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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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足りない人材、その36~夜襲⑮~

「(ここだっ!)」


 エルシアは一転して攻勢に出た。明らかに格上な相手にかかっていって勝てるとはエルシアも思っていない。だが喧嘩と同じで、ただ逃げたり守っているだけでは身が危なくなることを知っている。弱者と思っている相手からの予想外の反撃は、相手をひるませる。エルシアはひたすらやられるふりをして、反撃の機会をずっと待っていた。エルシアがひとつ勘違いをしていたとすれば、エルシアにとってなんとか見えているケルスーの剣は、普通の人間ではとても目で追えるものではないということくらいか。

 だからエルシアはケルスーの本当の怖さ、強さをまるでわかっていなかった。もしそうでなければ、戦闘経験の浅いエルシアがこれほど大胆な行動を取れはしなかったろう。エルシアは一直線に踏み込んで、突きを放った。それがエルシアにとって、最速の攻撃だと本能で悟ったからである。

 予想外の反撃に、ケルスーは左腕を咄嗟に差し出した。ケルスーの左腕にエルシアの剣がくい込み、肉を貫く嫌な感触がエルシアの手に伝わった。


「てめぇ!」


 だがケルスーの鍛えられた腕は、エルシアの腕力ではさして大きな傷も与えられない。エルシアのそのことをわかったうえで、反撃を受ける前にあっさりと剣を手放した。代わりに、転がりながら左手に握っておいた石を、ケルスーの目に向けて放ってやった。


「ぎゃあっ」


 ケルスーが右目を抑えてのけぞる。周囲からはどよめきが聞こえ、エルシアは油断なくその場を飛びのいた。とどめを刺そうにも、自分に手持ちの武器が無かったのである。女であれば、最悪の自決用に懐刀を隠し持てとアルフィリースに言われたことがある。だがエルシアはその言葉を拒否した。自分に最悪の時など訪れないと、つっぱねたのだ。

 だが今はその選択を悔いている。そんな匕首程度の小さな刀でもあれば、今目の前の男の首に深く突き刺してやったものをと舌打ちした。エルシアは代わりに人に突き刺さりそうな太めの枝を見つけ構えた。本来ならそんなもので戦えるはずもないのだが、エルシアは戦いの高揚感と、目論見通りに戦えていることで慢心していた。

 空を見上げると既に月は隠れ始めている。すぐにでも時間まで逃げ切れるはずだが、エルシアはとどめを刺そうと思い立った。それはケルスーが約束を守らないかもしれないという可能性を考えての事。そして目に石が当たり悶えるケルスーに向けて走り始めた時、ケルスーが剣をしならせて地面を叩きつけた。出鱈目な振りにあたるはずがないとエルシアはたかをくくっていたが、巻き上げられた砂利や泥がエルシアの視界を奪う。エルシアには確かに大した打撃にもならなかったが、小さな傷を多数受けたことと視界を奪われたことは十分に彼女の勝気を奪っていた。

 エルシアが目に入った泥を落とした時には、ケルスーもまた右目を押さえて立ち上がっていたのである。


「やってくれるぜ、小娘ぇ」


 ケルスーが右手を放した時、右目は眼球から水分が抜けてくしゃくしゃにしおれていた。しおれた眼球に視界はまだ戻らないが、異様な目つきにエルシアは息を飲んだ。

 その時、丁度月が木の陰になって光が遮られたのである。エルシアはしたり顔で言い放った。


「私の勝ちね」

「・・・ああ、そうだな。おい!」


 ケルスーの一言で地面に押さえられていたゲイルの拘束が解かれる。ゲイルは自分を押さえていた男を突き飛ばすように立ち上がり、そのままエルシアの方に駆け寄った。


「エルシア、怪我は?」

「大したことないわ。あんたのせいでとんだ迷惑よ」

「俺のせいだけじゃないだろ、だいたい――」


 ゲイルがまた言い合いをしようとしたところで、闇猿達がそれぞれ武器を構えていることに気が付いて反射的にエルシアをかばうように立ちはだかった。エルシアもなんとなく予想はしていたが、紋切り型に問いかける。


「何のつもり?」

「『放してやる」とは言ったが、『逃がしてやる』とは言ってねぇ」

「はんっ、そんなことだろうとは思ったわ! いかにも下衆の考えそうなことね。あの月が木陰に隠れたら、って約束はどこにいったのかしら?」

「あれか」


 ケルスーが見上げると、剣であっさりと枝を切り落とした。再び月光が森の中に落ちる。


「これで元通りだ。月はどこにも隠れてねぇ」

「き、汚い!」

「なんとでも言え。だが俺達は舐められるわけにはいかねぇ。どれだけ才能があろうが、どれだけ油断していようが、万一にでも俺がお前なんて小娘に不覚をとったなんて話がここから漏れるわけにゃいかねぇんだよ」


 ケルスーが大剣をひゅん、としならせて威嚇する。エルシアはそれを見てますます挑発した。エルシアもまた、怒りを覚えていたのである。


「なら帰ったら小鳥たちに歌を覚えさせて、そこらじゅうで囀らせるわ。ケルスーって傭兵は大陸一のヘタレ野郎で、小娘一人仕留めるために傭兵団総がかりでかかってきましたってね!」

「口の減らねぇ小娘だ。後5年も生きてりゃ相当な手練れになったかもしれんがな。口は災いの元だぜ、死にな!」


 エルシアは怒っていた。それはケルスーに対してではない。こんな状況に陥った自分の浅はかさ、不甲斐なさ。それ以上に、今までどうして自らを律して鍛えていなかったという自覚のなさ。そして周りの人間の諫言に耳を傾けなかった自分の愚かさ。全ての自分のいたらなさに、エルシアは怒っていた。

 知らず、自分の視界がぼやけたことで、自分が涙を目に浮かべていることに気が付くエルシア。


「(馬鹿、泣くな! こんなことで泣いてなんかやるもんか! スラムじゃ泣いたって誰も助けてくれない。自分の力で何とかするしかないんだ――)」


 だがレイヤーは。自分が人知れず泣いた後、レイヤーが必ず現れた。いつも悪い時に現れる奴だとエルシアは苦々しく思っていたが、もしかしてレイヤーは自分の性格を知っていて、わざと泣き止んだ後に現れていたのかもしれないといまさら思った。


「(ああ、でも確かめる術がない――ごめんね、レイヤー。あんたの言うとおりだったよ。帰ったら、真面目に剣の練習をしようかな)」


 自分に向かってくるケルスーとボートを見ながら、エルシアは自分の視界がぐらりと揺れたことに気が付いた。まだ斬られていないはず、とエルシアが思う暇もなく、エルシアの意識は暗転した。



続く

次回投稿は、3/31(日)16:00です。

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