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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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足らない人材、その64~戦略家⑨~

***


「よかったのかい、コーウェン?」

「何がですかぁ~?」


 問いかけたのは深紅のローブに身を纏った派手な女。帽子こそ魔女らしい三角帽子を被ってはいるが、恰好はまるで踊り子かターラムの娼婦街にある居酒屋の売り子だった。短いスカートから肉感のある太腿が見えている。胸元は大きく開けてこそいないが、明らかに主張が強すぎるその胸は、もっとゆったりとした服に身を包まなければ隠しようもなかった。

 だがこんな彼女こそ、爆炎の魔女グランシェルの弟子であるミュスカデである。彼女はれっきとした魔女としての承認を既に受けており、グランシェルの元を離れて独立していた。だが彼女は人里離れた場所に閉じこもり精霊や自然と語るのをよしとせず、自らの見聞を広めるため諸国を放浪している。その一環として、傭兵まがいの真似をすることもあった。時に、魔王を単独で征伐したこともある。

 そんなミュスカデが旅の中で出会った、一風変わった眼鏡をかけている女性。眼鏡が無ければ人の顔も見えないと言うこのコーウェンは、明らかに世慣れていない様子だった。飯場で全財産を入れた財布を使って堂々と小銭を払うあたり、危なっかしくてしょうがない。案の定ごろつき共に囲まれたところを助けて、そのまま用心棒として雇われ今に至る。今はとりあえずあてどなく放浪の旅を続けているが、いずれはどこかに拠点を構えて落ち着くことになると、ミュスカデはほんの少し前まではそう、思っていた。

 ミュスカデは魔女独自の情報網で、既に魔女の団欒の一部始終を聞いている。むしろ、生き残った魔女達が知らせてきたのだ。まだ生きている魔女に、警告を促すために。ミュスカデは師グランシェルの死を聞いて烈火のごとく怒ったが、その怒りを鎮めたのは他ならないコーウェンであった。それまでミュスカデはコーウェンのことを笑顔の多い旅の道連れ程度にしか思っていなかったのだが、初めてミュスカデはコーウェンの表情が笑顔以外の表情に変わるのを見た。コーウェンは急に真面目くさった表情になると、矢継ぎ早に質問を魔女の使い魔に繰り返し始めた。敵はどのような恰好だ、どのくらいの人数だ、何を使ってどのように魔女達は殺された。コーウェンの表情は真剣そのものであり、魔女の使い魔は矢継ぎ早に繰り返される質問に答えるのが追いつかないほどだった。

 やがて質問が一通り終わると、コーウェンは急に一人になりたいと言ってどこかにふらりと消えてしまった。そして翌朝に姿を再度現したコーウェンは、急にあれこれとミュスカデに指示を飛ばし始めた。何事かと思ったミュスカデだったが、コーウェンはただ一言、


「師の仇を討ちたいなら~、私の指示に従いなさい~」


 とだけ言い放った。その時のコーウェンの目があまりにも迫力があったので、ミュスカデは思わず彼女の指示にそのまま従ってしまった。

 コーウェンの行ったことは基本傭兵の依頼を積極的に受けたことだが、その全てでことごとく成功を収めた。コーウェンの恐ろしいところは色々ある。時には山賊100人をたった5人の傭兵で殺すことなく全員確保したし、また直接何をすることもなく魔物の群れを罠にかけて全滅させたこともある。交易の方法、またその新規開拓、田畑の耕し方、人探しまで、コーウェンは何でもこなしてみせた。中でもミュスカデが感心したのは、10年続く地方領主同士の小競り合いを、口先三寸で丸め込んだことだ。時に威圧的に、時に柔和に。コーウェンは兵を指揮しての戦いから舌戦まで、見事に行ってみせた。もはやミュスカデはコーウェンを、ただの間延びした口調の茫とした娘だとは思っていなかった。

 そしてコーウェンが次に向かうよう指示したのは、この戦場である。ミュスカデはコーウェンが傭兵を集めてそのまま戦いに加わるのかと思ったが、何を考えているのかコーウェンはギルドに戦場への参加登録をしないまま、直接この前線に赴いた。そんなことをすれば何か功を立てても報酬は支払われないし、万一の時の保証もない。戦闘に巻き込まれて野垂れ死にだってありえるのだ。ギルドで何かしていたとばかり思っていたが、一体何をしていたのか不明のままである。だがコーウェンの数々の驚くべき実績を見たミュスカデは、そのまま彼女に従った。

 だがそろそろ限界だろうか。サラモ砦の負傷者はみるみる増え、砦は既に機能していないにも等しかった。さらにミュスカデが魔女だからこそわかる、昨晩の戦闘の異常さ。小山が一つ吹き飛び、森が燃え盛った異常な魔力の集積。あの場所が天陥でなければ、この乾燥地帯の事。火はまたたく間に一面に燃え広がったであろう。長年かけて育てた木があるこの比較的緑豊かな国境地帯まで、またしても焼け野原と化すところであったのだ。まだ精霊達は昨晩の余韻でざわめいている。

 あれほどの魔術、いや魔法を使う者がいるとはとてもミュスカデには考え難かったが、事実は事実。驚きながら一睡もできずそのまま朝を迎えたのだが、コーウェンの方はぐっすりと眠っていた。何が起きたかは戦場中に放った使い魔を通して調べてはいたが、ミュスカデが声をかけても、


「大丈夫ですよ~、私達の出番は明日以降ですからあ~。今はしっかり寝ないとね・・・ぐー」


 とだけ言い残して、堂々と寝ていたのだった。ミュスカデはコーウェンの図太さに呆れたが、今さらであった。

 そして今、彼女達は認識阻害の魔術を使って砦に半ば隠れるようにして滞在していた。もうそうしてはや5日になる。ギルド登録していないのだから仕方ないと言えばそれまでだが、軍の食料を適当にかっぱらいながらも居座るその堂々たるあつかましさに、ミュスカデはもはや尊敬の念すら覚えるほどだった。自分も、また師匠であるグランシェルも相当厚かましい人間だったが、節度はわきまえているつもりだった。

 だが朝になるとコーウェンは突如としてこの砦に雇われている傭兵団の所に赴き、何かしらの交渉をしようとした。団長の代わりとかいう男に話を耳打ちすると、男の顔が一つ険しい表情になっていたのを覚えている。

 だがその場はあっさりと引き下がると、再び砦の一画を間借りして待機するようコーウェンは指示した。ミュスカデがそろそろ徹夜の疲れから転寝うたたねを始めると、突然コーウェンの目がかっと開いた。


「・・・来ましたよ~」

「え?」


 コーウェンはミュスカデの返事を待たず、周囲の様子をうかがった。見れば、正門の方で何やら騒ぎが起こっているようだった。


「ん~、予想してたのとはちょっと違いますが、これで動きはあるでしょう~」

「なあ、何の話だ?」

「この砦は襲われています~ほどなく陥落するでしょう~」


 ここに来ても間延びしたコーウェンの口調に、ミュスカデの口が思わずあんぐりと開く。


「陥落するって・・・私達はどうするんだ? 戦うのか、逃げるのか?」

「落ち着いてください~、私達がどうするかは状況次第です~。でも高い確率で貴女にも戦ってもらいます~」

「私に? 人間相手に力を振るえと?」

「いえいえ~、貴女のは人間相手には力を使わせませんよ~。今回はもっと別の相手~、だから貴女しか連れてきていないんです~」

「?」

「細かい話は後でしましょう~まずは絶好の場所に向かわないと~」

「正門か?」

「いえいえ、砦の本丸ですよ~」

「??」


 コーウェンが考えていることがよくわからず、首をかしげながらもミュスカデはコーウェンに従い、砦の一画から足早に出ていくのだった。



続く

次回投稿は、5/16(木)12:00~です。

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