足らない人材、その51~獣の宴⑭~
「きゃあああ!」
「防御魔術が・・・持たない!」
「ふん、貧弱な障壁だな。力を貸してやろう」
ライフレスが魔術を唱えると、地面はアルフィリース達を囲むように大きく隆起し、衝撃波と熱風を全て遮った。一度安全が訪れたことを知ると、アルフィリース達はへたへたとその場に座り込んだのである。
「た、助かった」
「この壁は大丈夫なんでしょうね・・・」
「そんなヘマを俺がすると思うのか? だいたい、大規模な爆発は巨大な真空を作り出すから、あの後に衝撃波が戻って行くのだ。前面だけの防御魔術では、その時に死ぬだろうよ。お前の魔術は咄嗟だったようだが、そこまでは頭が回らなかったようだな?」
「悪かったわね」
「ああ、悪いな。それと、あの魔法自体詠唱を省略して発動したのだ。相当威力を押さえてある。土くれの壁でもなんとか持ちこたえるだろうよ」
「待ちなさい、あの威力で詠唱を省略ですって?」
ラーナが驚いて問い返した。だがライフレスは当然と言わんばかりに反論した。
「当たり前だ、威力は完全な詠唱時の十分の一程度だろう。そうでもなければそもそも魔術で防げるはずがない。だからこそ『魔法』なのだからな。そんなことよりアルフィリースを放っておいていいのか?」
「はっ!?」
ラーナが振り返ると、アルフィリースは発動させた呪印を封印するところだった。発動時間が短かったからなのか、アルフィリースの呪印は既に元に戻ろうとしていた。
「心配ないわラーナ。もう封印した」
「でも、そんな簡単に――」
「できたみたい。ラーナに呪印の扱い方をある程度教わったからかしら? 私も自分なりに研究していたのだけど、その甲斐があったみたい」
アルフィリースは笑って見せたが、その笑顔には無理があった。やはり呪印の解放は体に負担をかける。アルフィリースは状況さえ許せば、今すぐにでも横になって休みたかった。
だがライフレスは外の状況を使い魔を通してでも探ったのか、
「もうよいか」
と呟くと土の障壁を元の地面に戻してしまった。魔術で形を変えた物を元に戻すのは、簡単そうに見えて容易ではない。魔術の事を知る者はライフレスのこともなげな様子に呆れたが、味方でいる限りは頼もしかった。アルフィリースだけは一息入れる暇もなかったと、内心では疲労が倍増する思いだった。
そしてライフレスが壁をどかして見たその光景は、予想以上に恐ろしい物だった。先ほどまで完全なる闇夜だと思っていた森は炎に包まれ、昼間のような明るさであった。いつぞやライフレスと戦った時に森を焼いた光景を思い出したのか、フェンナがくらりとするのをオーリが支えている。
だがたとえフェンナでなくともめまいを覚えるのは仕方ないだろう。周囲の光景は先ほどまでと違い過ぎた。周囲には夜の森らしく密かに息づく命があった。だが今は一切命の気配が感じられない。おそらくは一寸に至るまで、命の灯は死の劫火に飲み込まれたのだろう。ラーナが思わず命を悼んで手を目の前で組んだ。ラーナのその仕草を見て、ライフレスは顔をしかめる。
「何を祈る、女」
「失くした命に対して。貴方は何も感じませんか、この光景に?」
「俺とて木石から生まれたわけではない、何も感じぬことはない。だが俺は無駄な事は嫌いだ。祈って失った命が返るなら祈りもしよう。だが現実はいつも非情だ。そんな事に気を留めるだけ無駄だろう」
「命を気にかけることが無駄だと?」
「偽善はやめろ」
ライフレスは吐き捨てるように言った。
「俺達は一つ足を踏み出すだけで多くの命を殺す。例えば足元を歩く羽虫しかり、草の芽しかり。あるいはもっと小さく目に入らぬ生き物まで。だがお前達は足元で潰した蟻の悲鳴にまで、いちいち耳を傾けるのか? もしそうであれば、貴様は隣の家に行くのも難儀であろうな。ただの一歩を踏み出すことに罪の意識を感じるなら、今死んでしまえ。何も感じないなら、それはやはり偽善だ」
「貴方の話は極端すぎます。確かに足元に息づく一つ一つの目に見えぬ命にまで敬意を払うことは不可能かも知れませんが、耳に届く命の叫びくらいは聞いてもよいのでは?」
「それができる王などおらんよ。俺には臣下の声すら届かなかったのだから」
「貴方が聞こうとしなかったんじゃないの?」
アルフィリースの指摘に、俄かにライフレスの表情が曇った。まずいと思ったラインやリサはアルフィリースを止めるが、アルフィリースは一歩も引かなかった。
だがライフレスもアルフィリースと争う気は毛頭ないのか、ちっと舌打ちして背を向けた。
「遠慮のない物言いをする女だ。オーランゼブルとの約定が無ければ殺しているぞ?」
「そうやって反対する者達の意見を殺して生きてきたのね。さぞかし横暴な王様だったのでしょうね」
「名君と言われていたらしいがな」
「とてもそうは見えないわ。貴方に誰か意見をできる人はいなかったの? 兄弟は? 親は? 恋人は?」
アルフィリースは率直な質問をしたのだが、ラインやターシャはふと思った。彼らが聞く英雄王グラハムの英雄譚に、その兄弟や親の事は一切出てこない。そして恋人の事も。英雄王の物語は常に戦いばかり。改めてそのことに気が付いた者達が何人かいたのだった。
ライフレスもぴたりと足を止めると、どことなく空虚な表情でアルフィリースの質問に答えた。
「周囲の者か・・・親は俺が幼い頃に死んだよ。魔物に襲われてな。兄弟はいたような気がするが、共に育つような環境ではなかった。奴隷として、あるいは食料のために間引かれた。
友はいない。それなりに遊び相手はいたような気がするが、そいつらも魔物や盗賊に殺された。恋人など論外だ。誰もが俺の魔術と権威に平伏するか、あるいはすり寄ってきただけだ。後宮に女はいたが、本気で相手にしたことなど一度もない。
部下もそうだな。俺の言葉に反発するか従うか、どちらかだった。話し合いをした記憶など、一度してないな」
「本当にそうだった? あなたが諦めていただけじゃない?」
「何をお前は言って――」
ライフレスが何をお前が知っているのだと反論しようとして、ライフレスは突如として飛んできた巨岩を魔術で砕いた。その直後、ライフレスの体を丸太のようなドラグレオの右腕が貫いたのだ。ライフレスに痛みはないが、体を貫かれたことでライフレスは固定され、ドラグレオの腕をつかむ形で宙に持ち上げられた。
続く
GWは連日投稿でいきましょう。だがしかし間違えて二話連続で投稿しちゃいました。