足らない人材、その41~獣の宴④~
「来た・・・!」
「どうやら接敵は避けられんようだな。どうしてこちらに来たのか」
「そりゃあこんだけドンパチやらかせばね。君達は知らないかもしれないけど、他の場所では既に決着がほとんどついてる。残ったここに強い連中が一堂に会しているんだよ。あいつも元戦士だから、強い奴の空気を嗅ぎつけて集まってくる。それでここに来てるんじゃない?」
「本当にそうか?」
ライフレスは訝しんだが、ドゥームはそれ以上何も言わなかった。それに問いただす暇もなく、敵は姿を現していた。細いとはいえ、一斉に木が倒れたのだ。嫌でも全員が注目する。
「あれが・・・魔王だと?」
ライフレスが疑問の声を上げた。それもそのはず。彼らの目の前に現れたのは、ただの人間の男一人だったのだから。背中には剣。簡易な鎖帷子と旅人のような軽装に身を包んだその人間は、ややだらりと手を垂らすようにしてその場に立っていた。
しばし対面する両者。そこにゼルドスが合流してきた。
「さっきの遠吠えはなんだ? 獣人のものとは違ったようだが・・・なんだか見知らん顔が増えたな」
「あいつがどうやら発したようなの。それよりさっきの戦いは?」
「ああん、俺の勝ちだよ」
ゼルドスは全く自慢せず、ごく自然であるかのように言い放った。確かにゼルドスの肩にはゼルヴァーが鎧姿のまま担がれている。そして後ろからは彼の部隊が徐々に追いついてきたのだった。
「隊長、あまり先行しないでください!」
「るせえぞラッシャ。あの程度の騎馬隊なら、お前だけでもなんとかなるだろうが」
「なんとかしたんですよ。言うほど弱くはありませんぜ、あいつら」
「んなこたどっちでもいい。それよりこっちだ」
ゼルドスが男を指さすと、ラッシャはそちらを見た。同時にラッシャの全身の毛が逆立つ。ラッシャは本能で悟った。あの相手は最大に警戒すべき相手だと。
「隊長、ありゃあ・・・」
「ああ、相当ヤバい。俺が見た中ではピカ一ヤバい奴に入る。まじいな、奴の後ろにも厄介そうなのが大勢いるし。こりゃあ出てくる場面をまずったかな?」
「ヴァルサスを呼んでおくべきでしたか」
「呼んだか?」
ラッシャのぼやきに、獣人達の中から声が上がる。獣人たちがその声に反応するようにどくと、そこには確かにブラックホークの団長、ヴァルサスがいたのであった。ゼルドスも知らなかったのか、驚きの声を上げた。
「おい、ヴァルサス! なんでここにいる?」
「雇われたからだ。この戦場の火消をしろとな」
「誰にだ?」
「それは言えん。だが、俺をここに呼んだのはあの男だ」
ヴァルサスが指さすのは、その人間の男だった。ヴァルサスが来たことに、その男は反応して剣を抜いた。ヴァルサスもまた呼応するように剣を抜く。
「あいつがお前をここに呼んだってのか?」
「ああ、そうだな。ただ俺だけじゃない、呼んだのはあいつの叫び声に反応できる強者全員だ。俺はたまたま近くにいただけだろう。
だが知らない顔でもないぞ、あいつは」
「誰だ?」
ヴァルサスはため息とともに語る。
「あいつは勇者認定を受けた傭兵。『真の勇者の原石』と言われた男、リディルだ」
「あいつがか!?」
「おい、その名前は俺も知ってるぞ」
ゼルドスは驚き、ラインもまた同様に声を上げた。いや、ラインに限らず、傭兵の中には少なくともその名前を聞いたことのある者が多数いたのだ。
勇者リディル。若くしてそのあまりに素晴らしい功績に勇者認定を受けた傭兵。高貴な身分の出自であり、若くしてその遺産を受け継いだリディルは、その財産を領地の農民のために放出。自ら領地に出没する魔物と戦い、貴族の誇りを胸に、戦を師として成長した戦士。平民と苦楽を共にし、彼の人柄に惚れて多くの人間が彼を助け、また彼もより多くを助けた。望まれて勇者になった男、リディル。彼はいずれ大陸を代表する勇者になるだろうと、誰もが噂していたのだ。
その戦士が魔王の長として目の前に立っている、その事実。ラインが怒りを隠さず、ドゥームにつかみかかった。
「おい、どういうことだ!? お前達はリディルをやったのか?」
「僕じゃないね、少なくとも。それにアノーマリーでもないはずだ。アノーマリーは『拾った』って表現をしたからね。やったのならもっと自慢するはずだ。
やったのは別人さ。それもリディルの仲間ごと、とびきり残酷な方法で殺してたって話だ。アノーマリーもちょっと口ごもるくらい、そりゃひどい有様だったそうだよ。そんなことできるやつ、人間の中でも限られると思うけどね」
「やはりあの噂は本当か」
ヴァルサスがぼそりと呟いた一言をリサは聞き逃さなかった。
「どういうことですか? あの噂とは?」
「・・・勇者を倒す者は限られるということだ」
「・・・なるほど」
「それより来るぞ」
ヴァルサスが飛び出すと、同時にリディルも飛び出した。ヴァルサスの踏込も相当速かったが、リディルの飛び出しは常軌を逸していた。ヴァルサスが一歩踏み出した時、既にリディルは距離を潰して肉迫していた。勢いに押され、地面を抉りながら下がるヴァルサス。
「ぬうっ!?」
「ヴァルサス!」
ゼルドスが思わず声をかけたが、ヴァルサスはすぐにリディルを押しのけた。だがリディルは押しのけても押しのけても、すぐに体勢を整えてヴァルサスに襲い掛かる。まるでゴムひもをつけた球のように、すぐにヴァルサスに襲い掛かるのだ。一撃一撃、全身の軋む音が聞こえるかのような衝撃が周囲に走る。
そのリディルの凄まじい攻撃に周囲は割って入る事ができず見るだけとなったが、ヴァルサスはとても冷静にさばいていた。攻め込まれたのは最初の一撃だけで、あとは完全に余裕をもってリディルの打ち込みを打ち払っていた。
感嘆するのはアルフィリース達だけではなく、カラミティ、ゼルドスやライフレスも同じだった。
「へえ、やるじゃないの」
「ヴァルサスのやつ、また強くなってやがる」
「ふむ、あれほどの剣士がまだ今世にもいるか。一手所望したいものだ」
そしてヴァルサスはリディルの打ち込みを見切ったか、最後は完全にリディルの一撃を交わして、その土手っ腹に一撃を加えたのだ。剣で斬りつけなかったのは、ヴァルサスの余裕の表れであった。
「昔と変わらないな、リディル。愚直なまでに一直線の攻撃だ。いかに速くとも、それでは俺に届かん」
「うるる・・・」
ヴァルサスは問いかけたが、リディルには果たして聞こえていたかどうかは疑問である。ただ実力差は感じ取ったのか、ヴァルサスの周囲を回るようにして慎重に様子をうかがい始めた。
膠着状態に入るのかと皆が思ったその瞬間、リディルの足が止まった。そしてたん、たん、と足を踏み鳴らし始めると、その足が複雑な歩調を刻み始め、ほどなくして目に見えないほど高速の足運びとなっていった。
続く
次回投稿は、4/10(水)16:00です。