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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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足らない人材、その65~戦略家⑩~

***


「・・・リース・・・」

「う、ん・・・」

「アルフィリース! 起きろ!!」


 アルフィリースは耳元で怒鳴るかのようなラインの大声に跳び起きた。まだ完全に頭が覚醒はしないが、体だけは反射的に剣を手にしている。アルドリュースにつけられた習慣だ。剣を振るうなら、そのくらい無意識でもできるようになれとのアルドリュースの教えだった。


「敵?」

「わからん、だが砦が急襲されている。今守備隊が応戦しているが、この状況でまともに守備隊が機能しているとは思えん。敵はすぐにでもここに来るかもな。ロゼッタに様子を見に行かせたが、まだ戻ってこない。既に戦いに巻き込まれたのかもしれねぇ」

「――戦える者を呼んで。私達も戦いに加わるわ」

「脱出しなくていいのか?」

「敵を見てからよ」

「わかった」


 ラインの反応は速い。既にグラフェスに命じていたため、元気な者は起きてその辺りを動いていた。その連中をラインが呼び止めると、すぐにでも彼らは集まってくる。


「まずは20名程度。あとは徐々に集めさせる」

「十分よ、行きましょう」


 アルフィリースは疲れた体を引き摺りつつも、誰にも悟られないようにそのまま正門へと向かうのだった。既にそう遠くない所で戦いの警鐘が鳴っている。


***


 最初、見張り達は何の異常も感じていなかった。昨晩の見張りは絶え間なく轟音が聞こえたり、空に光の筋が走ったり、森が昼間を想起させるほどの勢いで燃えたりと尋常ではなく恐ろしい物だっただけに、朝が来たときは全員で顔を見合わせて喜んだものだ。ただ朝が来るだけでこれほど嬉しかったのは、いつ以来だろうかと見張りの一人が思う。きっと誰もが、何もかも目に映るものが新鮮だった子供の頃を思い浮かべるであろう。抱き合って喜ぶのを止めたのは、まだ何かあるかもしれないという危機感からであった。誰もがこういった危機が去った時にこそ、何かが訪れる事を知っていたからである。少なくとも、この戦いが始まってからはそういった緊張の連続だった。

 そして見張りの交代が来ると、全員がほっと胸を撫で下ろしながら入れ替わろうとした。だが、彼らは知らなければならなかったのだ。たとえ見張りが終わっても、ここは戦場であることに違いはない事に。夜通し見張りを行っていた男達の首が何個かまとめて宙を舞った時に、初めて彼らはここはまだ戦場であるということを思い出したのだった。


「ちょっと邪魔するよ」


 宙に舞う男たちの首の後ろから声がした。新しい見張り達がその声の主を確かめる前に、首のなくなった男達の体が新しい見張り達に突進してくる。反射的に男達の体を受け止めた兵士の顔に、噴水のように血が飛び散った。


「ぎゃあああぁ――」


 だが悲鳴は途中で途切れた。新たな見張り達が怯んだその一瞬で、見張り達7人の首は一瞬で胴から離れた。宴会の時、よく振ってから一斉に栓を抜かれた泡酒のように、血がそこかしこで飛び散っていた。

 一瞬にして地獄絵図に変わったその光景を、少し離れた所から見ていた兵士がいた。彼は腰をその場で抜かし、叫ぶこともできずに惨劇の主を見ていた。男は特にこれと言って特徴はなく、一見普通の青年に見えた。ただ一つ特徴がわかるとすれば、黒い外套に身を纏っていることくらいか。その外套に、金の鷹が描かれている。

 いや、男にも一つだけ特徴があった。その男は潜血の舞うその残虐な絵面の中で、一人だけ不釣り合いに、青空が似合う最高の笑顔を兵士に見せたのだ。男は兵士が呆然とへたり込み、異常に気が付いた遠くの見張りが警鐘を鳴らす中、急ぐことなく悠然と歩いて城壁の階段を下りて行ったのだった。


***


「なんだアイツは・・・」


 正門前に状況を確認に来たロゼッタが見た者は、50人近い兵士に囲まれる一人の男。男は悠然と抜身の剣をだらりと下げ、彼を問い詰める隊長らしき男と笑顔で問答をしていた。その背後には大量の死体。見えるだけでも20近くあるだろう。


「(死体の中には剣を抜いてすらいない者もいる・・・相当の腕前だろうが、どこから入ったんだ?)」


 ロゼッタが疑問に思っていると、隊長らしき男が一層声を張り上げた。


「貴様ぁ! だから何のつもりだと聞いている!」

「何のつもりも何も、観光で来たように見えるかい? 当然攻めてきたんすよ」

「一人でか? そんなバカな話があるか!」

「そうは言われても、この前も俺一人で来たし・・・」


 そう言われて、隊長らしき男ははっとした。男を指す指先が震えている。


「き、貴様・・・あの夜の!」

「この砦、成長無いなぁ。いくら俺がそういう仕事に向いてるからって、前線がこんな無防備な警備とか、素人の集まりと変わらないっての。西側の連中はもっとやるけど、まあ東の国なんてそんなものかもな。あるいは首脳陣にやる気がないか・・・どっちでもいいっすけど」


 そういうと男は兵士達を無視して砦の門を開けようとする。門の閂の所にいる兵士がびくりと体を震わせながらその槍を男の方に向ける。だが男は呆れたようにため息をつき、


「やめといたほうがいいっすよ、そんなへっぴり腰じゃ間違えても俺は殺せない。でも俺は本能的に武器を向けた者は斬っちゃうんで、俺の間合いに入る前に槍を下げた方がいい。そうすれば、死にはしないっしょ」

「う、うう・・・しかし」

「あーあ。職業軍人とはいえ、元は召集された平民でしょうに。こんな辺境で傭兵相手に気張っても、しょうがないっしょ。でも、もう遅い」


 まだ門兵までは間があったはずだが、一瞬で男は門兵との間をつぶし、その首に剣を突き立てた。門兵は通常の兵士よりも重装備のため首の横は鎖帷子で守られているが、正面はがら空きである。だが門兵が反応する暇もないまま、男は門兵の首を一突きで貫いた。あまりの速度に、男が他の三人の門兵を同様に殺し終えた後で、最初の男の首から血がようやく噴き出すといった具合だった。


「あ~半端に重装備だから、一思いに殺してやれないなぁ。首を正面から刺されるのは気管を刺しても、首の血管を刺してもどっちも死ぬまで時間がかかる。思えば残酷な装備っすよねぇ、それって」

「~~」


 だが門兵は何も答えず、よろよろとしながら前のめりに突っ伏した。男のあまりの早業に、その場にいた他の兵士達は何もできず、ただ立ち尽くすのみだった。そして男が門の閂を外そうとしたその時、ロゼッタが思い出したように声を張り上げた。



続く

次回投稿は、5/18(土)12:00です。

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