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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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足らない人材、その38~獣の宴①~

「なんだ・・・?」


 レイヤーはどことなく夜の森に違和感を覚えた。違和感の正体はわからない。ルナティカに教わった知識にはない。だが、何かがおかしいことだけは本能で悟った。


「静かだ・・・とても静か――!」


 レイヤーは理由なく剣を背後に差し出していた。危険を感じたわけでもないが、ただなんとなくそうしたのだ。だがその剣に確かに伝わるのは金属の重みと衝撃。なのに剣戟の音は鳴らず、振り返ったレイヤーの目の前にはこれから追おうとしていた闇猿達の体の一部が、無造作に宙に舞っていたのだ。

 レイヤーは突如として出現したその死体の山を煩わしく払いながら、敵の正体を確かめようとした。だが死体を払ったその周囲には、何一つとして敵影らしいものは見当たらなかったのだ。


「気のせい・・・? いや、殺気すらなかったが、確かに――」


 手ごたえすら幻かと疑いかけて、レイヤーは自分の剣がぽきんと折れたのに気が付いた。剣を咄嗟に背後に差し出していなければ、間違いなく自分も周囲に散らばるこの闇猿達と同じ運命を辿っていたはずだと、今気が付いたのだ。

 レイヤーは背中にうすら寒いものを感じ、エルシアとゲイルを両肩にかつぐとその場を後にすべく動いた。そしてふっと後ろを振り向くと、先ほど散らばっていた闇猿達の死骸は既になく、レイヤーは悪夢でも見ているような気分になりその場を全力で走り去った。レイヤーが初めて感じた恐怖だったかもしれない。

 そしてレイヤーが去った後、血だまりの一部に波紋が生じた。そして一瞬だけ、波紋の中に人の顔らしき影が映る。


「(あの少年――やはり只者ではない。この私が殺せなかったのは初めてか。面白い――)」


 血だまりの中の人物が笑ったように影が揺れる。そして次の波紋と同時に影は消え、血だまりもまた土と共に巻き上げられ、そして地に混じってその痕跡すらもなくなったのであった。後にはただ、静寂のみが訪れていた。


***


 アルフィリース達とヘカトンケイルの間には一陣の風が吹いていた。だがその風はヘカトンケイルだけを器用に巻き込み、彼らの命を奪っていった。

 突如として吹いた救いの暴風の出所を、アルフィリース達は反射的に見た。立っていたのは一人の少年。


「・・・何をしている、お前達・・・」

「ラ、ライフレス!」


 暴風の魔術を使ったのはライフレスであった。意外な人物の登場にアルフィリースはごくりと唾を飲んだが、同時にはっと我に帰る。


「まさか、助けてくれたの?」

「・・・それが一応役目なものでな・・・こういう馬鹿が時に暴走することを考慮してのことだ・・・」


 ライフレスはじろりとグンツの方を睨んだが、グンツは素知らぬ顔をした。それどころかニヤニヤと不敵な笑みを浮かべながら、わざとらしく拍手して見せたのだ。


「あー、そういやこういう奴がいたっけねぇ。ちゃんと仕事してたんだな、偉い偉い」

「・・・ほざくなよ、駄犬が・・・主人の言いつけを守れぬ犬は処分されても文句は言えんぞ・・・」

「あー、俺って忠犬だからよぉ。命令にない事は実行できないわけ。今回の命令でそっちの姉ちゃん達をやっちゃダメってのは言われてねぇし、そしたら本来の命令を優先すべきかなぁって。こういうのって、上官の指示が不十分なせいだよなぁ? わんわん!」


 わざと犬の鳴き真似をして見せるグンツに、一際表情を険しくさせるライフレス。まさに命知らずのグンツの態度に、ライフレスの事を知っている者は一気に空気が冷えるような錯覚を覚えたが、その固まった空気の場に現れたのはドゥームだった。


「ちょっと待った! 今は争っている場合じゃないって!」

「おお、ドゥームじゃねえか。ちなみにこいつが俺の上官だ」

「・・・貴様か、この馬鹿犬の主は・・・死んだぞ、ドゥーム・・・」

「いや、そう簡単に死ねませんけどね? って、だからそうじゃないんだって。来るんだよ、アレと馬鹿が!」


 全員がぽかんとして首を捻った。ドゥームの発言はどうも要領を得ない。それほど焦っていることはわかったのだが。

 ドゥームは地面を踏み鳴らしながら、すぐに言葉が口をついて出てこない苛立ちを表現した。


「ああ、もう! とにかく全員一旦ここを退かせろ。とにかくアルフィリースはヤバい。いくらライフレスが護衛でも、今回ばかりは安全は保障できない!」

「・・・それこそ馬鹿も休み休み言え・・・俺が倒せない奴がいるものか・・・」

「口調が元に戻りかけてるよ? ああ、そうじゃなくてさあ。強いとか強くないじゃなくて、相性の問題なんだよ。どんな魔術でも相手に当たらなきゃ意味はないだろう? 今回の相手は魔術士にとっては天敵なんだよ。だって相手は――」


 そこまでドゥームが言いかけて、リサは上空から飛来する二騎の天馬に気が付いた。少しセンサーの範囲を伸ばせば、上空には何体もの天馬騎士が旋回していた。そしてこちらに来るのは、リサも良く知る人物だった。

 リサがアルフィリースに話かける時には、既に宙に舞う羽が地に落ちていた。


「なぜここに・・・」

「リサ、誰?」

「ターシャですよ。もう一人は誰でしょうか」


 リサが言いかけた時、一人の天馬騎士が上空の天馬から飛び降りてきた。木よりもはるかに高いところから飛んだようだが、その人物は見事に着地したのである。足は大丈夫か、などという懸念も余所に、その人物はすっくと立った。



続く

次回投稿は、4/4(木)16:00です。

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