足らない人材、その58~戦略家③~
「副隊長、大丈夫ですか!?」
「慌てなくていいのよ~? 簡単な仕事だったからぁ」
マルグリッテはいつもの軽薄な口調と、笑顔で答えた。団員達もほっとして地べたに転がる死体を見る。
「こいつがグンツですか? イーラの仇の」
「そうなんじゃない? 手配書の通りだし、私も一度顔を見ているし。間違いないわよぅ」
「でもさっきは顔を見る前に剣を・・・」
「うーん、九割確信はあったけどぉ、間違えてもいいかなって」
マルグリッテのその言葉に、団員が凍りつく。
「は・・・? 副隊長、今なんと?」
「間違えていても別にいいのぉ。この戦場の空気ぃ、明らかに普通じゃないし。他の傭兵団やクライア、ヴィーゼル軍も既に撤退しているわぁ。この戦場を今だにうろうろしているなんて、明らかにまっとうな連中じゃないのよぅ。
それにヘカトンケイルの正体に関しては、既にギルドから警告がいくつか出ているのよ。見なさい?」
マルグリッテがヘカトンケイルの兜を割ると、底からは一つ目の明らかに人間では無い者の顔が出てきた。アテナの団員達が小さな悲鳴を上げる。
「これは・・・!」
「未確認の亜人、もしくは魔王に連なる者ってとこかなぁ。どっちにしてもギルドもおかしいと思ったのか、これからヘカトンケイルに関してはその正体を各自で確認してくれってことよぉ? でも連絡が徹底できてないし、小さなギルドにはしばらく雇われるかもだから、各傭兵団の長ぐらいにしか連絡が来てないの。彼らってどこにでも現れるし、それに今の所正体はともかく、雇い主や仲間とは全く揉めていない。だからギルドとしても、彼らを排除する理由に決定的に欠けるってわけ」
「どうして最初にこんな奴らをギルドは認可したのでしょうね」
「傭兵なんて食い詰者、犯罪者の巣窟じゃない? いちいち身元確認なんてできないわよぅ。認可に関して正直ギルドはザルよねぇ。申請さえあれば、犯罪者でも受け入れるのがギルドの性質だからぁ。
なんにせよ、ヘカトンケイルといるような奴なんて、後ろから警告なく刺してもこちらが心を痛める必要なんてないの。わかったぁ?」
マルグリッテの言い方に一応団員は頷いたが、彼女達はしんとしていた。自分達の隊長の容赦なさに、改めて身がすくむ思いだったのである。
「副隊長。それでこいつの死体は? ギルドからは懸賞金も出ていますが」
「懸賞金のためにやったんじゃないわぁ。イーラの死を汚さないでぇ? それにもうすぐここも炎が回るからぁ、放っておいても処分されるわ。こんな奴に火葬なんてもったいないけどね」
「もう一人、この男は?」
団員の一人がリディルを指さす。マルグリッテは少し悩み、
「放っておきましょう? 助ける義理もないし、依頼外よぉ。厄介ごとは背負いたくないわぁ」
「わかりました」
団員達はそれ以上は何も言わず、その場をすばやく後にした。部隊アテナがいなくなると、アノーマリーがひょっこりと森の中から姿を現す。
「怖い女の子達だねぇ。ボクは彼女達みたいな強い女性達に殴られてみたいけども! 君は違うんじゃないのかい、グンツ?」
「・・・たりめーだ」
生首になったグンツは目をかっと見開き、その胴体がむくりと起き上る。そして胴体はのろのろとした動きながら正確に自分の首の位置を探り当てると、その首を体に戻した。
「ふう、本当に死んだかと思ったぜ」
「首を落とされても心臓を刺されても死なない。そう説明したろ?」
「わかっててもこえぇもんだ。強くなってもかわらねぇな、それだきゃよ。よう、お前達は不死身なんだろ? どうやって死の恐怖を克服したんだ?」
グンツにしては珍しく殊勝な質問だったが、アノーマリーはいつもの通りおどけて応えた。
「知らないよ、いまだにボクも死ぬのは怖いもの。だけど好みの女の子に殺されるのは快感に等しいねぇ」
「お前に聞いた俺が阿呆だったな。頭が痛くなりそうだ」
「性癖はボク達真逆に近いものね。で、リディルを回収しに来たわけだけど、君はどうする?」
「あー、そうだな・・・」
グンツは利き腕を元に戻そうとして、ぽいと放り出した。今まで自分の腕だったものに対し、執着は微塵も持っていないようだった。
アノーマリーが面白そうにその動作を見ている。
「よう。落ちた代わりの腕、なんてものはくっつけてくれるのかい?」
「もちろんさ。だけどつけた後で元に戻せ、なんて無理だかね?」
「ああ、構わんぜ。どうせまっとうな世間にゃ戻れねぇんだ。こうなったらとことん強くなってみるってのもよさそうだな。それにさっきの女達には、首を落とされた分だけは復讐しなきゃ気が済まん」
「生き甲斐があるっていいことだよね。それに腕ってことならとっておきのが一つある。もう素材はある程度抽出したから、残りは君にあげるよ。きっと気に入るさ」
「だといいがな」
グンツは大して期待してもいなさそうにアノーマリーに返事をしたが、アノーマリーは生き生きとしてグンツを引き連れその場から消えた。
***
「ヴァルサス、よかったのか?」
「何がだ」
「いや、あの嬢ちゃん達と別れちまってよ」
「・・・」
ゼルドスの問いかけにヴァルサスは何も答えなかった。なぜならば、ヴァルサス自身もどうすべきだったかという正解についてはまるで自信がなかったからだ。
ただ一つ確信めいたものはある。それは、全ての疑問に答えがでるのはまだ先ということだった。だが鍵は見つけた。今はそれだけで十分であるとヴァルサスは考えていた。焦っても良い結果はもたらされない。今はまだ耐える時だとヴァルサスはみていたのだ。
だがそのようなことなどわからぬゼルドスは、再度急かすように尋ねる。
「ヴァルサス」
「俺に聞くな。俺は頭が良い方ではない。頭を使うのはベッツでありカナートであり、またグロースフェルドであるだろう。俺はただ眼前の敵を切るだけだ」
「そう簡単に割り切ってもらっては困ります、団長。貴方には我々を導く旗印でいてもらわないと。貴方が団長になった時、そう説明したはずです」
ベッツがうんざりした様子で叱責した。ヴァルサスはいつもそうだ。野生的な勘を元にいつもすんでのところで危機を回避してはいるものの、戦いに一度入ると指揮官ではなく、一介の戦士にすぐ戻ってしまう。彼の暴れた後始末を、何度ベッツやカナートが引き受けてきたことか。
それでも通常の敵ならば良い。だが今回はさすがに事情が違うだろうと、団員の誰もが思っていた。ヴァルサス自身の勘と、まさかのミレイユの機転により全員が事なきを得たものの、そうでなければあの混迷の戦場では犠牲者が出ていてもおかしくはなかった。何があったのかまだヴァルサスは説明していないが、ヴァルサスは何らかの確信を得ているようである。こういう時は全員が内心もやもやとしてものを抱えつつも、ヴァルサスの言葉を待つのが通常であったのだが。
待ちかねたように、ベッツが団員皆の気持ちを代弁した。
「団長、説明してください。今回の戦争は一体なんなのです? 敵はなんだったのです? 山が吹き飛んだ理由は、森が消えた理由は?」
「一度に聞くな。答えきれん」
「では何度でも聞きますから、歩きながらでも説明を」
「そうしたいのは山々だが、まだ危険が去ったとは言い難い。いち早く安全圏まで非難することが必要になる。俺達はこのまま戦場を抜ける。詳しい説明は後だ」
「抜ける?」
その言葉に全員がどよめいた。ヴァルサスが戦場の見極めをせずに脱出を図るなど、初めてだからだ。ベッツが小声でそっとヴァルサスに問いかける。副団長として彼の補佐をする立場ではなく、一人の師として、戦友として。
続く
次回投稿は5/6(月)13:00です。