初心者の迷宮(ダンジョン)にて、その15~ゼアの悪霊~
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初心者の迷宮こと、廃都ゼアに一人取り残されたマンイーター。夜半になったころ、ライフレスが転移魔術で戻ってきた。
「……あれ……まさかやられた? ……」
「うん……ごめんなさい」
マンイーターはきまり悪そうにもじもじするが、ライフレスに咎【とが】める様子は見られない。
「……僕には君を怒る権利はない……しかし頑丈な君をここまでするとは……どうやってやられた? ……」
「えーとね、けんで、おとこのひとがびゅってやって、びゅっびゅっ、てやったらこうなったの」
「……すまない、聞いた僕が悪かった……魔剣もなさそうだし……ふむ、これではティタニアに怒られるな……」
「……わたしのせい?」
「……いや、今回は仕方ないだろう……まさかあれほどの魔剣が同時に眠っているとは、情報になかったし……でもそれ以上の収穫はあったかもね……」
「ねえねえ、どぅーむは?」
「……ああ、今頃は彼も大変だろうね……連れて行ってあげるよ……」
そして闇に消える二人。あとには崩壊した遺跡と、その下に残された者たちの無念だけが残ることとなった。
***
その少し前。遺跡から脱出したドゥームとライフレスが何をしていたかというと――
「……この村でどうだ? ……」
「人口は四百人ってところか、まぁまぁだね。孤立していて他の村や町とも連絡がなさそうだし」
「……本当は別件の候補だったが仕方ない、アノーマリーには後で詫びを入れておきなよ? ……」
「わかってるって!」
空中に転移した状態から、嬉々として村に降りていくドゥーム。最初村人は空から少年が降りてくるなど何事かと思い悲鳴を上げて逃げ惑ったが、同時に興味も引かれたためそれなりに距離を取ったり、物陰や家の窓からドゥームの様子を窺った。もしここに魔術の心得がある者が一人でもいたら、ドゥームに絡みつく怨念を見て我先に逃げ出していただろう。
「よしよし、封印を解いてやるよ」
ドゥームが何事か呟くと、小瓶の蓋が全開となり、ドゥームに絡みついていた怨念とともに中身が噴き出し始めた。そのまま瓶を村の名物にもなっている中央の噴水に投げ入れ、一度そこから姿を消すドゥーム。とばっちりを避けるためである。村人たちはなんだったのかと不思議そうに噴水に近寄っていくと、その異変に気付いた。
美しく、美味いとして有名だったはずの湧水が黒く濁り、凄まじい勢いで噴水から溢れてきていた。小さい津波のように、後から後から黒い水は押し寄せる。村人は反射的に噴水から逃げ出そうとしたが、何人かが遅れて水に足を浸してしまった。すると――
「ぎゃああああ」
「と、溶ける!」
「た、助けてくれぇ!」
煙を上げながら溶け始める村人たち。そして水が手の形になったかと思うと、逃げるのが間に合わなかった人たちに絡みついて一斉に噴水に引きずり込んだ。小さな噴水に入るはずがないほどの人間が取り込まれていく。
そして黒と赤が混じり合った噴水から出てきたのは、真っ赤なローブに身を包んだちょうどドゥームと同じ年頃の女の子だった。漆黒の黒い髪を伸ばし放題にしており、整った白い顔は能面をはりつけたように無表情だった。
少女は噴水から出るとゆっくりと周りを見回し、一番近くにいた若い女性に目を止める。そして少女が地面を滑るように移動すると、女性は恐怖のあまりへなへなと座り込んで固まってしまった。そして少女はその女性の頭や顔を愛しい者でも触るかのようにゆっくりと撫でまわし、それはとてもとても可愛らしい笑顔で囁いた。
「ネエ、ワタシトアソンデ?」
その瞬間女性の体がガクガクと激しい痙攣【けいれん】をしたかと思うと、目・口・耳といった全身のあらゆる穴という穴から激しく血を流してをしてばたりと倒れてしまった。それを合図に、夜でもないのに村が暗く覆われた。そして中央の噴水からは赤黒い靄が出て視界を遮り、動物達は狂ったように吠えいななき、何人かの村人が正気をなくして隣人に襲いかかり始めていた。村の出口に近かった人間達は村から出ようとするが、何か見えない壁にぶつかり前に進めない。それでもなんとかしようと壁をダンダンと叩いていると、今度は手がドロドロと溶け始め、絶叫を上げる村人たち。阿鼻叫喚の渦となった村を、上空から見守るドゥームとライフレス。
「これは――彼女は『城』を形成したのかな?」
「……範囲がかなり限定的で効果も一時的だろうけど……まあ城に近い強力な結界だね……どうりで何の前触れも無くゼアが滅びるはずさ……これじゃ誰も出られない……」
「すごいな。じゃあ彼女は大魔王にも近い力を持つ存在ってことだよね?」
「……そこまではなんとも言えないが……生前から相当に強い魔力、心霊力を備えていたんだろうね……それが死後悪霊化してああなったと……その辺りは君の方が詳しいだろ?……」
「たしか、生前に魔術士の素質があると、強い悪霊になりやすいんだよね。魔術にも耐性をもつし、既に第四階梯くらいの力はあるかもね。この結界の中では、人間も動物も発狂し、そして魔術に耐性のないものから融けて取り込まれる。全滅は時間の問題だね~」
村のはるか空中で交わされる二人の会話はいたって暢気だが、眼下ではまともな人間なら正視に耐えない惨劇が展開されていた。
「うわ、うわっ! あれ見なよ! 窯で焼いた石を無理矢理食べさせてるよ? ひぇ~」
「……ふん……」
「今度は若い恋人どうしの男の脚を、別の男が刺した! で……うわ! その傍らでそんなことしちゃうんだ、鬼畜ぅ」
「……」
「こっちは犬や馬が若い女性を……あれは死んだね。特に馬相手だと人間がもたない。僕、生でアレを見たのは初めてだよ。教育上よくないねぇ」
「……だけど君は心底楽しそうだ……さすがの僕でも胸が悪いんだが……」
「いやー、ここまで何の慈悲も無いと清々しいね! まあ彼女にしたらおままごとと一緒で、遊んでるだけなんだろうけどさ。それに君が胸が悪くなるなんて、それこそ悪い冗談さ。さらってきたシーカーであんなものを作っといて良く言うよ」
「……それはアノーマリーの趣味だ……作ったのは僕じゃない……」
「使うのは君でしょう? 手駒が欲しいって言ってたじゃないの」
言い合う二人だが、ドゥームには自覚があり、ライフレスには自覚がないだけで、どちらもまともな人間に言わせれば、『イカれている』の一言で片づけられる。
「……時間がかかりそうだから、僕は先に用事を済ませてくる……マンイーターを回収して、ティタニアに殺気の剣を渡すとしよう……ひょっとしなくても、魔剣の類だったろうから……」
「じゃあ僕はのんびりと観察してるよ。たまには他人の遊び方を参考にしないとね。どう、謙虚でしょ? アハハハハ!」
「……また後で……」
そしてライフレスはマンイーターを迎えに行ったのだった。
***
そして時間は今に戻る。マンイーターを引き連れて戻ってきたライフレス。戻ってきたマンイーターの体を見て、ドゥームは目を丸くした。
「あれマンイーター、体をなくしたの?」
「……ごめんなさい」
「なにを謝ってるのさ! また新しい体をもらえばいい、そうだろう?」
「うん……!」
「……それをするのは君じゃないし、迎えに行った僕を労ってほしいね……」
ライフレスが不満を口にしたが、気付いていないのかどうなのか、マンイーターを膝の上に載せて頭をなでるドゥーム。
「……で、どうなってる?……」
「もうすぐ全滅だよ」
眼下を見下ろすと累々と積み重なる死体の山。どのような死に方をしたのか想像したくもないほど、どれも損壊しており、顔を恐怖で歪ませたまま死んでいるということ。
「……四百人が半日もかからないか……酷いものだ……」
「全滅させるだけなら半刻もかからなかったろうけど、遊び上手だねぇ。あの殺しの種類の豊富さはこっちも参考になったよ。もうあの子に惚れちゃいそう!」
「ほれる? なにそれおいしいの?」
「……君は知らなくていいよ、マンイーター……」
ドゥームが女の子を抱きしめてキスする真似をする。それを見て指をくわえるマンイーターと、あきれるライフレス。その時、村に張ってあった『城』が解けた。
「おっと、終わったか。僕の出番だね」
「……アレを配下にするつもり?……できるのかい?……」
「配下じゃなくて、仲間だよ。マンイーターを頼んだ」
ドゥームはマンイーターをライフレスに預け、降りていく。するとそれに呼応するかのように少女が眼前に現れ、ドゥームは淑女にするように礼をした。
「初めましてお嬢さん。僕と遊んでくれないかな?」
「?」
遊びに誘われるのは慣れていないのか、少女が首を傾げる。だがドゥームは間髪いれずに次の行動を起こした。
「沈黙はイエスってことね」
ドゥームはいきなり手をかざし、鈍い音とともに少女の首を百八十度反転させた。ライフレスが呆れている。
「……殺してどうする……」
「はん! この程度で死ぬタマかよ」
ドゥームの言うとおり、少女は首を反転させたままドゥームと同じように手をかざすと、今度はドゥームの右手が鈍い音と共に捻れた。
「やるじゃん!」
ドゥームは右手を、少女は首をひねり戻しながら対峙する。その時ドゥームがライフレスに向かって叫ぶ。
「ねーねー、この辺一帯吹きとばすくらい暴れてもイイ?」
「……できる限り広域で消音と認識阻害の結界を張ってみよう……」
「半径四千歩もあれば足りると思うからよろしく~」
「……やれやれ……早めに終わらせてくれよ……」
「どぅーむ、たのしそう」
全開で力を解放していくドゥームと少女。ライフレスの心配をよそに、それから彼らの戦いは三日三晩にも及ぶこととなる。
続く
次回投稿は本日11/28(日)18:00です。