足らない人材、その66~戦略家⑪~
「待てよ、そこの男!」
男の手がぴたりと止まる。そしてゆっくりと振り返ったその顔は、疑問に満ちていた。
「俺に用っすか?」
「おうよ、大アリだ! その閂、アタイの目の前でそう簡単に外せると思うなよ!」
「いや、まあ簡単に外せると思うんすけど・・・」
男は笑って応えたので、ロゼッタは腹を立てて背中の大剣を抜いて男に向けた。腕前を想像するだけでも相当ヤバい相手なのはわかっている。だが、コケにされて引き下がるほどロゼッタは大人ではなかった。いや、普段なら一銭にもならない戦いは避けたかもしれないが、昨晩見た友人の変わり果てた姿に、いまだに冷静さを欠いていたのかもしれない。
「ふっざけんな! その門を開けるなら、アタイをやってからにしな!」
「いや、アンタをやるとか関係なくね、この門はもうすぐ開いちゃうんすよ。だって、姐さんが来るから」
「姐さん?」
「そうっす。だから俺は門が壊れると大変だから、姐さんがしびれを切らす前にこの門を開けようと早起きして――」
その刹那、門を巨大な破城鎚が叩くがごとく、巨大な音と共に門が揺れた。門の金具はびりびりと震え、金具の一つが飛んで地に伏せる兵士の頭に当たる。男はさっと耳を塞いで、気まずそうな顔をしている。
さらにもう一つ、凄まじい轟音。
「なんだぁ?」
「あー・・・手遅れっすか。こうなる前に棲ませたかったんだけど、姐さん、手加減知らないから」
「姐さんって、誰だ! っていうか、お前は誰だ!」
「俺っすか? 俺はレクサス、ブラックホーク二番隊のレクサス。傭兵なら『死神レクサス』って言った方が知ってるんじゃないっすか?」
「死神レクサスだと!? じゃあ姐さんってのは・・・」
「もちろんうちの隊長」
レクサスの声と共に、門が突如として切り開かれ、そして突き破られた。巨人が吹き飛ばしたかのように巨大な門扉が吹き飛び、兵士の何人かをなぎ倒す。そして身を守るようにしながら兵士達が見守る中、凍てつき壊れた門から登場したのは――
「ルイさんですよ。通り名は、『氷刃のルイ』」
と、レクサスが紹介した先に、薄青く輝く剣を携えた女剣士が立っていたのだった。
***
「これは・・・」
アルフィリース達が駆け付けた先には、戦闘の熱気ではなく、凍えるような冷気が漂っていた。その場にいる者はただ震え、まるで本当に凍りついたようにその場に立ち尽くしていた。
アルフィリースが見たのは、白にも近い青の髪をした女によってぼろ雑巾のようにされたロゼッタ。明らかに気絶しているロゼッタの片手を掴み上げ無理矢理上体を起こすと、今まさにとどめを刺さんとするところだった。
「待って、ルイ!」
アルフィリースは心に思いついた傭兵の名を呼んだ。間違うはずがない、あの髪の色、あの殺気。初めて見た、あの鮮烈な強さ。自分達がかなわないであろう敵をあっさりと倒したあの傭兵。また会った時は酒でもおごろうと約束した。
そのルイが今目の前にいる。しかも、明らかに敵意を持って。アルフィリースは必死だった。ルイはアルフィリースの声にぴくりと反応すると、氷のような冷たい色に変化した目をアルフィリースに向けた。アルフィリースの足が地面に凍りつけられたように止まる。
「アルフィリースか」
「そ、そうよ」
「何の用だ」
「それはこちらの台詞よ! 既にブラックホークは撤退したはずだわ、今さら二人だけでこの砦に何の用事?」
アルフィリースはヴァルサスから既にこの戦場から撤退することを聞いていた。ルイがあの場にいない事は実はアルフィリースも気にかけていたのだが、まさかこの場に現れるとは思いもしなかった。
ルイは冷たく答える。
「そうか、ヴァルサスは撤退したか」
「そうよ、だから貴女も――」
「関係ないな」
ルイは無感情に言い放つと、ロゼッタをぽいと放り投げた。ロゼッタは完全に気絶しているのか、受け身を取ることなく背中から崩れ落ちた。
ルイはもはやロゼッタに興味を失ったのか、そのまま言葉をアルフィリースに向けた。
「ワタシの行動はヴァルサスとは無関係だ。そもそもワタシにとってこの戦いもどうでもいい」
「どうでもいい? ならなぜこの場に現れたの!?」
「あるモノを追っている。あるモノの流れを辿ってこの砦に辿り着いた。どさくさに紛れて潜入するつもりだったが、事情が変わった。もう待てん」
だからといって一国の軍隊が駐留する砦に正面から仕掛けるやつがあるかと、アルフィリースだけでなく誰もが同じ思いを抱いた。それはまたレクサスも同じだったのだ。
だがレクサスはさほど大変な作業だと思ってはいないのか、軽くため息をついただけだった。むしろ、いつもの無茶に付き合わされたといわんばかりの表情だった。
「何を追っていると?」
「お前に話す義理はない。さあ、そこをどけ。ワタシはこの戦に行く末になど興味がない。大人しくどけば何もしない」
「そう言われてどいてしまうようじゃ、私も明日から仕事がなくなっちゃうのよね」
アルフィリースが剣を抜いたのを見て、レクサスは口笛を吹き、ラインはぎょっとして横にいるアルフィリースを見た。ラインもまさかここでアルフィリースが戦おうとするとは思わなかったのだ。
ただルイだけがその冷たい目で、アルフィリースをじっと凝視した。
「本気なんだな、アルフィリース?」
「冗談で剣を抜いたことはないつもりよ」
「・・・そうか、ならば遠慮はしない。ワタシは目の前に立ちふさがる全てを粉砕する性格だ。たとえ兄弟だろうが、親だろうが例外はない」
「そう、ならば私も遠慮しないわ。貴方に手加減をできるなんて思ってないし」
「いいだろう、お前とは一度本気で戦ってみたいと思っていた。ここで戦うつもりはなかったが、これも運命だな」
「あまり良い運命とは思えないけど」
アルフィリースとルイが剣を構えた時、ラインがその間に割って入った。ラインはアルフィリースの隊長が万全とは程遠いことに、とうに気が付いていた。
「待て、互いに退け。この戦いは無意味だ。今はそんなことよりやることがあるだろうが」
「なんだ貴様は。邪魔をするのなら、貴様も殺すまでだが」
「だから俺の話を――」
「やめなさい、ライン。今さら無理だわ、周りを見なさい」
アルフィリースの言葉にラインは周りを見渡した。見れば、周囲の兵士達は怯えながらもそれぞれ武器を取り、ルイたちと戦おうとしている。アルフィリースは青ざめながらも剣を握ったままであった。だがその表情は周囲の兵士達と同じである。
続く
次回投稿は5/20(月)12:00です。