにもいかないだろう。ここで逃走すれば、二度と自分達には大口の依頼は来なくなる。少なくとも、敵前逃亡の不名誉を与えられて、挽回した者など軍人でも見たことがない。軍人ならば極刑ものの失態である。

 だがラインもまた無策でここに来たわけではない。ラインは自分の剣の柄に手をかける。それは自分で戦うための行為ではない。城壁の上に控えさせた、ルナティカとオーリへの合図だった。オーリの矢がルイに向けて放たれ、ルナティカが城壁の上から舞い踊るようにルイに襲い掛かる。ルイは気が付いていないのか、微動だにしない。

 ラインは自分の策が上手くいったと思ったが、オーリの矢は空中で掴まれ、ルナティカは金属音と共に叩き落とされた。ルナティカが地面を転がるようにして受け身を取る。そして油断なく起き上った時、彼女の頬は薄く切裂かれ、血がにじみ出ていた。ルナティカの目が珍しく、驚きの色を帯びる。その目の先には、いつルイの背後に立ったのかレクサスが剣を抜き、矢を掴んだ状態で立っていた。


「お嬢ちゃんは生粋の暗殺者っすね、殺す瞬間にも殺気が漏れなかった。でも命令した奴が悪い。陽が天にあるのに空から襲い掛かれば、どうやっても影が動く。そんな命令を出すのには向いてねえっすよ、あんた」

「なぜ俺だと?」


 レクサスがらいんをちらりと見たので、ラインがレクサスを睨み返した。レクサスはひょうひょうと返す。


「そこの女剣士はそんな命令を出すような性質じゃないからっすよ。あるいは出すならもっとえげつない命令をするでしょ。そんな半端な命令はしないんすよ」

「知ったような口ぶりだな」

「勘だけはいいんすよ、俺。むしろそのくらいしか人より優れた所がないかも」


 レクサスはへらへらとした笑みを浮かべたが、ラインはレクサスの危険性に気が付いていた。この男はまずい。味方ならこの上なく頼もしいが、敵ならばひょっとするとヴァルサスよりもタチが悪いかもしれない。ラインが本当に剣を抜こうと剣の柄を握った時、先にルナティカが動いていた。ルナティカのマチェットが瞬間的にいくつもの軌道を描き、レクサスではなくルイに襲い掛かった。

 だがその軌道は全てレクサスによって受け止められた。なんと、宙に舞ったルナティカの体ごと、レクサスは片手の剣で受け止めたのだ。


「・・・!」

「見た目よりは重いっすね。外套の下に色々仕込んでそうだ。どれ」


 レクサスの拳が目にも止まらぬ速さで飛んでくる。ルナティカは拳を掴んでそのまま捻り込もうとするが、レクサスの拳は不思議な軌道を描いてルナティカの手の間をするりと通り抜けた。そのままルナティカの心臓付近を捕える。


「!」

「ちぇ、武器の上か」


 だがレクサスはご丁寧に拳をねじり込み衝撃をしっかりと通してきた。ルナティカはたまらず衝撃に後ろに吹きとばされた。ルナティカは、心臓付近に仕込んでいた短剣が鞘ごと折れたのを悟っていた。

 ルナティカが後ろに吹き飛び一回転して着地した瞬間、目の前にはダガーが飛んできていた。もちろんレクサスが放ったダガーである。ルナティカが一瞬レクサスから目を放した瞬間、ルナティカにせまるように投げたのだろう。ルナティカは超人的な反射速度で、首を捻ってそのダガーをよけた。だが逃げた先にレクサスの上段斬りが迫る。

 ルナティカはその時、不思議な経験をした。レクサスは何も言っていないはずなのに、彼の思っている事がはっきりと聞こえた気がしたのだ。


「(だめっすよ、それじゃあ。戦いの最中に衝撃を逸らすためとはいえ、敵から目を背けるのはなしっす。お嬢ちゃんは生粋の暗殺者だけど、正面切っての戦いの経験値はまだまだっすね)」


 達人は言葉ではなく剣で、目で戦いの中に語ると言う。真剣勝負の最中、言葉を交わす余裕などないからだ。もちろんルナティカに殺す相手と会話をするような習慣はないし、また敵の言葉を聞いたこともなかった。だがレクサスの言葉は、嫌にはっきり聞こえたのだ。

 一つだけわかったのは、今までルナティカが戦い、あるいは殺してきた相手はなんだったのかというくらい、レクサスが飛びぬけて強いという事だった。


「(やられる)」


 ルナティカがそう覚悟を決めた瞬間、レクサスとルナティカの間に割って入ったのはラインであった。ラインはレクサスの剣を受け流そうとその力を逸らしたが、レクサスの剣はラインの剣を滑りながらその軌道を変えラインの剣を弾こうとする。だがラインの剣はさらにその剣の向きを逸らし、レクサスとつばぜり合いに持ち込んだ。

 もしラインがレクサスの剣を逸らしていたら、そのままラインが切り上げてレクサスを殺していただろうが。逆にレクサスがラインの剣を弾いていたら、レクサスがそのまま切り上げてラインを殺していた。つばぜり合いになった時、ラインとレクサスが考えたことは同じであった。そして鍔迫り合いから繰り出す攻撃ももちろんあるが、それも同時に繰り出したため、打ち消されてしまった。



続く

次回投稿は、5/22(水)12:00です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ