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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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足らない人材、その62~戦略家⑦~

「(ちくしょう、私の手で殺せなかった。きっとルナティカが殺したんだろうな。私はこれで一生あの男に勝つことができない。勝てない事が、こんなに悔しいなんて知らなかった・・・私はもっと鍛錬をしなければ)」


 エルシアは生き延びた嬉しさに安堵するよりも、ただケルスーを殺せなかった一点だけに囚われていた。ケルスーがどのくらいの傭兵だったかも関係なく、今はどうすればあの男を殺すことができたかだけを考えていた。その性格が、彼女にとっていつも助けになり、そして災いにもなるのだが。

 エルシアの傍ではゲイルが鼾をかいて寝ており、ユーティはいまだに頭の上でしょぼくれていた。エルシアはふっと思いついたことに、頭の上のユーティをひっつかむ。


「ぎゃっ! ちょっと、やさしく扱いなさいよ」

「うるさいわよ、ちんちくりんの役立たず妖精のくせに」

「あんたより役に立つわよ! こう見えて私はねぇ・・・」

「どうせ私は役立たずよ! だから教えなさい、私には何が足らないかを」


 エルシアの怒りながらの質問にユーティも負けじと応戦したが、今までにないエルシアの目の光に覚悟を見て取った。


「今度は本気なのね?」

「ええ、これ以上惨めな思いをしたくないの」

「なら何もしない事よ、今はね」

「なんですって?」


 ユーティを握るエルシアの手に思わず力が入る。


「ふんぎゃあああ! ちょっと、本当に死んじゃうから!」

「そんなことよりふざけんじゃないわよ! 何もするなってどういう事よ」

「足手まといだって言ってんのよ! 今のあんたじゃね!」


 エルシアの剣幕も凄まじかったが、ユーティも負けじと言い返した。


「アタシはアルフィ達をあんたより長く見てきてる。アルフィ達が何と戦っているのかも知ってる。彼女達が戦っているのは想像をはるかに上回る化け物よ。人の命は愚か、国や精霊すら何とも思っていない。必要とあれば真竜すら、いえ、存在するのならば神と言われるような創造主すらも彼らは殺すことに躊躇はないでしょう。あんなものと対峙するからには、生半可な覚悟じゃあだめなのよ。

 あんたが肩を並べようとしているのはそういった人物達なのよ。あんたじゃまだ何もかも足らな過ぎる。実力も、覚悟も。もしあんたが本当に彼女達の傍で戦いたいと願うなら、鍛錬をサボるようじゃ論外だわ。いえ、どれほど鍛錬を積み重ねても結局、肩を並べることは本当に意味ではかなわないのかもしれない。それでも果たしてあなたは剣を取り、戦う覚悟があるのか。覚悟すらままならない人間じゃ、今剣を取る資格はない。少なくとも、今剣をとっても無駄死にするだけ。それはやめなさい」

「・・・」

「いいこと? これは強制じゃないわ。あんたはもし戦うことを放棄しても、誰も馬鹿にしない。特にアルフィ達はそうよ。彼女は良い意味で貴女を一人前として扱ったわ。知ってる? アルフィはあんたを探すために人を割くのを止めたそうよ。ある程度あんたは目端が利くとわかっていて、そして剣を取ったからには死ぬ覚悟もしなさいと暗に言ったのよ。もっともその事は事前に伝え、あんたがきちんと理解していると思ってたのでしょうね。

 もしあんたのことをただの子どもだと思っていたら、アルフィはあんたを探しに来ていたでしょう。あんたはどっちがよかった?」

「・・・るさい。うるさいうるさい!」


 エルシアは叫びながらゆーてぃをぽいっと放り投げた。天幕の柔らかい壁に当たってユーティは回転しながら体勢を整えた時、エルシアは泣いていた。


「何よ、皆知った風な顔ばかりして! 私だってそんなことくらいわかっているわよ! でもしょうがないじゃない、私は私なんだから。そんな器用に立ち回れないし、それでもやらなきゃいけないってわかってるけど――」

「エルシア、あんたさ・・・めっちゃわがまま」


 エルシアが半狂乱のようになってわめくのを、ユーティはばっさりと切って捨てた。そしてリサのように、お手上げ状態で首を横に振る真似をする。


「アタシも大概だけどさぁ、分別くらいあるつもりよ。それをあんたはピーピー、ピーピーと。根菜で死ぬまで頭を叩いてみたら? ちょっとは頭がよくなるかもしれないわ」

「なんですってぇ!? もういっぺん言ってみろ!」


 エルシアはユーティを掴もうとしたが、今度はユーティはエルシアの手の届かない範囲に逃げた。


「はっはーん、捕まえてみなさいな。だけど人間じゃこの高さまで届かないでしょう?」

「言ったわねぇ~」


 エルシアはその変にあった適当な小さな石を掴むと、それを指ではじいてユーティにぶつけた。ユーティは小さな石にぶつかって、ぎゃん、と悲鳴を上げる。


「ちょ、あんた! 何すんのよ!」

「ざまぁみろ! 私を馬鹿にするからだ!」

「こいつ! 妖精に向かって、なんて罰当たりな!」

「どうせ鍋の妖精でしょう? 今夜のダシにでもなるがいいわ!」


 そうして二人がすったもんだの喧嘩をしている時、突如として地響きが起きた。二人は顔を見合わせると、今度は剣幕を変えて一目散に外に向かったのである。


***


 アルフィリースが眠った後、ラインは軍務と傭兵団の対応に追われていた。負傷者は多く、また戦死者も多数出た。士気が下がる事この上ないが、幸いにしてまだ元気な者も多く、また砦には自分達専用の備蓄を多数残しておいた。これだけあれば負傷者の手当てもできるし、状況を整え直すこともできる。また、撤退するにしても事欠かないだろう。

 だが撤退はあるまいとラインは考えていた。アルフィリースの今回の戦に対する考えをはっきりと聞いたわけではないが、なんとなく想像はついていた。もし戦場で『天駆ける無数の羽の傭兵団』の名前を一気に売るとしたら、ここしかない。これ以上の機会に恵まれることは、もはやそうあるまい。

 普通なら、もっとじっくりと時間をかけて下地を作り、名前を売る。だが相手の状況がそうさせてくれない。今回敵が使ってきた魔王は、以前とは比較にならないくらい完成度が高くなっていた。それに敵の戦力。あれほどの力を見せられると、悠長に傭兵団を大きくするなどという考えをアルフィリースが持つはずはないと、ラインは考えていた。


「(正念場だな・・・傭兵達の士気は正直下がっているだろう。あれほどの化け物の競演を見せられれば、普通は萎える。だがそれが普通。問題はどうやってここから盛り上げるかだが)」


 ラインは簡単な指示を飛ばしながら、そちらの考えに思考の大半を割いていた。そしてあらかたを元気な人間に任せられるようになると、熱い黒豆湯コーヒーを飲みながら本格的に悩み始めた。


「(士気は低くとも、俺達が命令さえすればこの傭兵達は戦うだろう。俺達の士気能力を疑われるほど負けたわけじゃない。だが、はたして俺達の名前が上がるほどの戦功とはこの場合なんだ? もはや戦場は手づまりだ。今日にでも両陣営が休戦の交渉に入るだろう。クライアの地形はこの地域以降、徐々に砂漠化する。そうなればゲリラ戦を展開できるクライアが圧倒的に有利だし、ヴィーゼルとしても土地を奪ううまみが少なくなる。クライアは一部肥沃な土地を失うが、それで済むなら御の字だろうな。失った土地は、また外交交渉で徐々に取り返せばいいわけだし。

 そうなれば俺達はほぼ用済み――裏工作なんかでの出番はあるかもしれんが、元々クライアはそういった手管に長けた国だ。傭兵を使わずとも、動かせる兵士はいるだろう。ますます俺達の出番はなさそうだが、はたしてどうするか・・・どうにもクライアがきな臭いのは確かなんだが、それらを知るだけの後一手が足りんな)」


 ラインはコーヒーをすする。


「(それに森の中で襲ってきた透明な兵士達。俺はあいつらをおそらく知っている・・・どうしてこんな遠方に奴らが? いや、何か奴らが介入するだけのものがこちらにはあると? だが)」

「静かに」


 ラインは背後から突然起こった声を何かと考える前に、腰の短剣を背後に突き出していた。だが背後の者も速い。剣は同時に互いの喉に突き付けられる格好になった。だがラインの方は確かに剣を喉に突き付けられていたが、ラインの剣先はどこにあるのかいまいち不明だった。なぜなら、相手の姿は透明になっており、天幕の白に溶け込んでいたからだ。ラインの喉元に突き付けられる短刀の切っ先だけが、わずかに視認できた。

 ラインは冷静さをまだ崩していない。侵入者に明確な敵意があれば、既に死んでいるだろうことは予想が付いたからだ。この何者かにすぐに自分を害するつもりがないことは明白であった。一つわかることは、相当の手練れということだけ。ラインは冷静さを崩さず、何者かに問いかける。



続く

次回投稿は、5/14(火)12:00です。

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