足らない人材、その55~獣の宴⑱~
「俺は食った奴の命を吸収して、自分のものにすることができる。相性がよけりゃ能力も吸収できるな。その分、上限値が高いから他の連中よりも体力回復に時間を要するがな」
「では君の大量の睡眠は」
「必要な睡眠、必要な食事。俺という生命体を維持するためのな」
「貴様、一体どのぐらいの生命力をその身に秘めている?」
ヒドゥンが青ざめながら質問する。だがその質問に、ドラグレオは首を振った。
「ヒドゥンよ、お前も大概馬鹿だな」
「何を!?」
「お前よぅ、今まで食った肉の量をどのくらいですって言えるのか? そういうことだよ、お前の質問は。まあ強いて言うなら、俺がこの世の中に生まれてからおよそ2500年くらい経っているからよ。そこから想像してくれや」
「2500年、だと?」
ヒドゥンの目が見開かれる。だがそれは誰もが同じ反応だった。
「貴様、人間か?」
「知らねぇよ、俺は俺だ。多分人間だけどな。俺より年上なのはオーランゼブルだけだもんなぁ。あのブラディマリアも、本当にガキの頃から知ってるぜ?
だがユグドラシル、だっけか。あれは俺も知らん。あいつの正体はいまだに謎だな。頭がすっきりしてる今でも想像もつかん。まあ重要なのはそこじゃねぇ。お前達、誰も本当の問題に気がついちゃいねぇな。今は誰も争っている場合じゃねぇってのによ。ちょっとそこどけや。今からオーランゼブルを締め上げて、腹の中を問いたださねぇとな。今のままじゃ、全員が馬鹿見るぜ? 奴も含めてそうだが、奴は自分がどうなろうとしったこっちゃねぇんだろうな。だがそんな無理心中みてぇなのにつき合わさせる連中の身にもなってみろってんだ」
「何を言っている、そんな詭弁を誰が聞くか」
「待て、俺が聞こう」
ヴァルサスがくるりと振り返り、ドラグレオに対峙する。完全にサイレンスのことは無視していた。ドラグレオは面白そうにヴァルサスを見た。ヴァルサスはドラグレオにためらいなく剣を向けたからだ。
「なぜ俺に剣を向ける?」
「貴様が俺の知りたいことを知っていそうだからだ。だがどうせタダでは話さないんだろう?」
「まあそうだな。話す義理もねぇし、知らない方がいいことだ。おそらくな」
「それを決めるのはお前ではない」
ヴァルサスは剣を構え直した。ドラグレオはますます興味をひかれたようにヴァルサスの方を見る。
「意地でも聞こうってか?」
「俺は大して名誉や金銭の欲は持たん男だ。だが自分の欲にだけは忠実でな。俺がこうと決めたら、必ずやる。今までそうしてきたし、これからもそうだ」
「自分の欲のためだけに、命を懸けるのか。先ほどの話を聞いていたか? 俺の生命力は無尽蔵だ、人間の剣ごときでどうなるものでもなかろう」
「そんなことはやってみなければわからん」
迷いなく言い切った言葉に、ドラグレオはふっと笑った。そして再びヴァルサスを見たその目には、少年のような輝きがあった。そう、たとえば飽きない玩具や、新しい遊び相手を得た時のような、そんな輝きが。
そしてドラグレオは豪快に笑ったのだ。
「はーはっはっはぁ! 気に入ったぜ、お前! 大馬鹿野郎め!!」
「馬鹿で結構。その方が世の中面白かろう」
「ちげぇねぇ」
ドラグレオは拳をがんがん、と打ち鳴らす。
「心ゆくまで相手しやるよ。俺はそう簡単には死なねぇからな、お前も簡単に死んでくれるな?」
「心配するな、俺は死神という者に縁の無い男だからな」
そう言葉を交わしながら対峙した二人には、既に周囲の全てが意識の外に追い出されていた。サイレンスもまた、この争いには割って入れないとふんだのか、少しずつ後退をしていたのである。
だが二人の人間、いや、二体の獣がぶつかりあおうとした瞬間、周囲が見えないゆえに予想外の出来事が起きた。地べたに転がるアノーマリーの目が、ぎろりと開いたのである。
「勝手に盛り上がらないでくれる? 人の頭の上でさ」
アノーマリーの体が輝くと、そこには魔方陣のように文字が浮き出ていた。よく見ればアノーマリーの体はドラグレオを中心として魔方陣のように横たわっており、ドラグレオは今さらながらそのことに気が付いたのだった。
ドラグレオは驚いたように目を見開き、ふっと笑ってヴァルサスの方を見た。
「こいつはどうも、お預けのようだ」
「どうやらそのようだな」
「お前、名は?」
「ヴァルサス」
「ヴァルサス、その名を覚えておこう。今度会った時、今のような俺とは限らんがな」
「思い出させるさ、しこたま殴ってでもな」
「そうしてくれ」
そういってにかりと笑うと、ドラグレオは転移の魔術でいずこなりへと飛ばされていた。そして力を使い果たしたアノーマリーの姿も消える。ドラグレオが消えると、大きく息を吐いてその場に全員がへたり込んだ。
「き、えた?」
「嵐が突然去ったみてぇだな」
「正直肝が冷えたな。アノーマリー、でかした」
「でしょ?」
ライフレスの言葉に応えるように、ひょっこりとアノーマリーが背後から姿を現した。その出現に驚く者が多数。だが黒の魔術士達はさも当然のようにその事態を受け入れた。
「あれも分身か」
「同然だよ、ボクは頭脳労働担当だって言ったろ? それにライフレスでも倒せないような奴に、真っ向勝負なんて無駄無駄。どこかに行ってもらったさ」
「どこに行ったんだ?」
「さあ? はるか上空かもしれないし、どこかの地底や海底かもしれない。行き先は指定してないからね。そこまで準備できなかった」
「余裕はなかったのか」
「さすがにね」
アノーマリーはため息をついた。
「もし奴が死んでいたら?」
「それでも計画に狂いはないだろうさ。ドラグレオの代わりの候補はいるんだから」
「ほう?」
「詳しくはまた後でね。それよりさ」
アノーマリーはアルフィリースの方を向いた。アルフィリースがびくりと警戒したが、その周囲をアルフィリースの仲間達が守っていた。アノーマリーはその様子を見て、呆れたようにおどけて見せた。
「やだなぁ、何もしないよ。そういう契約でしょ?」
「そんなの、わかったもんじゃないわ」
「慎重なのは結構だけどね、グンツの阿呆とは違うんだよ。物事には時と場所、順序ってものがある。まだ君達と戦う段階じゃないし、ひょっとすると君達は味方になるかも」
「そんなわけないわ!」
「わかんないよー? 現に君とライフレス、ドゥームは一時とはいえ協力したでしょ。敵なんて状況次第で変わるんだから、思考は柔軟にしとかないと。
それに今も、こっちを監視している奴らはいっぱいいるみたいだよ?」
「なんですって? 適当な事を言ってるんじゃないわよ」
「いえ、本当ですアルフィ」
リサがアルフィリースに忠告した。リサは油断なく周囲の気配を探っていたようだ。
「ライフレスの魔術で一帯の結界が吹き飛びました。リサのセンサーが通常通り稼働しています。今の所、リサが感知できる範囲に少なくとも二つ、気配があります。おそらくこちらを監視しているのかと」
「他にも一ついそうだよ。こちらは相当の手練れだよ、まだこんな奴が世の中にいるのかってほどにはね」
「一体誰が・・・」
「さて、誰だろうね。でも気をつけな、敵は思ったよりも近くにいるかもよ?」
アノーマリーはヒドゥンの腕を回収して彼に渡しながら忠告した。そしてライフレスも促したのだ。
「ライフレス、伝言だよ。アルフィリースの監視はもう終わりだ。今から別の仕事をやってもらわないと、だそうだ」
「ようやく終わりか。退屈な日々だったな」
「そうかい? その割には楽しんでたみたいだったけど」
「貴様、死にたいのか?」
ライフレスが魔術を放ちかけたので、アノーマリーは逃げた。
「おお怖い。殺されないうちに帰ろうっと。はいみなさん、撤収だよ」
「貴様が仕切るな」
「あまりご無理をなさらず、ヒドゥン殿」
「アルフィリース」
ライフレスがくるりと振り向く。その目はいつになく真剣だった。
「貴様とはいつか戦うかもしれん。それまではせいぜい精進しておけ」
「できれば戦いたくないけどね」
「ふん、戦いを喜ぶくらいでなくてどうする。その点だけはあのドラグレオと、そこのヴァルサスを見習ったらどうだ」
「私はそんなに好戦的じゃないわ」
「俺はそう思わんがな。俺の見立てでは、お前ほど残酷な人間は他におらんよ。そういう点で、俺はお前を認めているのだ」
「どういう事よ」
アルフィリースはライフレスの言葉の意味がわからず、聞き返した。だがライフレスはくっ、と口元を歪めただけだった。
「いずれわかる時が来る。その時、お前は俺に近づくだろう」
「もったいぶらずに教えなさいよ!」
「また会おう」
ライフレスは意味深な言葉を残して姿を消した。後には釈然としないアルフィリースと、激戦の後だけが残っていた。
続く
次回投稿は、5/3(金)14:00です。