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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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足らない人材、その43~獣の宴⑥~

「・・・来た」

「? 何がです?」


 ドゥームのつぶやきにリサが反応する。ドゥームは森の一点を指さした。


「この戦場を終わらせる決定打が来る。今のあいつの前には全てが無意味だ」

「どういうことです?」

「来ればわかるさ、今日のあいつは容赦なしだ。きっとひどいことになる」


 ドゥームは知っていた。この場所にあの状態のあの男が来れば、生き残ることができるのは数人だろうと。だがドゥームは本当の意味での男の恐ろしさをわかっていなかった。男がその気になれば、目の前の全ては灰へと姿を変えるだけなのだと。そうやって南の大陸の砂漠はできたのだとドゥームが知るには、彼は発生してからの歳が若すぎた。

 リサがドゥームの指さした先から感知したのは、膨大な力の奔流。直後、一瞬全てを包み込むほどの光が森を包んだかと思うと、リディルの背後には光の道が出現していた。そして起こる大音響と、大爆発の衝撃で空に舞いあげられる遠くの山。信じられない光景に、全員が呆然と空を見上げた。


「なにあれ・・・」

「・・・知りませんよ。今日は大分驚きの連続ですが、いい加減夢を見ているのじゃないかという気分になってきました。山が宙に吹き飛ばされるなんて、悪い冗談なんて言葉じゃ片付けられません」

「つねってもいい?」

「自分の頬にしてください」


 アルフィリースのつぶやきに、普段から冷静なリサが呆然と反応する。ドゥームもまた何かとんでもないことが起こることはわかっていたが、さすがに彼の想像をはるかに超える事態であった。


「ドゥーム」

「なにさ」

「貴様、ここまで予想していたのか?」

「冗談言いっこなしだよライフレス。だれがあのバカがここまでやれると思うのさ。せいぜい勢いに任せて殴るくらいの単細胞だと思っていたけど、とんだ力を隠していたもんだ。もっとも同じ三すくみのカラミティは、反応が違うようだね」


 ドゥームが青い顔でカラミティの方を見ると、そちらではカラミティがさらに真っ青になってかたかたと震えていた。歯がカチカチと鳴らされ、言葉が口をついて上手く出てこない。


「この力、白銀の王の・・・だから・・・」

「何ぶつぶつ言ってんのさ、カラミティ。どうすればあいつを止められるか、知恵を貸しておくれよ。君は南の大陸で彼と互角にやりあってたんだろう?」

「無理、無理だわ」


 カラミティには珍しく弱気な発言だった。


「ドラグレオがどこから出現したか、私にはずっと不思議だった。ただの人であるはずのあの男が、どうして突如あれほどの力を手にし、そして永く生き続けているのか。でも謎が解けたわ。理屈はわからないけど、あいつは伝説の獣の能力を継いでいる。かつて南の大陸の三分の一を砂漠と化し、ブラディマリアと互角の戦いを繰り広げた『白銀公』と呼ばれた魔獣の力を」

「白銀公。聞いたことがないな」

「当然よ、人の歴史のはるか前から存在している魔獣ですもの。その中でも特に強かった一体。そういった魔獣は今はほとんど姿を見せないけど、事実何体かはまだ生きているはず。いなくなったと思ったら、こんなところであの力の一端に出くわすなんて。あの男、いったいどうやって――」


 そこまでカラミティは考えて、はるか昔の光景を思い出した。自分が勢力圏を徐々に広げていた時、突如として目の前に現れた白銀の獣。妙に優しい目をした美しい獣は、一つのブレスでカラミティの勢力圏を焼き尽くした。まだカラミティが生きていると知りながらも、さも相手にならぬといった様子で悠然と去っていったあの獣。

 その後細々と生き延びながら、ある噂を聞いた。大陸の覇者であったブラディマリアと、銀の獣がやりあいブラディマリアは追いやられたと。当時大陸のほとんどを勢力下においていたブラディマリアは、その三分の一を激しい戦いで不毛の大地と化し、残り三分の一を失ったのだ。そして失われた三分の一を、カラミティは治めることに成功した。漁夫の利で得た土地だが、カラミティはその土地をすぐに要塞とすることを思いついた。それは本能的な行動であった。もし白銀公が攻めてきたら、今度は逃げられはしないだろうという恐怖を必死で拭うために。

 だが白銀公の襲撃は結局なかった。風の便りで、白銀公が永遠の眠りについたと聞いた。だがそれでもカラミティは自身の勢力圏から長く出ることはなかった。それほど白銀公は恐ろしかったのである。

 あまりに長い時の中で記憶も恐怖も薄れてはいたが、記憶を取り戻したカラミティによみがえったのは当時の恐怖と、蓄積されたそれ以上の怒り。カラミティは感情に任せ、思わず叫んでいた。


「白銀公、出てこい! あの時の屈辱を――」


 だがカラミティの言葉は最後まで発せられることはなかった。カラミティの頭、ロゼッタの親友であったララベルという女の頭は、まるで果実のように砕け散っていた。やったのは見上げるような大男。男は軽く拳を振りぬくだけで、カラミティの頭を砕いてみせた。残されたカラミティの顎が、死んだことも理解できていないように動いている。最後まで話そうとしているのだろうが、ドラグレオはその体を裏拳で無造作に弾き飛ばした。カラミティの体は、粉々になりながら闇の中に消えて行った。


「ドラグレオ! 貴様、正気か?」

「――」


 ライフレスが問いただすが、振り返ったドラグレオの目は明らかに正気ではなかった。元々正気かどうかもわからぬ男だが、その目は血走り、闇の中で怪しく赤く光っていた。ライフレスにもまた、容赦のない殺気を放っている。確かにわけのわからぬ男ではあるが、戦いにだけは誠実であるとライフレスは思っていた。敵以外、無駄な殺気は放たぬ男だとライフレスはドラグレオの事を認めていたのだ。

 だがドラグレオは膨大な殺気と共に吠えた。全身の毛が逆立つようなその雄叫びは、確かに巨獣が隣で臨戦態勢に入ったことを全員に予感させる。絶対的な死を予感させるドラグレオの雄叫びに全員が立ちすくんだかに見えたが、ただ一人、ドラグレオに飛びかかっていった者がいる。リディルであった。



続く


次回投稿は、4/14(日)15:00です。

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