足らない人材、その34~夜襲⑬~
「そんな貴女にいいこと教えてあげるわ。このララベルって呼ばれている子はね、確かに人間にしてはデキる子だった。強さもそうだし、何より折れない心がね。だから、この子の拷問はとても気合が入ったのよ。どのくらいやれば、泣いて慈悲を請うかって。利き腕をもいで足の腱を切り、魔獣に襲わせても悲鳴一つ上げなかったわ。
でもね、ある日簡単に根を上げたの。とある幻術を見せたらね。何を見せたと思う?」
カラミティが楽しそうにララベルの姿のまま、嗤う。
「あんたの壊れる姿を幻術で見せたのよ! 人間って、自分の痛みに強い奴ほど他人の痛みに弱いわよね? この子もそうだったわぁ~。あんたが泣き叫ぶ姿を見せたら、『やめてくれ!』って必死に叫んでねぇ。もうこう滑稽で滑稽で」
「テメェが・・・」
カラミティの言葉にロゼッタが歯を食いしばった。あまりに力を込めすぎて、歯を食いしばる音が周囲にも聞こえるほどの力の入り方。そしてその力は、羽交い絞めにしたラインをたやすく振り飛ばすほどであった。
「テメェが殺ったのかぁ!」
「だからそう言ってるじゃない。馬鹿な子ね」
カラミティがロゼッタの大剣を受ける。ララベルの剣は通常のサイズだが、ロゼッタの剣を容易く受けた。剣で押し合いをしながら、ロゼッタは問う。
「いつだっ! いつララベルを・・・」
「そうねぇ・・・プロキシ、って町かしら。あの時受けた依頼は達成されてなかったのよ。だけど貴女は大掛かりの依頼を達成したと思って、成果に酔いしれて深酒の末酔いつぶれて寝た。この子はだけど違和感があったのか、成果を確かめに山賊のアジトに戻り――私に出会った」
カラミティがロゼッタの剣を弾く。
「あの山賊どもは私の傀儡でね。目的があって運用していたのよ。それがあなた達に率いられた傭兵団のせいで全滅。あのせいで計画が達成一歩手前で台無しになったの。まあ代替案は用意してあったから彼らが死んでも何ともなかったけど、この子は私の存在に気が付いた。でも半信半疑だったから一人で戻ってきたのね。さすがに私の存在に気が付かれたら見逃すわけにはいかないわ。
この子の誤算は、私が想像以上に強かったこと。そのせいで私に負けて、今もこうして記憶を保ったまま私に使われている」
「記憶があるのか?」
「そうよ、だからこんなことも言えるわ――『ようロゼッタ。いくらガキができにくい体だからって、男を咥えこむのも大概にしとけよぉ?』とかね」
その言葉にロゼッタが呆然として剣を下げた。昔自分に対して遠慮なく口をきけた、唯一の相棒の言葉。ロゼッタの素行が悪いことを、いつも冗談交じりに窘めてくれた懐かしい声だった。
懐かしい言葉によってできたロゼッタの意識の境目、間髪なく飛んでくるカラミティの突きをラインが弾く。
「目を覚ませ、ロゼッタ! こいつはお前の知ってる奴じゃない!」
「でも今のは確かに・・・」
「記憶があろうがなかろうが、今は敵なんだよ! 仮に戻す方法があるとして、こいつは絶対にそれを言わないだろうし、だいたい五体満足で返すはずがない。それをわかれ!」
「相変わらずうるさい男。いつもいいところで邪魔をする!」
ラインを押しのけながらカラミティが悪態をついた。
「だけど今回は前回のように上手くはいかなくてよ? 今回のこの体は50年熟成型。前回とは精度が違うし、貴方の力量も今回はよくわかってる。今回は油断しないわ」
「ああそうかよ。確かに前回と違うな」
「そうでしょう? だって――」
「口だけじゃなくて、全身が臭え。香水はもうちょっと上等なやつを使った方がいいんじゃねぇのか?」
ラインの言葉にカラミティの表情が青くなり、そして次に真っ赤になった。ラインとクルムスで戦った時の怒りを思い出し、体を打ち震わせるカラミティ。
「ふ、ふ、ふ・・・やはりお前は死ぬべきだわ、人間!」
「それはこっちのセリフだぜ」
ラインが再び地面を蹴った時、同時にロゼッタも地面を蹴っていた。既に表情は冷静な時のロゼッタに戻っている。ロゼッタの赤い瞳が語る。自分にも戦わせてくれと。
激しくぶつかり始めた三者をよそに、他の者達はグンツと対峙していた。だがグンツもまた、カラミティという乱入者のために、仕掛ける機を逸していた。
「やっべぇなあ。やる気なくなっちまうな」
グンツは大きくため息をついた。その隙をアルフィリースは見逃さない。
「オーリ!」
無言で矢を放つことで応えるオーリ。矢はグンツめがけて一直線に飛んで行ったが、グンツはその鋭い矢を欠伸をしながら片手でつかんだ。
「眠てぇなあ。何の仕掛けも魔術要素もない矢で俺がやれると思ったかよ? なんで俺がこいつらヘカトンケイルを率いているか、わかってんのか?」
「ちっ・・・一筋縄じゃいかないか」
「アルフィ、気をつけなさい。見た目にはわかりませんが、奴の後ろの森には続々と増援が到着しています。リサが感知できるだけで200以上。地形も高い場所をむこうに押さえられていますし、かなり不利です」
「そんなことはわかっているわよ!」
アルフィリースには珍しく声を荒げたため、リサはびっくりした。だがリサはあえてアルフィリースを後ろから小突いた。
「荒れるのは構いませんが、策は?」
「あったらこんなに焦ってないわ」
「なら犠牲者覚悟で突破しなければなりません。あなたの周りに腕利きを集中させてください。力づくで突破しますよ」
「でも・・・」
「戦い全てに勝算が望めるわけはないでしょう。これは賭けです。もし私が死んだとしても、それもまた運命の内。もっともただでは死にませんが」
「・・・」
そうリサに言われても、アルフィリースは即決などできなかった。そうこうするうち、グンツが手をすうっと上げた。
「しゃあねぇ、さっきの緑騎士とやらとどっちが歯ごたえがあるのかわからねぇが、とりあえずやるか」
「緑騎士ですって?」
「さきほどの相手ですね。どうしましたか?」
グンツは後ろの控えていたヘカトンケイルの命じさせて、荷物を寄越させた。その頭陀袋をぽいっとアルフィリースの方に放り投げる。口を縛っていなかった頭陀袋から、中身がこぼれてきた。
「うっ」
「なんてことを・・・」
こぼれてきた中身は、見るも無残なウーズナムの死体だった。両手は落とされ、体は明らかに急所を避けるように傷つけた跡があった。両足はまだ袋に入っていて見えないが、袋のふくらみから察するに、脚がついているとは思えない。
だが信じられないのは、先ほどあれだけ苦戦したウーズナムがあっさりと殺されていたという事実だった。グンツは語る。
「そいつさあ、もっと強いかと思っていたんだよね。確かに俺がチンケな傭兵団の団長をやってた頃は、間違っても戦場で出会いたくねぇ相手だったさ。でもなぁ、俺ってかなり強くなっちまったみたいだ。強くなったからそいつともっと遊ぼうと思ったのに、上手くいかなくて殺しちまった。
あー、つまんねぇな。強くなるってのも。もういいや、なんかしらけちまった。お前達も適当に死んでくれや」
グンツの手が振り下ろされると、ヘカトンケイル達は一斉に突撃を開始した。弓矢ではなく、全員が接近戦用の武器を抜いて襲い掛かってくる。避けられない戦いにアルフィリースが呪印を解放しようとしたその時、彼女達の前に一陣の風が吹いたのである。
続く
次回投稿は、3/27(水)17:00です。