足らない人材、その47~獣の宴⑩~
「おぉう!?」
「いい拳だ。だが少々威力が足りんな」
ドラグレオは狂いながらも首を捻った。あらゆる敵を屈服させる自慢の拳が、自らの意志以外で止まったのだ。本能がまさに理解できないといった様子だった。しかも止めたのが自分の腰ほどの背丈のヴェルフラともなれば、余計に不可思議なのは当然だった。さすがにヴェルフラも容易く止めたわけではないのか、地面に多少足がめり込んではいたが。
「いつまでこうしているつもりだ? 私には獣と手をつなぎ合う趣味はない!」
ヴェルフラがドラグレオの拳を一層強く握り捻ると、ドラグレオの巨体が宙にふわりと舞った。そのまま力づくで地面に叩きつけると、頭を踏み抜いて地面にめり込ませる。同時にもう一つの足を肘に当て、
「ぬん!」
という掛け声と共に、ぼきりと嫌な音がした。
「げっ」
「肘を反対側に踏み抜いたのか」
ドラグレオの肘は反対方向に突き出ていたが、構わずヴェルフラはその巨体を宙にほうり上げた。周辺の木よりもドラグレオの体が高く舞い上がると、ヴェルフラは地面に刺しておいたハンマーを引き抜いて、まるで果物包丁でも扱うかの如く、軽く手の中で一回転させた。
宙に舞い上がったドラグレオはなすすべもなく、そのまま落ちてくる。
「うぅるるあああああ!」
「うるさいぞ!」
ヴェルフラはドラグレオの咆哮も気にせず、そのままドラグレオの頭部めがけて全力でハンマーを振りぬいた。炸裂音とも破裂音ともとれぬ音と共に、ドラグレオの体はきりもみ状に吹き飛んだ。そのまま頭から地面に叩きつけられると、何回転もしながら地面を転げまわり、やがて頭を地面にややめり込ませ止まっていた。
ドラグレオの動きが止まると、彼の体はゆっくりと地面に倒れた。その転倒音と共に、全員がはっとした。容姿とは似ても似つかぬ豪快なヴェルフラの戦い方に、しばし目を奪われていたのである。
「ミレイユよう」
「なんだい、おっさん」
「最近の女ってのは、皆ああなのか?」
「馬鹿言わないでよ。一番の力自慢のグレイスでも無理だよ、あんなの」
ゼルドスとミレイユが冗談を交わし合う。だがそれだけ目の前の光景は冗談めいていた。まさかこの中で最も小柄なヴェルフラが、ドラグレオを圧倒するような腕力をひねり出せるとは誰が思おうか。ライフレスですら、多少目を見張っていたのは否めなかった。
だが、当のヴェルフラはあまり良い顔はしていなかった。手の感触を確かめるように、その手のひらを見つめている。
「良くないな」
「何がですか、ヴェルフラ隊長? 手ごたえがなかったんですか?」
ターシャが気遣って話しかける。昔からこのヴェルフラにためらいなく話しかけられるのは、ターシャと副隊長のマルグリッテくらいである。ヴェルフラもまた、ターシャの事は昔から気にかけていた。ターシャは自分ではまるで気が付いていないが、その成長は目を見張るばかりであるのだ。その成長を見守ってきたヴェルフラは、ターシャの事を妹分としてだけではなく、一人の天馬騎士として扱っている。
そして今ではターシャが自分で思う以上に、ターシャの事を認めている。
「手ごたえは十分すぎるほどあった。私にとって会心の一撃だ、奴の首の骨は確実に折れている。だが命を奪ったかと言われれば、それは非常に疑問だ。命をとった独特のあの手ごたえが、まるでない。
一つ聞こう、そこの黒い魔術士よ。あの巨漢は何者だ? 包み隠さず話してもらわねば、我々はここで全滅するぞ」
ヴェルフラはライフレスに問いただしたが、ライフレスもまた渋面を隠さなかった。
「知らんよ。知っていそうな女は仕留められた。いや、本当に仕留められてはいないだろうが、少なくともここにはいないようだ。
そうなると誰もあいつの正体を知らん。どうやれば止まるのかもな。そうなると殺すしかないわけだが、そもそも殺せるかどうかも怪しいものだ。見ろ」
ライフレスが指さした先では、ドラグレオが起き上がろうとしていた。首は折れたそのままで、首がだらりとあらぬ方向に垂れている。その首をドラグレオはしばし探ると、元の位置に戻そうとした。だが折れた首が元に戻るはずもない。
「何やってんだ、あいつ・・・元に戻すつもりか?」
「無理に決まってんじゃん」
「いえ、それは・・・どうでしょうか。もう腕は治っているのでは?」
「そうだ。さっき潰したはずの目も元に戻っていた。つまり――」
ルナティカが何かを言いかけた時、ドラグレオは首の位置を元の場所に戻すと、頭を一つ上からたたいてその場に固定した。そして首を一つ二つ横にゴキゴキと鳴らすと、くるりと振り向いたのだ。再び赤く光る眼に、全員がぞくりとした。
「あいつ、不死身か?」
「それはないわ。不死身の生物なんて、この世にいないはずよ」
「どうしてそう言い切れる? ここに一人いるではないか」
ライフレスの言葉に、アルフィリースは静かな目でライフレスを見返した。驚くほど静かなアルフィリースの目に、ライフレスは逆に何も言えなくなっていた。
「不滅の生物なんていないわ、貴方もそう。どうしてそんなに不滅や不死にこだわるの?」
「・・・魔術士ならば一度は夢見る命題だ。こう見えても魔術士なものでな、不思議はあるまい」
「そんなもの、ありはしない。どうしてかは説明できないけど、それだけはわかる。もし不滅のものがあるとすれば――」
だがアルフィリースの言葉はドラグレオの咆哮にかき消された。ライフレスがドラグレオの方をふと見ると、またしてもドラグレオは突撃のために地面を踏み切ったところだった。
そしてその突進を止めたのは再びヴェルフラ。だが今度はヴェルフラも大きく押し込まれる。
「むぅ?」
「うるああぁああああ!」
ドラグレオがしゃにむに力ずくに押し込むのを見て、ヴェルフラはその力をいなした。たまらずドラグレオは地面に手をついたが、その手をライフレスの魔術が地面に縫いとめた。ドラグレオの両手を杭のような黒い物体が貫き、そのままさらに放射状に小さな糸を出すと、言葉通りに手を地面に縫い付け固定したのだった。
「存分にやれ、女傑よ」
「おおおぉおう!」
間髪入れず、ヴェルフラは手にしたハンマーをドラグレオの顔面めがけて全力で振りぬいた。鈍い音と、飛び散る血。だがヴェルフラはその手を緩めることなく、三度、四度・・・何十度となく渾身の一撃を叩き込み続けた。あまりの凄まじい攻撃に成り行きを全員が見守ったが、何十度攻撃を打ち込んだか。ついにヴェルフラのハンマーが負荷に耐え切れなくなり、折れてしまった。
続く
次回投稿は、4/22(月)15:00です。