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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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足らない人材、その44~獣の宴⑦~

「ぐるああぁうぅぅぅ!」


 声にならない奇声と共に、リディルは突進を開始した。虚を突く形にはなったのか、リディルの滅茶苦茶な攻撃はドラグレオに全て命中した。ドラグレオの体からは鮮血が吹き上がるが、それも一瞬。ドラグレオの傷は本当に一瞬にしてふさがってしまった。

 リディルが疑問に思う暇もなく、ドラグレオはすかさずリディルのみぞおちに拳を食らわせ吹き飛ばした。凄まじい衝撃にたまらずリディルは吹き飛ばされるが、そのリディルを受け止めた物体があった。突如として出現した傘のような物体は、良く見れば巨大な茸の類である。リディルは受け止められ地面に着地すると、茸は傘を閉じ、腐食したネズミを思わせる風体の魔王がそこにはいたのだった。茸はまるで腐敗したネズミを苗床として生えているかのようであった。

 リディルが何事もなかったかのように指笛を吹くと、その魔王とさらに森の中からドラグレオの攻撃を生き延びた魔王達が一斉に飛び出してきて、ドラグレオに襲いかかった。ドラグレオは迫る魔王達を振り払わんと必殺の拳を振るうが、魔王達もドラグレオの一撃だけでは死にはしない。頭を砕かれようが体を引き裂かれようが、リディルの命じるままに魔王達はドラグレオに群れて襲いかかった。

 容赦なくドラグレオには爪や刃が突き立てられ、中にはドラグレオに噛みついたまま何らかのブレスを放つ魔王までいた。特攻のような魔王達の攻撃にドラグレオもたまらず引き倒され、魔王達が群がる間から鮮血が、怒号がほとばしる。


「うぐるあああぁぁああああ!」


 その怒号も徐々に収まると、後には魔王達の咀嚼音と容赦のない攻撃音が止むことなく聞こえてきていた。あまりの容赦なさに、ラーナやフェンナなどは口を押えて立ち尽くしていた。


「う・・・なんて容赦ない」

「ひどい・・・」

「ひどい? どこが?」


 ドゥームがフェンナの言葉に反応する。


「全然ひどくなんかないよ。むしろあのくらいやらないと、一瞬たりとも止まらなかったろうよ。ドラグレオはタフさだけが売りの奴だからね。殺さずに止めるなんて無理なのさ。

 もっとも、そんな器用な命令が実行できそうな雰囲気はあの勇者サマにはなさそうだけどね。いいんじゃないの? 君達にとってはあの炎獣の仇だろう? あの緑の髪のお姉さんはいないようだけど、ちょっとは溜飲が下がったんじゃない?」

「余計な世話ですよ、ボケナス。そんなことよりその勇者が問題です。あれとその魔王共も仕留めてくれるのですか?」

「そんな必要はないさ。マンイーター!」

「はい」


 ドゥームの呼びかけに応じて現れたのはマンイーターであった。その呼び名をアルフィリース達は覚えていた。通称、初心者の迷宮ダンジョンで出会ったあの魔物である。マンイーターという魔物のせいで多くの傭兵が命を落としたことを、アルフィリースやラインは忘れていなかった。

 だがその時とはマンイーターの様子は違っていた。以前見た時は10歳になるかならぬかのガリガリに痩せた女の子だったはずなのに、今は明らかにリサくらいの歳に成長している。それに髪も伸びて体もふくよかになり、その風貌が依然と比べて分からぬようになっていた。以前は無邪気だが、激しく狂った印象を覚えた。だがその狂い方は一直線で、ある意味ではわかりやすいとも言えた。だが今は違う。以前とは明らかに違う異質の不気味さを従えて、マンイーターを呼ばれた悪霊は姿を現した。

 ドゥームがマンイーターに命じる。


「マンイーター。新しい力を試せるかい?」

「ええ・・・できると思う」


 やや鈍い反応を見せたが、マンイーターはドゥームの命令を聞いた。マンイーターの髪がざわりと揺れると、髪はそのまま伸びて地面に垂れ下がり、髪で魔方陣を描いていた。魔方陣が完成すると、リディルの足元にも同様の魔方陣が出現する。リディルが気付いた時には、すでに手遅れだった。


「眠りなさい、い夢を」


 マンイーターの命ずるまま、リディルはその場に倒れ伏した。マンイーターの力に、ドゥームは満足そうに拍手を送る。


「上手くいったじゃないか。インソムニアとの同化は馴染んできたようだね」

「完全じゃない・・・まだインソムニアよりも私が優勢だけど、完全に彼女が消えたわけじゃないから。あまり疲れると・・・意識が保てない」

「そっか、それもしょうがないね。人格や喋り方も影響が出ているのはしょうがないかあ。でもあの男はしばらく眠らせておいてくれよ。帰る途中で大騒ぎ、なんてことになったら困るからね」

「ええ、一日は大丈夫なはず・・・でも他の魔王を眠らせるのは無理よ・・・」

「十分だよ。他の魔王はアノーマリーが来れば回収できるだろう。既に彼らを指揮する者はいないんだからね。それに最悪処分してもいい。もったいないけど、代わりは作れる。だから今回の成果は上々さ!」

「・・・おかしいぞ」


 ご機嫌なドゥームとは対照的に、ライフレスは異常を感じた。リディルは確かに眠りに落ちた。インソムニアの眠りは魔法に近い。いかにリディルとはいえ、抗うことは不可能だ。それはわかる。

 だからこそ、リディルがいなくなったにも関わらず、魔王達の行動が一向に変わらないことがライフレスには気になった。指揮官が倒れれば、少なからず兵は動揺するものである。事実、魔王という個体がいなくなると、統率下にあるオークやゴブリンどもは四散するのが習わしであった。

 なのに魔王達は一心不乱にドラグレオに攻撃を続けていた。まるでそうする強迫観念にでも駆られているように。そして鮮血は、いまだにやむことなく飛び散り続けていた。


「あれ・・・誰の血だい?」

「おい。そろそろやめろ、貴様ら」


 ライフレスは命令をしてみた。魔王達は格上の自分達に従うように製作されたはずであり、アノーマリーも間違っても自分達に攻撃をしないように、発生途中の段階で刷り込みをしていると言っていた。だから魔王達が自分達の言うことを聞かないはずがないと。

 だが魔王達はライフレスの命令にまるで従わない。業を煮やしたライフレスは再度言葉をなげかける前に、手に炎の槍を形成していた。


「アノーマリーの奴が作るものは、どれもこれも躾がなっていないようだな」

「喝を入れるってこと? 過激だねぇ」

「死から這いずり出た異形の命には、丁度よいくらいの灸だろうよ」


 ライフレスは無表情のまま、炎の槍を魔王の背後目がけて無造作に放った。魔王達も勘付いていないわけではないだろうに、炎の槍を受けるに任せていた。ライフレスの炎の槍はそれなり以上の威力があり、何体かの魔王を貫通すると爆炎となり燃え上がった。さしもの魔王達もドラグレオに噛みつくのを止めるかと思われたが、魔王達は燃え、その姿を崩しながらもなおドラグレオへの攻撃を止めなかった。


「奴らは恐れている」


 口をきいたのはルナティカ。相槌をうつのはミレイユとヴェルフラ。


「動物が天災を恐れて集団自殺するのに似てるねぇ」

「それも尋常じゃない怖れ方だ。焼けながらも敵に噛みつこうとするのは」

「おいおい、ドラグレオは死んでるだろ?」


 ドゥームが燃える魔王達を指さす。だがライフレスが静かにその言葉を否定した。


「・・・どうやら違う様だぞドゥーム」

「はい?」


 一体の魔王が燃え盛る炎に攻撃の手をついに緩めた時、魔王達の体はあっという間に砕けて空に散った。少し遠巻きに攻撃していた人型の魔王はいち早く異常を察知して逃げようとしたが、炎の中から飛び出してきた太い腕にその首根っこを押さえられた。そして空に舞い上がった大量の肉塊と血液が、雨のように炎を消してしまった。

 全身に血を浴びながら立ちあがったのはドラグレオ。暴れる魔王を屁ともせずその手で絞め上げながら、ドラグレオは悠然と立ち上がった。


「無傷だと・・・!」

「マジかよ。飛び散っていた血は一体なんだったんだ?」


 ドゥームが疑問と不満の声を上げる。リサはその答えを知っていた。ドラグレオは魔王の猛攻の前に、確かに傷を負っていた。いや、むしろ何度も死にかけたろう。この至近距離ならばいかに戦場であろうとも、リサには詳細がわかっていた。魔王達の攻撃は確実にドラグレオの目を抉り耳を削ぎ、髪の毛を引き抜きその肉を、皮を引き裂いていた。いくつもの刃や歯が骨に達し、深いものは心臓に達していた。常識で考えればドラグレオは何度も死んでいるはずである。

 だがドラグレオは死ななかった。牙が肉に食い込む。すると肉がその牙を押し返して欠けさせんばかりの勢いで再生する。爪が心臓に付きささる。すると噴き出す血はその爪を押し返して派手な鮮血を周囲にまき散らした。つまり、ドラグレオは傷つく端から端から、凄まじい速度で再生していたのだった。

 リサはその事実を感知しながら、誰にも言い出せずにいた。致命傷すら一瞬で回復する再生力、それはもはや不死身にも等しい。攻撃が食い込むたびに増していくその生命力に、リサは圧倒されていたのだ。これではまるで、大地そのものを相手にしているようではないかと。そんなバカげたことをリサが誰に言えようはずもない。

 だがそれでも戦意をいまだ失わない者達がいた。ヴァルサス、ミレイユ、ライン、ゼルドス、ライフレス、ヴェルフラ、ルナティカ、そしてアルフィリース。彼らは一様にドラグレオを睨みつけると、それぞれ得物を抜きながらドラグレオに歩み寄っていく。



続く

次回投降は、4/16(火)15:00です。

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