足らない人材、その39~獣の宴②~
「ヴェルフラ隊長、何も天馬から飛ばなくても!」
「急かしたのはお前だ。自分の傭兵団が危ないから、救援を頼むとな。私は高いぞ?」
「うう、そこは交渉次第ってことでお願いします。仲間割引とかないんですか」
「ないな」
ターシャはむくれながらも、天馬を地面に着地させながらヴェルフラに頭を下げた。ヴェルフラは毅然として戦場に降り立つと、アルフィリースの方を見る。
「貴女がアルフィリース?」
「ええ、あなたは確か報復部隊の・・・」
「アルフィ、失礼ですよ」
そこまでアルフィリースが言って、慌ててリサがその口をふさぐ。報復部隊とは通称であり、失礼な物言いに当たると思ったからだ。その様子を見て、ヴェルフラは自然にアルフィリースの言葉を流した。どうやら慣れているらしい。そして口調もターシャに応対する時と異なり、女性らしく丁寧なものだった。
「構いませんよ、その方が私の事を正しく言い表しているでしょう。正しくは部隊アテナ、隊長のヴェルフラです。以前も少々顔見知りになりましたが、改めましてごあいさつを。そしてご無事で何より。
ここからは部隊アテナが貴方達を空から援護します。サラモの砦までの誘導はできますから、差し当たっては誘導しやすいように街道を目指していただきたい。見れば部隊も疲弊している様子。露払いは私がしましょう」
そういってにこりとしたヴェルフラに、背後から一体のヘカトンケイルが襲い掛かる。だがヴェルフラは振り向くことなくヘカトンケイルの剣を指二本ではさみ止めると、そのままヘカトンケイルを引き倒し、頭を踏みつぶした。あまりに武骨で無造作な倒し方に、ライフレスですら目を丸くしたほどだった。
「・・・驚いたな・・・大した女傑がいたものだ・・・」
「ちょ、馬鹿力にもほどがあるでしょ?」
「お褒めに預かり光栄だ。で、私の敵は誰だ? そこのヘカトンケイルとかいう――」
そこまでヴェルフラが問うたところで、彼女の視界には一人の男が入った。その男、グンツとヴェルフラは目が合うと、グンツが「まずい」と言わんばかりにヘカトンケイルの陰に隠れた。ヴェルフラはグンツを認識すると、不意にそちらの方に歩み始めた。ヘカトンケイルが武器を構えて立ちはだかっていることなど、お構いなしである。
ヴェルフラはなおも前進しながら問いただす。
「そこの男、こちらを向け」
「いや、人に見せられるような大した顔じゃないんでね」
「冗談はいらん。こちらを向け、グンツ」
ヴェルフラに名前を呼ばれて、グンツはびくりとした。別に実力がヴェルフラに劣るとかなどと考えたわけではない。それは本能のような怯えである。自分の傭兵団が壊滅に追い込まれるまで散々追い回され、そして自らも死線以上を彷徨うことになった原因を作った女。自分の人生を、仲間にそうしたように力ずくで捻じ曲げた目の前の女を、グンツは本能で恐れていた。
もちろん最初はヴェルフラを恨みもし、どうやって犯し殺せばあの端正な顔が歪むだろうかとグンツは自らの残虐な知識を総動員して考えもした。だがしばらくして自分の力が今までのものと異質になったと知ると、今度は感謝もしたのである。
しかし実際にヴェルフラを目の前にしてグンツに浮かんだ感情は、ただ恐怖することであった。出てこいと言われてもそのような気分にならず、ちらちらとヴェルフラの方をうかがおうとするグンツに嫌気がさしたのか、ヴェルフラはいつの間にか取り出した巨大なハンマーをグンツの方に向けた。
「隠れるのならそれもよし。貴様がこの大陸のどこに隠れようと、その隠れる物陰ごと粉砕してみせよう。私は報復者の長だ。私から逃げ切ることなど不可能と知れ!」
「うへぇ、かっこいいじゃねえの! お前ら、総出で丁寧にぶっ殺してやれ」
グンツはヘカトンケイルに隠れたまま命令を下した。グンツの命令通り、ヘカトンケイルは一斉に動き始めた。一度に5体を超えるヘカトンケイルがヴェルフラに襲い掛かる。誰もが危ないとヴェルフラを心配したその時、逆にヴェルフラの一振りでヘカトンケイルがまとめて吹き飛んだのである。
「・・・あれ?」
吹き飛ばされながら粉みじんになるヘカトンケイル。ただの肉塊と化しとヘカトンケイルの一部がグンツの顔に張り付いた時、初めて彼はどのような相手に自分が狙われているのかを正確に理解した。
「すまんなターシャ。私は今からこいつとその部下を皆殺しにする。こいつがアルフィリースを追い詰めている原因の一部なら、それで依頼を果たした事になるか?」
「え、ええ。いくらかは」
「報酬の話だが、いらんよ。これは私のフリーデリンデにおける業のようなものだ。私はただ与えられた役目を果たすとしよう。後の事はマルグリッテに任せる」
「でも相手は100はゆうにいますよ?」
「100だろうが200だろうが知ったことか」
ヴェルフラがもう一度ハンマーを振るうと、やはり周囲のヘカトンケイル達が吹き飛ぶ。彼らは恐れによる躊躇など知らないので、まさに自ら死地に飛び込むかのごとき無残な死体をあたりにまき散らした。
凄まじい虐殺が始まったところで、ライフレスがドゥームに話しかける。
「・・・で・・・何が来るんだったかな・・・」
「・・・はっ、そうだ! ヤバい奴が来るんだよ。あいつがきたら本当にまずい。まだ制御の方法が見つかってないんだから」
「・・・だから何が来ると・・・」
その時、咆哮とも雄叫びとも取れぬ声が夜の森に響いた。ただ事ならぬその声に、カラミティもライン、ロゼッタ。そしてヴェルフラとグンツもその動きを止める。その声を聞いてますますドゥームの顔が焦り始めたものになる。
「来たか!」
「おい、説明をしろ」
ライフレスの口調と共に、姿が成人に変わる。ドゥームのいつもの茶化した様子がないことから、ただ事ではないと察したらしい。
ドゥームは呼吸を整えると、説明を始めた。耳を傾けてアルフィリース達も聞き入る。
続く
次回投稿は、4/6(土)16:00です。