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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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足らない人材、その60~戦略家⑤~

***


 ライフレスの魔法の巧妙とでもいえばいいのか。対センサー妨害の魔術が一帯から消え失せたおかげで、アルフィリース達はリサの指揮の元、あっさりと砦に帰還した。サラモ砦に帰還すると、砦は蜂の巣をつついたような喧騒の真っただ中であった。砦にはひっきりなしに負傷者が運び込まれ、誰の手も血の付いた衣服や包帯で一杯になっていた。

 アルフィリース達は正規軍の十分な支援が得られないであろうことがわかると、彼らを無視してさっさと砦の一画を占拠して自分達で治療に入った。アルフィリース達にも回復魔術を心得た仲間は何人かいるが、とても手の足りるものではない。留守番していた仲間に主に治療に当たらせ、アルフィリース自身は簡単な指示だけ出すと横になるため仮設のテントにいち早く入って行った。この状況では官舎など使わせてはくれないだろうと思ったのだ。むしろ戦果についてはただちにグランツなどに報告すべきであろうが、今はそれすら煩わしいと思うほどにアルフィリースは疲れていた。

 だがそこに追いかけるようにしてラインが入ってくる。


「アルフィ、ちょっといいか」

「何よ・・・さすがに私も限界よ。少しだけでいいから眠らせて、細かな指示は任せるから」

「オズドバのおっさんにはそう言っておくし、グランツとかいう遅れてきた司令官殿はごまかすのでいいんだが、お前にお客さんがいるんだ」

「誰?」


 アルフィリースは既にまどろみかけながら生返事をする。ラインはどっちにしてもアルフィリースに判断能力がない事を悟ったので、要点だけ説明した。


「大人しそうな眼鏡の女史だ。後ろにゃなんだか嫌に派手な女を連れてやがる」

「眼鏡・・・派手・・・駄目だ、何も考えられない。知り合いじゃなければ少しだけ待たせておいて」

「わかったよ、用件だけ聞いておいてやる。確かにお前は少し寝た方がいいな。元々見られた顔じゃねぇが、ますますひどくなってやがる」

「うるさい、わね」


 ラインは自分の軽口にアルフィリースが付き合う余力すらない事を悟ると、天幕の外にさっさと出ていった。アルフィリースはテントの外の会話に耳を立てたが、一部しか聞こえてこない。


「(要件は・・・なんだと・・・襲撃・・・が・・・裏切り・・・敵は――根拠・・・)」

「(あ、もうだめ)」


 アルフィリースはなんだか大切な話をしていると本能で察したのだが、そのまま抗えない深い眠りへと誘われていった。


***


「うわあっ!」


 物静かな天幕の静寂を斬り割くような声の主はエルシアであった。彼女はかけられていた薄い毛布を吹き飛ばすように起きると、反射的に武器を探して周囲を手探りで探した。

 そして武器がない事に気が付き蒼白になりながらも身構え、その後に自分がどこにいるかにようやく気が付いた。


「ここは・・・」

「サラモ砦だよ」


 天幕の端からレイヤーの声がする。エルシアははっとしてそちらを向くと、レイヤーが静かに薬草をすり潰しているところだった。

 慣れた手つきで薬草をすり潰すレイヤーは、薬研やげんの中身を薄布にくるむとまだうなされるゲイルの傷口にそっと当てた。ゲイルの表情が少し和らぎ、寝息が穏やかになる。レイヤーは一通りの作業を終えたのか、道具一式を片付けてエルシアに向き直った。


「二人が無事でよかった。前線はひどいことになっているって聞いたから、気が気じゃなくて」

「・・・別に、大したことないわ」


 エルシアは強がってみせると、その場に勢いよく横になった。だが急に動かした体は横になった衝撃も、体がまるでばらばらになったかのように響く。エルシアは一人声にならない悲鳴を上げた。レイヤーはその様子を見てため息をつく。


「エルシアがそういう風にぶっきらぼうになる時は、だいたい強がっている時なんだよね」

「うっさいわね! 何が言いたいの?」

「強がれるだけの元気があるなら大丈夫だねって、言いたいのさ」


 レイヤーは薬研を持ってその場を出て行こうとする。エルシアはそっけないレイヤーの態度に、思わず声をかけた。


「待ちなさいよ。あんたが看病してくれたの?」

「手伝っただけさ。あ、エルシアの手当てはもちろん女性がしてくれた。そうじゃないと失礼になるからね」

「失礼って・・・」


 エルシアは自分の恰好を見ると、包帯が申し訳程度にまかれているだけで、肌着すら纏っていない自分に気が付いた。エルシアは先ほどとは別の意味で声にならない悲鳴を上げると、毛布にくるまってレイヤーの方をじろりと見た。


「・・・見た?」

「見ないようにはしたよ」

「見たんじゃない!」


 エルシアは何か物を投げつけたかったが、生憎と周囲には何もなかった。レイヤーは軽く笑いながらその場を去ろうとした。


「まさか、アンタが助けてくれたの?」


 エルシアの問いは唐突で何の根拠もなかったが、エルシアはなんとなくそんな気がしたのだ。あの状況、あの場面でレイヤーにそんなことができるわけがないと頭では思っていたのだが、口はなぜかそのような言葉を発した。

 レイヤーは振り返らずに答えた。



続く

次回投稿は、5/10(金)13:00です。

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