足らない人材、その50~獣の宴⑬~
「これで十分か?」
「なんて奴だ、本当にやっちまいやがった」
「人間がファランクス以上の戦闘力を誇るとでも? ありえません・・・」
「よかろう。こちらも仕上げに入る」
信じられない光景を目にした人間達が口々に何らかの感想を漏らす中、ヴァルサスがライフレスに声をかけると、ライフレスは詠唱の声を一層張り上げた。ライフレスの周囲には炎の獣が舞い遊び、まるで≪炎獣の狂想曲≫の発動時に似ているとアルフィリースはふと思った。だがこれだけの数の炎の精霊を操作下におくのは、炎獣の狂想曲では不可能のはずだった。
【――贄を喰らいし精霊よ。満たされぬ御霊を集いて満たせ。満たして始まりの火と成れ。始まりの火は――】
ライフレスの詠唱と共に、炎の精霊たちはライフレスに差し出された両掌一点に集約されていった。まるで集まる事で空の器を満たすように、喜びながら集まっているように見えなくもない。そして炎の精霊達が集まった時、ライフレスの手のひらには子供の頭ほどの光り輝く球体ができていた。強く光り輝くその球体を見て、アルフィリースに口から自然と出た言葉がある。
「太陽――あれは太陽だわ」
「太陽? 太陽って、空にあるアレか?」
「そんなバカな、人が太陽を作り出すなんてできるはずがありません」
「人が太陽を作り出すことができたなら、この世の中の理そのものが変わってしまいます。それだけはあってはならないことです。アルフィ、魔術士なら皆そのことは知っているはずですが――」
「そうだな、お前の言うとおりだ」
ライフレスには珍しく、リサとフェンナの言葉に素直に同意した。その顔はだが妙に楽しそうに見えた。
「だが確かに、太陽を作ってみたいなどという馬鹿な要求にかられた時期が俺にもあった。空に常に在り、万物を無限の力で照らし続ける生命の象徴を自らで作ってみたいと。まあ、増長していたのだろうな。
だがほどなくして、太陽の作成など無理だということに気が付いた。ここからではわからぬかもしれぬが、俺の計算上ではあれは我々が踏みしめる大地に何十倍もあるだろう質量を持っているのだ。そうなると、そもそもアレを維持するだけの精霊がこの大地にはいないことになる。ゆえに太陽を作る事はこの大地においては不可能だ。
所詮俺の魔術は太陽に似せただけの、ただの火球なのだよ。だだ、対象を燃え尽きさせるまで炎が消えないだけだ。使えばその土地は二度と生命の寄り付かぬ土地となるが、その程度の魔術だよ。一応魔法の部類には入るが、大したことはないだろう?」
ライフレスがくっくっくと笑ったのを見て、ラーナとアルフィリースは真っ青になった。なんて魔法を使おうとしているのかとアルフィリースはライフレスを止めようとしたが、既に時は遅かった。ライフレスの手の中には火球が完成している。今からライフレスの詠唱を妨害すれば、集まった精霊がその場で暴走してもおかしくない。
アルフィリースはやめろと叫んだが、ライフレスは聞く耳を既に持っていなかった。
「百獣王よ、これを受けてもまだ立てるか?」
【始原の火、よりて集いて陽となりて、遍く原罪を焼き尽くす裁きをもたらせ】
≪死を生む太陽による判決≫
ライフレスの言葉と共に、光輝く球体が発射された。決して速度は速くないが、ドラグレオをいとも簡単に吹き飛ばしていくあたり、凄まじい密度と威力をもった球体なのだろう。光の球がドラグレオを闇の中に連れ去りその光が見えなくなった頃、アルフィリースは呪印を解放していた。久しぶりの解放によってもたらされる激痛も、今のアルフィリースにとってはそれどころではなかった。
【切断、遮断、封鎖せよ。汝が通る道はここにあらず。一切の行く手を阻むは大気の精霊】
≪風精の後ろ盾≫
アルフィリースが自分達の前に唱えたのは防御の魔術であった。目前に真空を作り出し、一切の魔術・衝撃を遮断する最強の盾。何事かと誰もが問う前に、ここにいる者達は察していた。アルフィリースの後ろにいなくてはならないと。そして互いに押し合うようにしてアルフィリースの後ろに入った直後、ドラグレオの吹き飛んだ方向から凄まじい光が発せられ、次いで衝撃波が訪れた。暴風が如く衝撃波は周辺の木々を根こそぎなぎ倒し、そしてさら膨大な量の熱が襲ってきた。あまりの高熱に木は一瞬で燃えつくされ、風化していく。草などは燃えるどころか、蒸発して消えてしまった。灼熱に焼かれ、消えていくあらゆる命。破滅の光景に、誰もが絶望を心に抱いた。
「うわあああ!」
「熱い、熱い!」
「動くな! アルフィリースの後ろから離れたら死ぬぞ!」
アルフィリースが咄嗟に生成した風の盾は衝撃を受けて、放射状に左右に伸びていた。そのおかげで左右からの熱はかなり防がれていたのだ。アルフィリースはそこまで見越して風の盾を作ったのだが、もしそうでなければ後ろにいる仲間達は焼け死んでいただろう。
リサは以前、ライフレスが言った台詞を思い出す。ただ一発の魔法で50万の命を奪ったと。この熱風がどこまで届くか知らないが、確かに魔術の加護なくしては生き残ることなど不可能であろう。
アルフィリースが必死に魔術で熱風を遮る中、アルフィリースは背後からさらに魔術の放出による圧力を感じた。後ろを振り返ると、ライフレスが二発目の火球を反対の手に作り出していた。
「なっ・・・二発目?」
「よそ見をするな、アルフィリース」
ライフレスの言葉にアルフィリースが正面を見ると、そこには熱風の中皮膚を焼け爛れさせながら前進してくるドラグレオがいたのだった。からだを燃やしながら突撃してくるドラグレオに、アルフィリースが思わず恐怖の悲鳴を上げる。
「ひっ――」
「やるではないか! だがこれまでだ」
ライフレスは左手にある火球を高速回転させると、アルフィリースが張った風の障壁を避けるように斜め後ろに打ち出した。打ち出された火球は大きく弧を描くと吸い込まれるようにドラグレオに命中し、再び彼を闇の中に押し返した。そしてまたしても凄まじい光と衝撃波がアルフィリース達に襲い掛かってくる。
続く
次回投稿は、4/28(日)14:00です。