初心者の迷宮(ダンジョン)にて、その14~ラインと魔剣~
「魔剣・・・だと?」
「そう、かつて我の所有権を巡って幾多の人間が止むことなき争いを・・・」
「いや、そんなのはどうでもいいから、お前が魔剣だという証拠をみせろ」
「く、人の話を聞かない奴だ・・・いいだろう」
ダンススレイブが目を閉じ集中すると、その体が自分の影に吸い込まれ、代わりに剣が浮上してくる。その形状はたしかにダンジョンの地下で見たあの剣だった。
「なるほど、確かに」
「我の言葉を信じるか?」
「ああ・・・だが」
「ぐぁ!?」
またしてもラインが突然ダンススレイブに蹴りかかった。
「その姿に戻ればこっちのもんだ!」
「貴様、我が女の姿をしたのを承知で蹴るのか?」
「剣に性別なぞあるか! だいたいだーれーがご主人様だぁ? 魔剣の分際で勝手に決めるな!」
「そこは普通泣いて喜ぶ所だぞ? 魔剣の主とかカッコイイだろう?」
「俺をそこらへんのパンピーと一緒にするんじゃねぇ」
「貴様・・・さてはアブノーマルか?」
「誤解を招くような言い方をするなぁ!」
真剣と人間が真剣に争っております。しばらくおまちください。
・・・・・・ややあって。
「くそっ、俺は呪われた剣などの世話にはならん」
「そういうな、我は便利だぞ? 別に使わずとも、その知識だけを利用してもよい。なにせ500年はゆうに生きているからな」
「とかなんとか上手いこと言って俺を呪う気だな? お前なんか海に捨ててやる! 塩水でゆっくりと錆びていくがいいさ」
「ふん、海水で錆びるぐらいなら魔剣と呼ばれんさ」
「じゃあ火山のマグマにぶちこんでやる」
「それは・・・溶けるな」
「よし、決まりだ!」
ラインが剣に手をかけると、途端に剣が騒ぎだす。
「き、貴様! どこを触っておるか!?」
「あんだよ、顔か?」
「胸を鷲掴みにするな!」
「知るか!!」
こんなめんどくさい魔剣があってたまるかとラインは思いつつも、何かの気配にピクリと反応し、体は自然と木の影に隠れていた。
「なんだ? 何の気配だ?」
「さすがマスター。人間にしては敏感だ」
「マスターじゃねぇ。が、これはどこから・・・遺跡か!」
ラインが遺跡に目をやると遺跡の入口が壊れ、中から出てきたのは、再び蟹のような姿を取ったマンイーター。
「おなかが・・・すいたよぉおおおぉおぉおお!」
「またアイツか! しつこいにもほどがあるぞ?」
「確かにしつこいが、悪霊などあんなものだ。たいていは未練、恨み、つらみといった負の感情の塊だからな。未練が果たされん限り止まる事がないというのは、昔からの通説だと思っていたが?」
「ち、頼むからこっちに気がつくなよ・・・」
ラインは息をひそめていたが、どうやらマンイーターはこちらに気が付く気配はない。その代わり、なにかしらしきりに匂いを嗅いでいる。そして向かった方向は、ラインとはまるきり正反対の街の方向。
「おいおい、アルフィリース達の後を追いかけていくぞ?」
「そうなのか。まあより沢山食べれる方に行ったのだな。好都合だ、今のうちに逃げることを勧めるが?」
「もっともだ。だがな」
ラインが立ちあがり剣を抜き始める。
「おいマスター。なんとなくわかるが念のため聞こうか。どうするつもりだ?」
「あれを倒す。あいつらの元へはいかせない」
「そんな正義の味方みたいな真似は似合わないんじゃないのか?」
「そうだな。だが似合う似合わないは別の話だ」
「勝てないぞ?」
「それも別の問題だ」
「やれやれ」
ダンススレイブがため息をついた。
「そんな正義感のある人間だとは思わなかったがな。惚れた娘でもいるのか?」
「さぁな。自分でも惚れているのかどうか、よくわからんよ。だが気になるのは確かだ。危なっかしくてしょうがないからな」
「ふ、そうか。マスターよ、どうしてもやるというのなら我を使え」
「言ったろ、魔剣の世話にはならん。だいたい魔剣は使用者に代償を求めると聞くしな。力の代わりに人間性や魂を捨てるなんて御免こうむるぜ」
「別に我が代償を求めているわけではないのだがな。それに何も魂を捧げろとは言わん。正確には反動がくるだけだ」
「反動? お前、何の魔剣だ? 能力は?」
「よく聞け人間、我の能力はな――――だ」
ダンススレイブの言葉をラインは真剣に聞いていた。そして聞いた後、ラインはしばし悩むようなそぶりを見せた。
「なるほど・・・それで反動か。お前、危ない奴だな」
「やっぱりマスターは賢いよ。理解が早いしその危険性もわかってる。我の危険性をわからん奴は、一度の使用で死んでしまうからな」
「で、勝てるのか?」
「我を使って勝てないことはありえない。後はマスターの技量次第だ」
「言うじゃねぇか。使いこなしてみせるぜ、魔剣」
「ちゃんと名前で呼べ」
「アイツに勝てたらな」
ラインが魔剣を握り、マンイーターに向かって吠える。
「こっちだバケモノ!」
さすがにその声に反応したのか、マンイーターがラインに向き直る。
「おなかがすいたよおおおぉおお」
「お前はそれしかねぇのな。じゃあ腹いっぱい俺の斬撃を喰らわせてやるよ!」
ラインが魔剣を構えてマンイーターに突進する。リサのセンサー領域からも既にはずれており、アルフィリース達の援護が無い状態で、ライン一人の戦いが始まっていた。
***
そして10分も経っただろうか。戦いの勝者は――――ライン。地面には完全にバラバラにされたマンイーターの残骸が転がっていた。完全にコマ切れ状態で、もはやどこがどの部分かわからない。これがパズルだとしたら、最高難度だといわざるを得ないだろう。
その傍らで剣を支えにようやく立っているライン。
「これは・・・確かにきついな」
「だがその程度の反動で終わらせると我も意外だよ。技量も大したものだ。どうやら貴様は余程鍛えこんでいるようだな」
「見た目よりはそうかもしれんな。だがお前のいうことが理解できたよ。確かにこんな力があるなら、お前を巡って戦争が起きてもおかしくない」
「ようやく我の偉大さが理解できたか」
「危険性もな。やっぱりマグマに・・・」
「やめろぉ!」
「冗談だ」
そんなやり取りの最中、マンイーターの霊魂が子どもの姿で出てきた。
「まだやるのか!?」
「いや、この子に霊体でどうこうするような力はない。霊体は直接生きている人間に干渉は出来ないからな。有機物に憑依するか、無機物を動かすかどちらかだ。もっとも無機物にすら自在に干渉するような悪霊ともなれば、歴史上でも数えるほどしかいないが」
ダンススレイブが解説をする中、マンイーターは悲しそうにつぶやいた。
「わたしはおなかがすいてるだけなのに・・・どうしてじゃまをするの?」
「さぁな、俺に聞くな」
「マスター、我々では霊魂にとどめはさせない。放っておくしかないだろう。悪霊ともいえど存在根拠がなければ消える。後で然るべき者を派遣して浄化してもらうのがよかろう」
「ああ・・・」
ダンススレイブの言に従い、そのまま剣を収めて立ち去るライン。一度だけマンイーターの方を振り返ったが、ラインにはできることとできないことの区別がきちんとついている。
そしてラインが去った後、マンイーターの霊魂だけが残された。ラインは道すがらダンススレイブをどうしたものかと、品定めするようにじっと眺めていた。
「さて。魔剣はここに捨てて、と」
「貴様、まだ言うか?」
「だから冗談だ」
「ぐ、くぅっ」
やりこめられたダンススレイブが悶絶している。どうもラインの方が責めらしい。いや、そういう問題でも無いか。とりあえずラインにとって、からかいがいのある魔剣ではある。
「どっちにしても人間の体になれるなら、俺についてくる気だろ? だったらしょうがないから一緒に行ってやるよ。ただ背負うのはめんどくさいから、人間の姿で歩いてこいよ」
「・・・仕方がない」
ダンススレイブが女性の形に変身する。
「フフフ、中々美人だろう?」
「・・・まあ否定はしない。これで人間だったら即座に押し倒してやるけどな。だがなんで女なんだ?」
「それは知らん」
「自分のことだろうが」
「それはそうだが、剣によってその姿は色々だ。男、老人、子ども・・・中には獣なんてのもありうる。我も気が付いたらこの姿だったし、その前の記憶などは無い。なにせ元が剣だしな」
「まあいいさ。とりあえず気になることがあるから調べに行く。ついてこい」
「何を気にしている?」
「この依頼の出どころから初めて、最近各地で不審な動きが多い。クルムスの戦争も気になるし・・・その辺からかな。まずはこの形見の階級章をギルドに届けるが」
ラインがじゃらり、と袋の中身を鳴らしてみせる。
「律儀なことだ。だがその前に一つ――マスターの本名を聞いていいか?」
「本名だと?」
「偽名だろう。ラインが本名なら、先ほど我を使用した時にもっと力を発揮したはずだからな。魔剣との契約において言霊的にも本名は重要なんだよ」
「そうなのか、偽名ってほどでもないんだがな・・・まあいいか、俺の本名は――だ」
「ほう、良い名ではないか。なぜ本名で通さない?」
「故郷ではお尋ね者なんだよ。まあその辺は旅先でおいおい話そうぜ。あと俺のことはマスターとか貴様はなしだ。ちゃんとラインって呼べよ、ダンススレイブ」
「ふふ、了解だライン。我の呼び名もダンサーでよい」
「わかったよ。とりあえずお前の旅用の服を調達するか。目立ってかなわん」
「男はこういうのが好みなんだろう? ほれほれ、つけてないし、はいてないぞ?」
「いちいち見せんでいい!」
そして2人、いや、1人と1本の剣は森の中を歩いて行った。彼らの活躍により自身の身が救われたことをアルフィリース達が知るすべはない。
続く
この魔剣の話を周囲にしたとき、「○○っぽいね」と言われましたが、私はその作品を知りませんでした。この魔剣のネタを書いているのは今でも、思いついたのは15年くらい前か・・・? でも長い歴史の中で、同じようなことを考える人はいたようで。