足らない人材、その53~獣の宴⑯~
「え」
マンイーターがドラグレオに気が付いた時、マンイーターはドラグレオの拳を受けてはるか彼方に飛ばされていた。白銀のブレスで半分近くを破壊されたとはいえ、まだちょっとした丘程度の質量を保っているマンイーターである。それを、巨人が小石を投げるがごとく遠くに吹き飛ばしたのであった。明らかに、先ほどまでとは異質の力。
その危険性を感じたのか、オシリアがドラグレオの眼前に立ちはだかる。ドラグレオの四肢をねじ切らんと全力で念動力を発動させるが、ドラグレオはオシリアの力の奔流を筋力だけで弾き返してしまった。反動で吹き飛ぶオシリアだが、なおもドラグレオに対峙しようとする。そのオシリアを、他でもないドラグレオが諌めた。
「やめとけ、死の魔女」
「?」
「お前でも俺は止められん。お前に俺は殺せない」
ドラグレオにしてはとても、とても静かな声。静かすぎて、その声はまるで海の底から響いてくる大音量の地鳴りによって全ての音がかき消されたかのように聞こえた。オシリアは気が付けば、自らドラグレオに道を譲っていた。どうすることもできない。直感がそう告げていたのだ。
様子の変わったドラグレオを見て、ライフレスとドゥームが顔を見合わせた。
「ドゥーム、また何かしたのか」
「いや、まさか・・・これこそ異常事態だ。こんな可能性は想像だにしなかったけど・・・気のせいかな、さっきよりもよほど威圧感があるような。これが賢者タイムってやつ?」
「何をわけのわからんことを言っている。だが気のせいではないだろうな。先ほどよりもよほど危険な匂いが奴から漂っている」
ライフレスとドゥームはドラグレオの変貌に驚いていた。いつもは圧倒的な殺気と耐久力で戦うドラグレオだが、威圧感はたかが知れていた。ドラグレオは良くも悪くも、いつもその性分のまま愚直な戦い方をしたからだ。要領さえわかってしまえば、恐れることはないと思っていた。
だが今はどうだ。ドラグレオは彼に存在していなかった、威圧感と知性を纏っていた。体力と殺気はそのままだとしたら、これは完璧な闘士というものではなかろうかと、誰もが思ったのだ。
そのドラグレオはまっすぐにアルフィリースの方に歩いて行った。その途中でぴたりと足を止めると、ドゥームの方をちらりと見た。
「ただの子鬼かと思っていたが、とんだ悪鬼に化けたな」
「? 僕の事?」
「とぼけるのも大概にした方がいいぞ。お前の道化ぶりは知らず他の危険を呼び寄せる。そしてそれはお前自身をも滅ぼすだろう」
「・・・知ったような口を利くね。何様のつもり?」
「さあ、何様だろうな。神様、かもな?」
ドラグレオがふっと笑ったのを見て、ドゥームとライフレスがぎょっとした。今ドラグレオは冗談を言ったのだ。まさかそんなことを言う男だとは思っていなかった、というより、そんな知性があるとは思っていなかったので、完全に虚を突かれたのである。
その隙を突くように、ドラグレオの拳がドゥーム目がけて三度飛んだ。だがドゥームもさすがに学習したのか、一部を靄状に変化させて逃げる。だが逃げた先にはドラグレオの蹴りが待っていた。みぞおちを蹴られ、悶絶する暇もなく動きを止められるドゥーム。衝撃は風圧となり、ドゥームの背後の炎を吹き飛ばすほどだった。
「お・・・な」
なぜ靄状の自分を正確にとらえられるのか。そのような疑問を投げかける暇もなく、ドゥームの目の前にはさらに驚く光景が広がっていた。ドラグレオの手の中に、明らかに魔術と考えられる火球が見えたのである。
「さて、悪霊のお前に効くかな?」
「ぐ・・・そ!」
顔面に押し当てられるようにして火球をドゥームは喰らうと、たまらず吹き飛んだ。完全に視界が奪われた事にドゥームが気が付くと、眼前の炎を熱いと思う瞬間に圧倒的な暴風によってドゥームはマンイーター同様、彼方へと飛ばされた。
「ドゥーム!」
オシリアが吹き飛ばされたドゥームの後を追う。ドゥームが吹き飛ばされた後、ドラグレオは掌底を突き出し様な型を取っていた。ドラグレオが無造作に突き出したその手のひらには、確かに魔力がほとんどなかったことをライフレスは見ていた。
「ドラグレオ・・・今のはなんだ? ≪圧搾大気≫にしか見えなかったが、魔力の収束はほとんどない。先ほどの火球もそうだ」
「お前達は圧搾大気と呼ぶのか。俺にとっては名もないただの一撃だ。多少精霊の力は借りたがな」
「魔術を使うのか?」
「いや」
「だが確かに」
「認識の違いだ、俺はこの力を魔術と思っていない。お前にとってこれを魔術と呼ぶなら、俺の攻撃魔術はたかが知れいているな。お前のように強制的に精霊を従属させるような力は俺にはとてもない。
俺の信条には反するが、そういった力を持つお前を俺は尊敬している。さっきのドゥームもそうだ。許せん小僧ではあるが、あいつはあいつで他にない資質を持っている。この大陸であいつは唯一無二の存在だ。本人すらそのことに気が付いていないだろうが、もし気が付いた時恐ろしいことが起きる。あいつこそ倒すべき敵だと俺は思うんだが、お前はどうだ、御子よ」
「え、私?」
突然ドラグレオに話を振られてアルフィリースは戸惑った。全員の視線がアルフィリースに集まり、アルフィリースはうろたえる。
「うーん、よくわかんない。それより御子って何のことよ? あなた誰?」
「俺は俺だ。御子たるお前ならわかると思ったが・・・ふむ?」
ドラグレオは不思議そうな顔でアルフィリースを覗き込んだ。そしてその顔が俄かに曇る。
「そうか、そういうことか。確かにこれは忌々(ゆゆ)しき問題だ。オーランゼブル、貴様はとんでもないことをしてくれたようだ。もし奴の計画をわずからないとも阻んだ人間がいなかったら、今頃果たしてどうなっていたか。だが因果の妙か、歪んだゆえに母たる乙女と知り合ったか。これもまた良し。
だがオーランゼブルの奴が何を考えているのか、これでわかった。殺さねばなるまい、オーランゼブルはな」
ドラグレオはアルフィリースの前に突如として膝をつくと、恭しく礼をした。
続く
次回投稿は、5/1(水)14:00です。