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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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足らない人材、その49~獣の宴⑫~

***


 激戦が行われている一方で、アルネリアでイェーガーの留守を預かるエクラは暇を持て余し、物思いにふけっていた。


「皆、どうしているかしら・・・」


 実は仕事はいくらでもある。だが共に働く人間がいないと身が入らないのも事実。普段はアルフィリースに口うるさく言うエクラだが、そのことがまたエクラの生活の調子を支えていることに改めて気が付いた。

 張り合いがない、つまらない。エクラはそんなことを考えながら日々を過ごしていた。暇つぶしに同じように残っている傭兵達の練習に参加してみるも、自分の剣の才能のなさにほとほと呆れるだけであった。

 エクラはもはや剣に関しては肩肘を張るのを止めた。物心ついた時から剣を握っている自分が、剣をもってわずか三月程度のドロシーにやられるようではその才能には限界があると、エクラも改めて気がついたのだ。自分がアルフィリース達と共に戦場を駆けるような才能がない事は、エクラ自身がよくわかっていた。

 だがそれでも欲はある。いつも留守番ばかりでは満足しない自分がいるのも事実。エクラはこっそりと自分の時間を見つけては、兵法書で指揮官としての知識を身につけようとしていた。幸いにも書物の収集には、父ハウゼンのおかげで事欠かない。いつも彼女は最新の兵法書、あるいは古くとも高名な兵法書を手に入れることが可能だった。

 その中の一つ、真新しい兵法書にエクラは最近興味をひかれている。ここに書かれた兵法は、今までの常道を覆す内容であった。


「魔術士を織り込んだ戦術とは珍しいわよね。こんなのを既存の戦術家が見たら、怒り狂う事請け合いかも」


 その兵法書に書かれたことは、騎士の作法とか礼節などは完全無視。いかに効率よく犠牲を少なくして勝つか、その一点のみに集中して書かれていた。その中には当然非人道的な手段も含まれているし、魔術士が集団で味方にいることを想定して書かれている。むしろ魔術士を多数、今まで戦力として取り込まない国家の体勢が間違っているとさえ受け取れるような書き方だった。

 そもそも兵法書というものは、人間対人間を想定して書かれている。兵法書が世に出回るようになったのは黎明期の事。人と人との戦争が激化する中で、戦いに一定の規律をもたらすべく書かれたのが兵法書の始まりとも言われている。その中には倫理規定のようなものも含まれ、書という国を超えて多数の目に触れる媒体で外法的戦略を批判することで、暗黙の了解を戦争に作り出した。兵法書で禁じ手とされるような戦術をとる国家は非難され、国際社会において相手にされない風潮が作り出されっていったのだ。

 だがエクラが見ている兵法書はそれらの常識を一笑に付していた。奇襲、だまし討ちは常套手段。武器には毒を塗る方が相手への損害が大きく、毒を盛るくらいでちょうどいい。勝てる戦争ならばアルネリアの停戦勧告を聞く必要はない。敵の大将は殺すよりも人質にして交渉を進める方が賢い、などなど。道徳家であれば間違いなく吐き気を催し、書を破り捨てんばかりに憤慨するだろう。

 エクラも昔なら、このような書物は数頁読んだだけで捨てていただろう。だが傭兵として活動する今は多少違うどころか、興味をひかれて精読するまでになっていた。


「国に仕える戦術家なら参考にすべきではないけど、傭兵なら。ここに書かれた手段は実に能率的だわ」


 エクラは夜が更けるのも忘れて書物に没頭していた。エクラもまたアルフィリースの役に立ちたくて必死なのである。どうしてそこまでアルフィリースの役に立ちたいと思うのか、自分でもよくわかっていない。だがアルフィリースを支え、その行動を補佐することはエクラにとって楽しかった。そして彼女なりに予感はある。国に戻ってハウゼンと共にミューゼに仕えるよりも、きっと素晴らしいことになると。今はその予感に従って進むのみだった。思い込んだら一直線な所は少しも変わっていない。

 だからエクラは気が付かなかった。部屋にもはや飾りのようにしてかけられていたレメゲートが、いつの間にか消えていることに。エクラはただ寂しさを紛らわすように、そしてほんのちょっと開放感を感じながら、思うように自分一人の時間を消費していたのだった。


***


「ぬぁあああああ!」

「うおぉおおおお!」


 二体の獣、ドラグレオとヴァルサスの打ち合いは続いていた。いや、もちろん人間であるヴァルサスがドラグレオの拳を受ければ生きているはずがない。打ち合いというよりは、一方的にヴァルサスがドラグレオの体を切り刻んでいるのである。

 切り刻まれるたびドラグレオの体は再生し、そしてヴァルサスは先ほど以上の斬撃を繰り出してその体を切り刻む。その繰り返しが、もはや随分と長いこと続いているように感じられた。感嘆したのは周囲の者全てである。ドゥームですら、その打ち合いには目を見張っていた。


「信じられないわ。あんなに長い間あの男と打ち合うことができるなんて」

「とんでもない剣士だな、実際」

「当たり前だ、奴を誰だと思ってやがる」


 ゼルドスが腕を組んだまま、まるで自分の事のように自慢げに語った。


「奴こそは大陸最強の戦士だ。他にもすげえのが沢山いるのは認めるが、それでも奴が一番さ。誰もアイツにゃ勝てねぇよ」

「それは極論では? この大陸にはあなたが会ったことのない、また知らない強者が多くいるでしょう」

「それはそうだ。でもやっぱりあいつが一番だと思うぜ」


 ゼルドスはリサの方を向いて笑った。


「身内びいきにしか聞こえませんが」

「お嬢ちゃん、強い戦士に必要な条件。なんだかわかるか?」

「強い体に強い心。いわゆる心技体だと思いますが」

「そうだが、俺はその中でも『心』に重点をおいている。精神論を無暗に語るつもりはねぇが、肉体的に圧倒的に強いはずの獣人がこの大陸で覇権を取れなかった理由の一つは、そこにあるんじゃないかと思ってるのさ。人の中で生活するようになって、獣人は人間以上に発展途上の種族なんだと実感したよ」


 ゼルドスは少しさみしげに言った。彼も獣人。やはりどこかに思うところがあるのか。昔グルーザルドでドライアンの元、獣人が覇権を握るために奮闘したことがあるとは、もはや獣人でも多くの者が忘れかけている事だ。もちろんアルフィリース達が知る由もない。

 ゼルドスは続けた。


「ヴァルサスの技術は大したもんだ。だが技術だけなら、きちんとした騎士剣を覚えた奴にはかなわんだろう。体も人にしては非常に強いが、やはり俺達獣人には及ばない。それでもなお、単騎でグルーザルドの大軍の中に飛び込んで、一人で獣将6人を蹴散らし、そしてドライアンと一騎打ちをして引き分けた。それはなぜか」

「その噂、マジだったのかよ・・・」

「なぜなんです?」


 リサはゼルドスの意図がわからず聞いた。今のように切羽詰った状況で語るべきことには聞こえなかったからだ。だがゼルドスにとっては違ったようだ。


「心が違う。あいつの心に諦めの二文字はない。どれほど相手が強大だろうと、戦うと決めたらそれ以外のことは全てあいつの心から消え去る。打たれようが何をされようが関係ない。倒すと決めたら、必ず倒す、完全なる戦いの化身となる。そういう男だ、あいつは」

「ですが人にはできることとできないことが」

「それを全部やっちまうからヴァルサスなんだよ、あいつは。まあなんだか理論が破綻している気もするが、無茶をやり通しちまう。いい意味でも悪い意味でも。それが人間って種族じゃねぇのかい?」


 ゼルドスが語る中、ドラグレオの一撃がヴァルサスの腹に命中した。マンイーターの巨体をはねのけた力である。いかにヴァルサスが鎧を着ているからといえど、耐えられる衝撃ではない。

 だがヴァルサスは腹に受けた衝撃にも関わらず、それ以上の力でもってドラグレオに反撃した。その一撃はドラグレオにとっても意外だったのか、防御もなにもなくヴァルサスの剣を受けることとなった。顔面から唐竹割にされ、さすがのドラグレオもついにその動きを止めた。

 だが頭を割られてもなお死ぬことはないのか、ドラグレオはその場で痙攣を起こしながらもまだ回復しようとしていた。大してヴァルサスはさも当然そうに剣を収め、仲間の方を振り向いた。戦いに勝って剣を収めるその仕草が、なんとも自然で似合っていた。



続く

次回投稿は、4/26(金)15:00です。

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