足らない人材、その57~戦略家②~
「まあもう一つ面白いことがオーランゼブルからはわかりそうなんだ。そのことは後のお楽しみってことで。で、それとは別に一つ頼みがあるんだけど」
「マンイーターの代わりの体ってこと?」
「察しが良くて助かるよ。何かあてはある?」
「アイラーヴァタほどの逸材の魔獣となるとなぁ・・・それこそ真竜級じゃないか。そうそう見つかるものじゃないよ」
「真竜級・・・なるほど、そうか。その手があったか」
ドゥームは何かを思いついたようだった。アノーマリーの目が輝く。
「何か思いついたようだね」
「ああ、面白いことをね。すぐにわかるさ」
「あの計画のことだね」
「まぁね」
「今さらだけど、他の彼らを巻き込むことに意味があるのかい? もしオーランゼブルにばれたら・・・」
「それはそれで面白いさ。オーランゼブルに馬鹿にされっぱなしでは終われない。それは君もそうだろ?」
「ボクはどっちでも。今の研究が進むなら、別に誰に利用されていても関係ないよ」
「僕は我慢できない、なんとしてもオーランゼブルに仕返しする。その他の事なんか、今は知ったことではないね」
ドゥームの思わぬ執着に、アノーマリーは少しびっくりしたような顔をした。
「へー・・・君にも執着ができたんだねぇ。オシリアのためかい?」
「それもある」
「別にいいけど、過度の執着は身を滅ぼすよ。特に相手はハイエルフの長だ、一筋縄じゃいかない」
「わかってる」
ドゥームは頷くと、ふっと何かを思い出し様な顔をした。
「どうしたの?」
「あれ、何か忘れているような・・・」
「君もかい? ボクもなんだけど、はて何だっけ?」
「う~ん・・・」
「?」
オシリアは二人の悩みがわからず、悩む二人を交互に冷たい目で見比べているだけだった。
***
そして彼らが忘れている物は、共通の人物であった。
「くそ、さっきの衝撃はなんだったんだ・・・咄嗟にヘカトンケイルを盾にしなけりゃ死んでたぞ」
リディルをヘカトンケイルに担がせ、グンツは森の中をいまだに彷徨っていた。脱出しろとは言われ、ただならぬ事態にその場を離れたのはよいものの、よく考えれば特に合流地点を指定されたわけでもない。とりあえず近隣の知っている町か村に行こうとは思うが、いかんせん今がどの場所なのかもわからなかった。森全体に火の粉が飛び散ったせいで周囲が明るすぎる。空にある星を頼りに方向を知ろうにも、見える星の数が少なかった。
「森は燃えるし山は吹き飛ぶし、冗談じゃねぇぜ、ったく・・・よう、お前もそう思うだろ?」
「・・・」
だが隣のヘカトンケイルは返事をしない。知性のある個体ではないのだ。
「ちっ、人形がよ。つまんねぇ」
グンツは悪態をつきながらもその場を後にすべく足早に進んでいた。森に回る火の手が早い。ここは乾燥地帯だから、油断すればあっという間に火に包まれるだろう。
そのグンツが急いでいたからなのか、彼は自分達に接近する者がいる事に直前まで気が付かなかった。
「なんだ・・・誰かいるな」
グンツが警戒した刹那、矢がグンツの顔をめがけて飛んできた。グンツは容易くそのうちの一本を掴むが、矢は思ったより数が多かった。
「おおお?」
グンツは突然の急襲に剣を抜いたが、その直後、剣を持っていたはずの右腕が地面に落ち、さらに心臓を背後から刺し貫かれたことに気が付いた。背後をグンツが振り返ろうとすると、剣はいち早く心臓から抜かれ、グンツの首を刎ねたのである。
グンツは見た。自分の首を一瞬で刎ねた女には見覚えがある。自分がまだ槍に絡む蛇を率いていた時、宿で適当にかどわかした女を連れて宿で楽しんでいると、その場に踏み込んできて手当たり次第に仲間達を殺した女二人。一人は後で知ったが、フリーデリンデ傭兵団の報復部隊隊長、ヴェルフラ。そしてもう一人が、その副隊長マルグリッテ。
グンツは覚えている。自分がその二人に恐怖したことに。何よりヴェルフラの怪力もそうだが、顔面に返り血を浴びながらずっと笑顔で男を殺して回るマルグリッテの方が印象的だった。グンツだからわかる。この女は自分と同じで、どこか人としての線が一本切れていると。同類だからこそ、その恐ろしさがよくわかったのだ。そしてその剣捌きは、自分以外の全てを殺すために鍛えられたものだった。ひょっとすると、自分さえも殺す剣かもしれない。
そしてその女の顔が、自分の背後にいた者の正体だった。注意を仲間に逸らさせマルグリッテが音もなく背後から忍び寄り、自分の首を刎ねたのだ。いかに他の事に気を取られていたとはいえ、グンツは驚いた。そして同時に強くなってもあっけないものだと、吐き捨てるようにアノーマリーに悪態をついたのだった。
「あいつ、使えねぇ力寄越しやがって・・・」
それを最後にグンツの目から光がなくなったのを見ると、マルグリッテはその場にいたヘカトンケイルを一瞬で殺しつくした。数にして7体程度だったが、マルグリッテにとって自分の意志を持たぬ人形など物の内ではない。ヘカトンケイルの鎧の隙間から八つ裂きにするほどの正確無比の剣が、マルグリッテの特技である。
残敵を一掃すると、部下達が森の中から出てきてマルグリッテに声をかける。
続く
次回投稿は、5/5(日)13:00です。