足らない人材、その56~戦略家①~
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「あー、ひどい目にあった」
ドラグレオが暴れた地点からはるか彼方、そこでドゥームはその身を起こしていた。辺りはただの森。自分が吹き飛んできた跡だけがせいぜいわかるくらいの、まさに深く暗い森の中だった。ドゥームには心地よい暗さだが、残念ながら太陽は徐々に上り始めている。自分が吹き飛んできた跡から日が射すのが憎らしかった。
「ちっ、なんだったんだあれは。本当に計算外だな、ドラグレオがあんなのなんて。ディスペルオーブの効果が強すぎて、オーランゼブルの洗脳が解けちまったのか。いや、そう考えるとあれがドラグレオの本性・・・それはそれで面白いけど、不確定要素だな。また色々考えなおさないと」
ドゥームは頭を掻きむしりながら立ち上った。そこに丁度オシリアが姿を現す。
「平気かしら、ドゥーム?」
「ああ、大した欠損はないよ。それよりマンイーターが心配だな。かなり手ひどくやられていたようだから、アイラーヴァタの体はもう使えないだろうね。また新しいのを調達しないと」
「そうね。それにどうやら霊体自体も傷ついていたわ。休息が必要かも」
「ああ、面倒だなぁ。グンツは必要以上に頑張っちゃうし、リディルは抑えが利かないし。ドラグレオは予想以上で、マンイーターは怪我をした。ディスペルオーブは効果が強すぎる。収穫と言えば、ライフレスの弱点が予想通りだったことか」
「そうね、ライフレスに関してはこれで目途が立ったわ。これなら彼にも勝てるんじゃない?」
「いや、まだ切り札がわからない。あの魔術が切り札じゃないはずだ。それにドラグレオの魔術も見たかい?」
「ええ、見たわ。それよりも・・・」
ドゥームの言葉にオシリアが驚く。
「ライフレスって、あの魔法が切り札じゃないの?」
「あれはまだ魔法じゃない、魔術だ。ただの火球だったからね。仮に魔法なら、あの場所には誰も立ってないはずだから。
それにどうも引っかかるのさ。僕が集めた情報によると、ライフレスは大魔王の一体を、真っ向勝負で倒している。その時にあの魔法を使った様子はないんだよね。もっと別の・・・だけど、確実な方法で大魔王を倒している。知っているかい? ライフレスが倒した大魔王は配下が数万単位の魔物だったそうだ。それをいちいち一人で相手するような面倒な真似を、ライフレスがすると思うかい?」
「・・・そんな人物ではないわね」
「だろう? 当時存在した悪霊を色々と辿って聞いたけど、さすがに悪霊の思念も風化していて、中々形を成さないのさ。どうしたもんかね」
「その事なら、解決法があるよ」
声の主はアノーマリーであった。彼の出現にも、ドゥームは驚かない。
「やっと出たね。どうだった、今回の実験は? 君の頼みだから危険を冒してリディルを誘導したんだぜ?」
「ボクはそこまで頼んでないよ。リディルの性能を見たいと言ったのはボクだが、アルフィリース達にけしかけろとは言わなかった。わざとだろう、あれは?」
「ばれてる? まぁライフレスに戦わせたかったのさ、彼なら全力が引き出せるかと思ったけど、まだまだのようだ」
「でもリディルの器は想像以上だ。まさか研究所の魔王を配下にして出ていくとは思わなかった。さすが元勇者、カリスマ性が違う」
「君よりは人望がありそうだよね」
「ほっといて!」
けたけたとドゥームが笑い、アノーマリーはふくれっつらをした。ひとしきりドゥームは笑い終わると、急に真面目な顔に戻る。
「冗談はそのくらいにして、本題に入ろう。オーランゼブルは今回の戦い、どのくらい介入してきた?」
「ドゥーム、君の予想通りさ。ボク達に使いを頼んでおしまい。自分はどこにいるかも知らせてこないし、まるでこちらのことなんか気にしていないよ。彼にとってどうしてもいないと困る駒ではないんだろうね、ドラグレオは」
「ふぅん、やはりそうか。オーランゼブルにとって必要な駒はおそらくアノーマリー、君くらいなんじゃないかな。後はヒドゥン、それに切り札としてのブラディマリア。その他の連中はオーランゼブルにとっていてもいなくても困らない。いや、むしろ後の事を考えたら、いなくなってくれた方がよかったのかもしれない」
「じゃあ今回の事で相打ちになってもよかったってこと? どうしてそう言い切れる?」
「真竜の存在さ」
ドゥームは自分の考察を語る。
「ここまで傍若無人な行動を起こしておきながら、真竜とだけは僕達全員を率いて交渉に出た。また真竜の戦闘力を一番知っているのもオーランゼブルだろう。何せ魔神と戦った時代の人物なんだから。
だからこそ、真竜の敵足りえるのはブラディマリアくらいだと奴は考えているはずさ。もちろん僕の想像だけどね」
「根拠はあるのかい?」
「ああ、僕に集めさせている遺物の収集状況、そしてティタニアに集めさせた武器の中で、量産に持ち込んだあの武器」
「ティタニアとサイレンスで奪ったグラムロックだね。量産型を複製している段階で気が付いたけど、あれは竜に対して効果を発揮する武器のようだ。複製品にどこまで効果が付与されるか試してはいないけど」
「それを今度試してみるのさ、知恵の低い火竜を使ってね。ヘカトンケイルはそのために、死んでもよい兵士として作られた。もちろん彼らを研究することで、人工的に真竜と戦える戦士を作ろうとした意味もあるのだろうね。いざとなれば、ブラディマリアとも戦えるように。
知ってる? この実験のためだけに、オーランゼブルは火竜の一部族の食い物に毒を混ぜつづけ、彼らの知恵を退廃させた。最近は会話できる竜が少ないと思っていたら、オーランゼブルのせいだったのさ。絶対ろくな死に方しないよ、あいつ」
「ボク達が言えた義理でもないけどねぇ。でもその話、どこで知ったのさ? ボク達は彼らの工房さえ知らない。なのに――君、オーランゼブルの工房を知っているんだね?」
だがその問いかけにドゥームは答えずに、ただニタリとしただけだった。そして一転し、さも従順そうにアノーマリーにすり寄るようにお願いを始める。
続く
次回投稿は、5/4(土)14:00です。