初心者の迷宮(ダンジョン)にて、その16~悪霊の婚姻~
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――そして3日後――
「キャーハハハ! 連絡がとれないと思ったら、こんなところにいたのぉ、ライフレスってば」
「……なんだ、ブラディマリアか……」
「なんだとはご挨拶ねぇ」
ニコニコするブラディマリアに、ため息をつくライフレス。
「下はひどい有様ねぇ。よくもこれだけやらかして誰も気づかないもんだわ」
「……三日三晩結界を張り続けた僕の身にもなってくれ……それに暴れたら君の方が酷い……」
「ごっめぇん! そうかもぉ、キャハハハ」
眼下の村はもはや残骸となり、美しい森も形を変えてしまった。。しかも悪霊の二人が暴れたことで、土地はかなり汚染されていた。浄化をよほど丁寧に行わない限り、再び生きた森になることはないだろう。
また、ライフレスが認識阻害の魔術を使っているのに、なんの関係も無く結界の中に踏み込んできたブラディマリア。ブラディマリアとライフレスは、お師匠の元に集う前からの知り合いだが、今さらながらまったく恐ろしい女だとライフレスは再認識する
「……で、なんの用? ……」
「決まっているじゃない、ドゥームちゃんが上手くやっているかの確認よぉ。本当ならあの程度の小鬼、アタシたちの仲間に必要ないじゃない? でも手駒が足りないってことと、陽動も兼ねてわざわざ仲間にしたのよ? でも役に立たないようなら、処分しちゃうのがイイと思わない?」
「……その役目は僕のはずだが? ……」
「ライフレスちゃんはなんだかんだ優しいから、情がうつるかと思って。で、どっちが勝ったの?」
「……見てのとおりさ……」
「まあそれはそうよね~ここで負けるようなら消滅させるだけだし」
眼下では少女の右半身部分が消し飛んでおり、地面に突っ伏していた。大してドゥームは無傷どころか、息一つ切らしていなかった。丸三日かけて、ついにドゥームは少女を自分の足元に這いつくばらせることに成功した。実力差はあったのだが、三日もかかったのはドゥームが完全に遊んだからだ。そんな勝者の余裕をもって、少女に問いかけるドゥーム。
「どう、遊び足りたかな??」
「……全然足りない」
「ふ、フフフ、アハハハハ!!」
ドゥームの質問に即答する少女。それは彼女の偽らざる気持ちだったのだが、逆にそれがわかったからこそドゥームは腹の底から笑えた。
「いいね、イイね! キミは最高の女性だ!」
「あらら、ドゥームちゃんってばおかしくなっちゃったかしら?」
「……もともとおかしいけど……行ってみよう……」
ブラディマリアとライフレスも下に降りる。その二人すら気にならないほど、ドゥームは笑いが止まらないようだ。
「……どうしたの……」
「聞いてくれよ! ボクは人生の伴侶を見つけた気分だ!! こんなに嬉しいことはない。フフフ、アーハハハハハハ!!」
「本格的におかしくなっちゃった?」
「ああ、ブラディマリアじゃないか!? だってさ、この子はこれだけ森や村、人を壊しておいて全然足りないって言うんだよ? 僕は自分がイカれてる自覚はあるんだ。だから世の中のイカれた連中といっぱい遊んでみただけど、彼らはいつもちょっと殺しただけですぐに満足しちゃうんだよね。だけどボクはいっっっっつもどれだけ壊しても足りないと思っていた。もうそれはそれは、壊したくて壊したくて壊したくて壊したくて壊したくて壊したくて壊したくて壊したくて壊したくて――たまらなかったんだ! だから今この子に会えて嬉しいんだよ、僕の趣味に最後まで付き合える女の子は諦めかけてたんだけどね!」
腹と顔面に手を当てて狂ったように笑うドゥーム。そして突然ぴたりと笑いやむと、倒れて再生中の少女に歩み寄り、紳士的に手を差し伸べた。
「お嬢さん、よろしければ僕と結婚していただけませんか?」
「きゃあ~プロポーズしちゃったぁ! ス・テ・キ」
「……雰囲気も何もあったもんじゃない……さっきまで殺し合ってたのに……」
目をキラキラさせて成り行きを見守るブラディマリアと、呆れ返るライフレス。だがドゥームはいたって真剣であり、いっそ歯がキラリと光りそうな勢いだ。だが少女の返事は、
「……イヤ」
「キャーハハハ! ふられちゃったぁ!」
「……当たり前だ……」
だが断られたドゥームの返答は、彼らの予想の斜め上を行くものだった。
「うーん、結婚式と新婚旅行はどうしたらいいのかなぁ……だいたい結婚式って、誰に仲人を頼もう? それに子ども最低三人は欲しいし、そうすると新居の問題もあるな。大きいほうがいいけど、すぐにまとまった収入があるわけでもなし、とりあえず賃貸か? 敷金、礼金をとりあえず稼がないと……だが夢は丘の上の一軒家だ!」
「ドゥームちゃんってばまったく人の話を聞いてなーい! お、面白すぎよ~キャハハハ!」
「……それに意外と家庭的で、小市民な望みだな……」
一人で人生設計を悩み始めたドゥーム。ブラディマリアは抱腹絶倒の状態で、ライフレスでさえクスクスと笑っている。そしてドゥームは考えがまとまったのか、まだ半身を再生しきってない少女を抱え起こし囁く。
「さってと……花嫁さん、僕達の新婚生活にお望みはありますか?」
「……イヤ、もっと遊びたい」
そしてあらん限りの力でドゥームの体をねじ切りにかかる。だがいかほどに力を込めてもドゥームがダメージを受けている様子はない。
「もう、おてんば娘だなぁ! でもこのままじゃ見栄えが悪いからまずは体を治して、と」
「!」
瞬間少女の体が再生する。消滅しかけていたのだが、力が瞬間的に戻りさすがに驚きを隠せない少女。
「心配しなくても沢山遊ばせてあげるよ? むしろ結婚前よりもっとね。僕は花嫁さんを家に閉じ込めたりしない。むしろ二人で色んな所に遊びにでかけないか? ただその遊びに僕も参加させてほしいし、僕の遊びにも付き合ってほしいわけさ。それならどうかな?」
「……遊んでいいの?」
「今までよりもっと沢山。そして派手に」
「なら……いいわ」
「やったね!」
「キャハハ、感動的な瞬間ね」
「……ここだけ聞いていればね……はた迷惑な夫婦の誕生だ……」
ドゥームは喜びのあまり、少女を抱きしめてくるくると踊っている。それをブラディマリアは拍手で祝福し、ライフレスは腕を組んで見守っている。
「……話がまとまったところで、そろそろ次の仕事に行ってほしいんだけど……」
「わかってるって! おいで、インソムニア、リビードゥ」
ドゥームの後ろに現れる二人の影。インソムニアと呼ばれた一人は地面について流れる長い髪を伸び放題にした女。余りにも長い黒髪で顔は見えないが、かすかに除く口は何かしらをずっと呟いている。陰湿そうで、他を拒絶するどす黒い印象を与える。
もう一人、リビードゥはやはり黒髪だが、こちらは妖艶、淫乱を絵にかいたような女で、深紅の口紅に、服の素材も全て透けた肌着のようなものを一枚着ているだけだった。美人は美人だが目の焦点が中空に合ってしまっており、まさに狂人。
「……その二人は?……」
「僕が本気で暴れるときの部下さ。食欲、睡眠欲、性欲は人間の三大欲求だろう? マンイーターも含め、彼女たちはそれを象徴するような悪霊でね。既に団四階梯に到達しているし、マンイーターと違って普段は好き勝手させてるんだけど、この三日のうちに呼び寄せておいた。ただぼやっと戦ってたわけじゃないんだよ、僕もね」
ちちち、と指を左右に振って見せるドゥーム。
「さてと、これでようやくミリアザールの所に行けるよ。これが婚前旅行ってことでよいかな? えーと、君の名前はなんだっけ?」
「――オシリア」
「たしか南方における死の女神の名前だったっけ? 死の女神と同じ名前なんて、とても素敵だ! ますます僕の奥様にふさわしい」
さらに上機嫌になるドゥーム。そしてくるりとライフレスを振り返り質問する。
「できるのなら、そのままアルネリア教自体を潰してもいいんだっけ?」
「……できるならね……ところでリサちゃんはどうするんだい……」
「あー、リサちゃんね! もちろん覚えているし、調べていますとも! たしか、あの子が大切にしている子どもたちが今、ミリアザールの所にいるんだよね? あの子たちの首を歳の順に彼女の前に並べたら、リサちゃんはどういう顔をすると思う?」
ニタリと陰惨な笑みを浮かべるドゥーム。その彼の意図を理解したのか、彼の部下の女たちやオシリアまでクスクスと笑い始める。
「すごく、すごく楽しみだよ。フフフ」
「……まぁ余計なことに気を取られて、肝心なことを失敗しないように……」
「了解だ。じゃあちょっと行ってくるよ!」
まるでピクニックにでも行くかのような軽い雰囲気で姿を消し、戦いの場に赴くドゥームとその配下達。手を振って送り出した後、残されたライフレスとブラディマリア。
「ほほ、とんだ小鬼よな。妾【めかけ】たちはともかく、あれほどの大悪霊に目をつけられた人間などひとたまりもあるまい。並みの人間では到達し得ぬほどの苦痛が待ち受けておるぞえ」
「……その口調は……いいのかい、ブラディマリア……」
「そちこそ、その間延びした口調でなくてもよい。ここには妾たちしかおらぬし、昔通りでよい」
「……ふう。ならそうさせてもらおう。力を押さえるためとはいえ、疲れるものだ」
口調だけではなく、纏う雰囲気までが変わる二人。これが本来のこの二人の姿である。
続く
次回投稿は11/29(月)12:00です