足らない人材、その42~獣の宴⑤~
「ほう・・・」
「あの足運び、厄介だねぇ」
ゼルドスの傍で声を出したのはミレイユであった。いつの間にかゼルドスの傍にいたネコの獣人は、全員に掌でひらひらと撤退を促した。
「死にたくない奴、あまり反応速度に自信がない奴はこの場から離れた方がいいよぉ。ここは荒れるから」
「なんだと?」
「あ、それからね。万一に備えて変態神父も呼んでおいたよ。この戦場には一応0番隊もほとんどいるからね、最悪離脱だけでもなんとしないと。ゼルドスもゼルヴァーは残りの3番隊に任せてこっちに集中した方がいい。
でもヴァルサスの直感ってやっぱりすごいねぇ。仕留めきれないほどの大物がこんなにいるんだから。戦い甲斐があるよ、本当にさ」
ミレイユが下がり始めると、素直にゼルドスと4番隊が下がり始めた。その様子を見習って、アルフィリース達も下がり始める。様子がおかしいとわかったらしい。
ヴァルサスは油断なくリディルの行動を見ていたが、そのリディルの姿が目の前からふっと消えた。宙にはねた土の存在に気が付いた時、同時にヴァルサスはリディルの攻撃を受けていた。ヴァルサスはリディルを押し返そうとするが、その間もないほどリディルの飛びのきは速かった。そして飛びのいたと思った瞬間、次には別の方向から攻撃がとんできていた。攻撃は止まらず、ただひたすらに連続で雨のように襲いかかる。ヴァルサスは足を置き直すこともできず、その場所に釘づけになった。
「なるほど、愚直なまでに直線の動きを速くしたか。こいつらしい」
その攻撃を顔色一つ受け止め続けるヴァルサス。だが形勢はどうみても不利だった。でたらめに見える攻撃も、一撃一撃が軽くない。それが証拠に、リディルが通過しているであろう場所は木々が次々となぎ倒され、あるいは足場にされて折れていった。
「なんて攻防」
「あれは確かに人間の動きじゃないですね。こんなに人間が動けるはずがないのですよ。あれは人間の形をした別の何かです」
「だが本当に恐ろしいのはヴァルサスだな、さすが大陸に名を馳せた最高の戦士。あの斬撃を捌くとは、異常だぜ」
「本気で言ってるぅ? あんただってその気になればできるでしょう?」
ミレイユがラインの物言いに口をはさんだ。ラインは思わずミレイユを見たが、ミレイユは視線を外さなかった。ただ二人の会話はヴァルサスとリディルの喧騒にかき消されて、リサ以外の誰かが気に留めることはなかった。
「大した剣士だね、あんたさ。ブラックホークの団員以外でここまで使えそうな奴に出会うのは久しぶりだよ。どう? うちに入らない? っていうかワタシと戦いなよ」
「やなこった。お前らみたいな連中の中に入ったら、俺の個性ってやつがなくなるね」
「あんたさ、まるで本心から言っちゃいないね。あんたの言葉は嘘だらけだ。使う剣も、まるで本気じゃない。そんな生き方楽しい?」
「それは俺が決めることだ」
「ふぅん、まあいいけど。それよりあんたの団長? の女に言わなくていいの? ここ、もうすぐもっとヤバくなるよ」
「ああん?」
ラインが聞き返す頃には既にミレイユはラインの元を離れ、ゼルドスに何やら告げていた。そしてゼルドスは即座に4番隊の一部を動かすと、彼らはこの場所から離れて行った。
ヴァルサスとリディルの攻防は続く。目に見えてヴァルサスには徐々に小さな傷が増えていたが、彼はまるで気にする様子もなく、その防戦を続けていた。
その様子を見て、ヴァルサスの方が有利だということに気が付いた者は果たして何人いただろうか。ヴァルサスは冷静に、冷静にリディルの動きを見ていた。そしてほんの一瞬だけリディルのバランスが崩れたのを見てとると、疾風のような速さでリディルの利き腕を斬り落としたのだった。
周囲からはおお、と歓声が上がる。
「すげえぜあいつ! さすが大陸最強の戦士ってのは伊達じゃねぇな」
「興奮するなよロゼッタ。世の中上には上がいるさ」
「だけど、あの人まだ全力じゃない」
アルフィリースはふっと唐突にその言葉を口にした。なんの根拠もなかったが、その言葉が口をついて出たのだ。ゼルドスがその言葉に反応する。
「そうだ、まだヴァルサスは全力じゃねぇ。あんなお行儀の良い戦い方、まるであいつに似合わねぇよ」
「そうだねぇ。団長の本来の戦い方って、人よりも獣に近いもんねぇ」
「獣・・・」
アルフィリースは改めてヴァルサスの表情を見た。なるほど精悍な顔つきをした男ではあるが、そこまで荒々しい印象は与えない。むしろ町などにいれば、普通の大人といった風体だった。いかようにも大人しく振舞えそうな男ではある。獣人達が語る荒々しさなど、まるで微塵も感じなかった。
ただ魔王と化した勇者を足元に這いつくばらせるあたり、戦いに関しては一切の容赦がなさそうではある。ヴァルサスはとどめをさすべくリディルに近づいたが、リディルはヴァルサスの間合いに入る直前にとびずさった。
「(まだまだとどめは刺せないか・・・思ったより厄介だな)」
一見ヴァルサス優位に見えるこの展開も、実際に手を合わせている二人にはよくわかる。この二人にそこまでの差はない。互いに実力を押さえた状態でも、優れた剣士は真の力量を知る。この二人が互いに察知した力量は、ほとんど差がないものだった。
ヴァルサスにとってリディルの片手を奪ったことは決着をつける好機だった。だが思ったよりリディルは痛手を受けておらず、回収した左腕はあっという間にくっついていた。
ヴァルサス、リディル共に決め手に欠けていた。ヴァルサスはちらりとリディルの背後の森を見る。その闇の中には、確かに息づく生物の集団をヴァルサスは感じていた。
「(かなりの大物ばかり。ブラックホークの全戦力をつぎこめば仕留められるとしても、相当の被害を受けるだろう。そして目の前の男は俺が仕留めるしかないだろうな。相手をできるのはミレイユとその他数名くらいか。さて、どうしたものか)」
ヴァルサスが冷静に戦況を分析していた時、その場所に突如として予想外の事態が起きたのである。
続く
次回投稿は、4/12(金)16:00です。